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スペシャルコラム!『尺には尺を』と『終わりよければすべてよし』は合わせ鏡


前代未聞の、シェイクスピア二作品交互上演がまもなく開幕[10/18(水)初日]します。

聖心女子大学学長であり、日本シェイクスピア協会元会長の安達まみさんが、二つの役を同じ役者で観るおもしろさを公演プログラムに執筆してくださいました。実際の舞台ではどのように演じられるのでしょうか。



※「シェイクスピア、ダークコメディ交互上演『尺には尺を』『終わりよければすべてよし』」は、通常単体で上演されるこの2作品をあえて交互上演するだけではなく、同じ俳優陣が、二役(人によっては三役以上)を演じるという日本初の公演です。




安達まみ (聖心女子大学学長・日本シェイクスピア協会元会長)




二作品が同時上演されることはめずらしい。共通するのは、社会に貢献しうる特別な能力・知識を持ち、今でいえば職業意識を備えた女性たちが活躍することだ。『尺には尺を』のイサベラは信仰の女性であり、祈りのエキスパートである。一方、『終わりよければすべてよし』のヘレナは医術を父親より伝授され、癒しのエキスパートである。また、二作品ともに、女性同士の協力関係が物語に思わぬ展開をもたらす。前者ではイザベラとマリアナとジュリエット、後者では老伯爵夫人とヘレナとダイアナの連帯が浮かびあがる。



二作品が一緒に上演されることで、たとえば『尺には尺を』だけでは残る疑問を解く鍵が与えられるかもしれない。シェイクスピアが活躍していた時代、レパートリー・システムであったため、劇場では日替わりでさまざまな芝居がみられ、専属の劇団のスター俳優たちが同じシーズンにいくつかの役を演じていた。観客は自分のご贔屓の役者が作品によって異なる役を演じるのを楽しみつつ、作品の枠からはみだして付与される意味を味わうことができたはずだ。



幸運にも、このたび、私たちには極上の演劇体験が待っている。同じ俳優が別の役を演じることで、思いがけない発見が期待できる。



Direction: OGURA Toshimitsu Photo: FUJIKI Miho

岡本健一演じるアンジェロ(尺)の人物造形は安易な共感や理解を寄せつけないだろう。酷薄なアンジェロは思いもよらぬ自己の目覚めを経験する。一方、温厚なフランス王(終)は、病をヘレナに癒され、彼女への褒美にバートラムを与える。しかしそのとき、フランス王はいかなる動機に突き動かされるのか。アンジェロとの合わせ鏡はなにを映しだすのか。



浦井健治演じる好青年クローディオ(尺)は愛情ゆえにジュリエットと「姦通罪」を犯すが、忠実なヘレナ(終)を唾棄し、結婚後も逃げ回るバートラムを彼が演じるときに、クローディオの片鱗はまったくないといえるのか。また、その逆はいかに。



中嶋朋子マリアナ(尺)ヘレナ(終)を演じることで生じる役同士のケミストリーにも期待したい。持参金を積んだ船が難破したからとアンジェロ(尺)に捨てられたにもかかわらず、堀をめぐらせた田舎の屋敷で変わらぬ心を貫いた婚約者マリアナ。バートラム(終)に疎まれつつも旅してバートラムを褒美にもらい初恋を成就させる賢い女性ヘレナ。ふたりともベッド トリックでほかの女性の代わりを務める。マリアナとヘレナこそ、「身体」を介在して純粋な愛を貫いたふたりではなかったか。ここに女性の身体への嫌悪はない。



修練女志願者イザベラ(尺)というむずかしい役を演じ切るソニンの力量をもって、バートラム(終)の憧れのダイアナがどう演じられるのか。ふたりともベッド トリックでは結晶化され、手の届かぬ欲望の対象となる女性たちだ。



最後に那須佐代子演じるあいまい宿のおかみオーヴァーダン(尺)とバートラムの母でヘレナを応援するルシヨン伯爵夫人(終)の二役も見逃せない。とくに後者はシェイクスピアには数少ない慈愛に満ちた母親像なのだから。



※安達まみさんには、『尺には尺を』について公演プログラムにご執筆いただきました。さらに詳しい論考が展開されています。




●公演詳細はこちら


シェイクスピア、ダークコメディ交互上演『尺には尺を』『終わりよければすべてよし』

会場:新国立劇場 中劇場

上演期間:2023年10月18日(水)~11月19日(日)

S席8,800円 A席 6,600円 B席 3,300円

※2作品通し券(S席のみ)15,800円