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『楽園』演出・眞鍋卓嗣、インタビュー

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2022年11月から『私の一ヶ月』(作:須貝 英、演出:稲葉賀恵)、『夜明けの寄り鯨』(作:横山拓也、演出:大澤 遊)を上演している「未来につなぐもの」シリーズ。最後を締めくくるのが、□字ック主宰・山田佳奈執筆の『楽園』だ。日本のとある離島に古くから伝わる、女性祭司のもと、女性だけで行う祭祀を軸に小さなコミュニティの複雑な人間関係を紡ぐ本作。演出は所属する劇団俳優座のみならず、ミュージカルやオペラまで幅広く手掛ける眞鍋卓嗣で、山田ともども新国立劇場初登場となる。飛び交いぶつかり合う女性七人の会話と感情、その先に見えるものについて演出家の思索の過程を聞いた。

インタビュアー:尾上そら(演劇ライター)


戯曲が充実していく経緯を共有

豊かな創作過程を経験できた

―執筆段階から劇作家と演出家が意見交換を重ねる、豊かな創作も「未来につなぐもの」シリーズの特色です。眞鍋さんは山田さんと、どのようなやりとりから始められたのでしょうか。

眞鍋 一番最初の、「山田さんは何を書かれますか?」という話し合いから同席させていただきました。「未来につなぐもの」というシリーズ名は内包するものがとても多く、未来について考えるためには、「(日本の、社会の)今はどんな状況なのか?」を検証する必要があると思い、それらを巡るざっくばらんな、制作の方々も交えたおしゃべりが創作の第一歩です。最終的には「以前取材した沖縄の祭祀を題材にしたい」という山田さんの希望で、『楽園』の執筆が始まりました。
 考えてみると、その頃はまだロシアによるウクライナ侵攻や、新興宗教と政治の癒着などといった問題も表面化していなかった。この間で、どれだけ日本と世界の情勢が大きく変化したかを振り返ると、めまいのような感覚に陥ります。


―執筆中も話し合いは続いたのでしょうか。


眞鍋 戯曲の全体像が見えたところで読ませていただき、それに対して自分の意見をお伝えする、という段階を経ました。「女性七人だけでいいですか? 男性の登場人物は本当に必要ないですか?」といった投げかけもさせていただきました。山田さんはそのたび、とても丁寧かつ真摯に検討してくださる。通常執筆は作家個人の作業として完結しがちですが、山田さんは僕らの話に耳を傾けオープンにして、執筆にも反映してくださった。「折角の機会だから、自分一人では手の伸ばせないところまで皆の意見を聞きつつ進みたい」と、山田さんが思ってくださったなら嬉しいですよね。作家にとっては勇気も度量も必要なことだと思うので。それによって、戯曲が目に見えて充実していく経緯が共有でき、僕自身非常に豊かな創作過程を経験させてもらえたと感じています。

―シリーズの前二作に携わられた劇作家、演出家の方々も、創作の初動から複数の思考や意見があることを「豊かな創作」と評価されていました。特に劇作家の方は普段、演出もされる方なので、自身の戯曲を他の演出家に委ねたことでの気づきや、他者の稽古・創作から多くの学びがあった、と。

眞鍋 確かに、他所の稽古を見る機会は普段あまりありませんね。稽古をご覧いただくことで、今度は逆に、僕が山田さんから意見や刺激をいただけることもあるでしょうし、相互交流の部分でも実りの大きな企画だと今、気づきました(笑)。

―結果、女性七人の弾けるようにエモーショナルな会話を中心にした戯曲が書き上がりました。

眞鍋 俳優が女性だけの作品を演出するのは初めてです。こうなると、山田さんが演出したほうが良いのでは、投げかけたことがあるのですが、その時、「敢えて男性である眞鍋さんが良いと思う」と仰っていて(笑)。その役割というか、何を求められているのかまだわからないところもあるのですが、山田さんはもちろん、俳優の皆さんからもたくさん意見をいただきながら立ち上げていくことになると思います。


わからないことに向き合いながら

生きることへの「肯定」と「強さ」

―最初に戯曲を読み、感じたのはどんなことでしょうか?

