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『楽園』作・山田佳奈、インタビュー

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同時代を生きる劇作家の書き下ろしを上演するシリーズ「未来につなぐもの」。二〇二二年の『私の一ヶ月』、『夜明けの寄り鯨』に続き、ラストを締めるのが『楽園』だ。劇作・演出は共に新国立劇場初登場の、□字ック主宰で演出家、映画監督としても活躍する山田佳奈と、所属する劇団俳優座に留まらず外部作品も高く評価されている眞鍋卓嗣。山田が知人を介して取材した沖縄県の離島、彼の地に伝わるノロ(女性の祭司)が取り仕切る祭祀と、それを巡る複雑かつ繊細な人間関係が、女性七人の濃密な会話で綴られる今作。取材での見聞や執筆の経緯など、作家の眼差しで見る「今」と自身について聞いた。

インタビュアー:尾上そら(演劇ライター)




沖縄の離島を題材に

女性ならではの関係性を思いきりよく書いた『楽園』

―『楽園』の劇中では離島の、女性だけで行われる祭祀が描かれます。山田さんが題材に出会った経緯からうかがえますか。


山田 知人が沖縄県島尻郡のとある島に惚れ込み、「島や島の人を巻き込んで映画を撮りたい」と常々口にしていたんです。それを聞いた私やプロデューサー、ドキュメンタリー映画を多く手掛ける先輩など、コロナ禍でしたが四人で沖縄県の離島を訪ねることになりました。

 驚くほど澄んだブルーの海、夜空を見上げればいくつも流れ星が見えるような圧倒的に美しい自然がある一方で、劇場も映画館もなく、商店は村に一軒切り。食料や雑貨も週何回かの船便で、まとめて送られてくるコンテナを皆で開け、それぞれの注文品を手にする暮らしぶり。また島には中学までしかなく、思春期の繊細な年齢で一人沖縄本島に出るしか高校進学の手段はないし、高齢者の方々は戦争をリアルな体験として語られるんです。


―都市生活では考えられない、日常の不自由と豊かな自然、戦争の傷跡までが混在した環境なんですね。


山田 はい。取材を進める中で「この島と人とを作品にしたい」という想いが募っていきました。ただ映像に関しては同道した、私が信頼する監督にお任せしたほうが良いものが撮れると思ったんです。でも演劇でなら、取材を重ねてきた私にしか描けないものがあるはずだ、と。それで「未来につなぐもの」のお話をいただいた時、「この島を題材にしたい」とお返事しました。

 実際に聞いた話や体験したことからはずらしてありますが、旅行をきっかけに島に移住してしまった人や、選挙のために島民が二分されて揺れている、といったことなど島で見聞きしたことはかなり戯曲に織り込みました。私と同じ、島外からの取材者も登場しますが、彼女のように露骨に拒絶されることはなく、逆に"知らない、すぐいなくなる人だから"と、ディープな人間関係について話してくださる方もいらして。


―登場人物が全て女性なのは、現実の島の祭祀が女性のみで行われるからですか?


山田 一番の理由はそれですが、構想を膨らませる中で「幅広い年代の女性が集まる構図」で展開する物語を思いついてしまって(笑)。考えてみると「未来につなぐもの」の前二作も女性が中心におり、その女性の視点で物語やドラマが変わっていく構造なんですよね。

 私は二十代まで、男性同士だからこそ生まれる近しい関係性や共感を羨ましく思っていたんですが、三十代になった今、嫉妬や反発、共感、好意までプラスマイナス両面の、女性同士の繋がりも好もしいものだと思えるようになって。元々女性を描くことばかりを続けてきたからこそ、改めて女性ならではの会話ややりとり、関係性を見つめ直してみようと、今の自分に可能な限り思いきりよく書いたのが『楽園』という戯曲です。


―単純な「女性賛歌」ではなく、「女性ってこういうところあるよね」と少々周囲を困らせる部分までを、時に滑稽に、時に露悪に感じるほど切っ先鋭く書かれていて痛快でした。


山田 そう言っていただけると嬉しいです。もともと私には自分自身の女性性嫌悪の傾向があり、それが□字ックの『タイトル、拒絶』(二〇一三年初演)という作品になり、また映画化(二〇二〇年公開)もしました。自分の分析では、「女性としての自分に自信がないゆえに、女性性を前に出して生きることに嫌悪を覚えていた」ということで、そ

れを認められるようになったのが二十代後半。裏返せば女性に対して主観と客観の両面で非常に興味があるわけで、そういう自分の興味が、本作では全開になったのだと思います。


―なかなかに複雑な思春期〜青年期を送られたようですね。


山田 進級に必要な出席日数を逆算しつつ、ファンになったバンドを追いかけたり、そこで出会った音楽や出版関係の大人の友達とばかり遊んでいる、サードプレイスでの課外活動に熱心なタイプでした(笑)。演劇は高校の部活で部長にもなったし、私立の付属校だったので、大学の芸術学部に推薦できると先生に言われたのに、演劇を仕事にするイメージも湧かなくてお断りしたり。それなのに勤めていた会社を辞めて演劇に戻りたいという私の無茶な行動に反対することなく、見守ってくれた両親にはひたすら感謝、ですね(笑)。


―登場人物たちの間には親子に留まらず孫にあたるような年齢差があり、それぞれの視線や考え方、価値観がぶつかり合うのが本作の味わいどころ。それは、山田さん自身がこれまでの人生で感じ考えたことと、島での取材で得た見聞が絶妙に交じり合って生まれた劇世界なのですね。


山田 そう感じていただけたなら嬉しいです。



『楽園』を介して

「わからない」を共有できたら

―この「未来につなぐもの」シリーズには、劇作家がタッグを組む演出家と戯曲執筆や改訂の過程を話し合い、共有しながら創作を進めていくという特色もあります