眞鍋 戯曲に、祭祀を行う拝所(はいじょ)の柱が一本だけ逆柱(根本を天上方向に向けて建てた柱)になっているという記述があり、それは「完成と同時に崩壊が始まる建物に、敢えて未完成の部分=逆柱を据えることで災いを避ける」という意味なのだそうです。その「敢えて未完成の部分を残す」という古くから伝わる知恵や信仰などが、最近の、何にでもレッテルを貼る、言い換えれば見方を完成させて、わかったような気になる風潮と対照的で、とても良いものに思えたし、この戯曲を演出するため大切にすべきことを示しているように感じました。

 真偽も定かでない情報が混沌として溢れ、そこから生じる漠然とした不安から逃れようとレッテル貼りに精を出し、そこに含まれる嘲笑や中傷に乗る人々が多い今。本来は畏敬の念を持って向かい合うべき戦争や疫病さえ、「所詮そんなものだよね」と嘲るようなスタンスで扱うことが常態化してしまっている。舞台となる離島ではそんな大都市圏の現状とは真逆の、「何もかもを明文化する必要はない。わからないことは考え続ければいい」とする価値観を肯定しつつ、長い年月祭祀が行われ続けてきた。そんな、わからないことに向き合いながら生きることへの「肯定」と「強さ」が、今後の世界を生き抜くため人間に必要なものではないかという問いかけを、戯曲から受け取りました。その「強さ」は男女の違いなどなく、普遍的なものだとも感じています。

―確かに、登場人物たちは最初は建前でものを言っていたのに、感情の高ぶりとともに理屈から外れて本音を吐露しだす。その会話の熱量が、彼女たちの生きるためのエネルギーの高さに比例するようで惹きつけられました。

眞鍋 そういう熱っぽい会話を立ち上げることは創作上カギとなるところだと思いますし、僕自身がさらに深く読み込んで、理解していかなければいけない部分でもある。女性同士の間にしか生まれない距離感や関係性、コミュニケーションのテンポなどは俳優の皆さんと稽古の中で探り、時に教えていただくことも必要になると思います。

僕は、それがどんなメンバーが集まるカンパニーであれ、「いかに座組として機能・成立させるか」などはあまり強く意識しません。なので意見も縦横に飛び交うし、そのことで不安を感じる俳優さんも出る可能性はありますが(笑)、僕自身なるべく自分の考えや解釈に執着せず、むしろそれらを疑いながら作業を進めて行きたいので、それら過程を共有していただけたら有難いですね。

―作品には女性祭司が踊る儀式の舞もあり、時を超えて伝えられてきた信仰や神聖なものの存在も描かれます。

眞鍋 その辺りの演出は、まだ自分の中でも思考の途中です。こういった神事、もっと広げて各地の祭りや伝統芸能などにも当てはまることかと思いますが、理屈や物理的な困難を越えてそれらが長く受け継がれているのは、そこに「人間の物差しだけで世界は計れない」からだと思うんです。先の話に戻るようですが、その説明できないこと、わからないことへ向き合う役割を神事や祭礼が担うことで、条理に合わない出来事や状況を乗り超える「強さ」を人間は手にすることができるのではないでしょうか。そんな理屈を超えた熱情や神聖さが、祭祀のシーンを介して感じていただけたらいいのかも知れません。

―研ぎ澄まされた神事の様子と、リアルで生々しい女性たちの会話の対比が舞台にどう現出するか興味深いところです。

眞鍋 彼女たちの、自分の役割や立場に無自覚ながら精一杯な状況、抱えているトラウマやコンプレックスに他者が干渉することで急に爆発する感情など、ひどく人間くさい部分は非常に愛すべきものだと感じています。そこが生々しくなるほど、神事との対比も鮮烈になるはず。女性だけのコミュニティに生じる濃密な関係性や軋轢を、少し外側から見つめる「目」を意識しつつ、丁寧に立ち上げられたらいいですね。


新国立劇場・情報誌 ジ・アトレ 4月号掲載


<まなべ たかし>

劇団俳優座文藝演出部所属。劇団では自らの企画によりアルベール・カミュ、ニック・ペイン、ジェイムズ・グレアム、横山拓也の書き下ろしなどの演出作を意欲的に発表し続けている。
近年の外部での演出作品に名取事務所『ああ、それなのに、それなのに』、ブロードウェイ・ミュージカル『ドリームガールズ』などがある。劇団俳優座『雉はじめて鳴く』、名取事務所『少年Bが住む家』の演出にて第55回紀伊國屋演劇賞個人賞および、第28回読売演劇大賞優秀演出家賞を受賞。劇団俳優座『インク』、音楽劇『海王星』の演出にて第29回読売演劇大賞優秀演出家賞を受賞。本年も劇団俳優座『猫、獅子になる』の演出にて第30回読売演劇大賞優秀演出家賞を3年連続で受賞した。


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『楽園』

会場:新国立劇場・小劇場

上演期間:2023年6月8日(木)~25日(日)

作 山田佳奈

演出 眞鍋卓嗣

出演 豊原江理佳 土居志央梨 西尾まり 清水直子 深谷美歩 中原三千代 増子倭文江



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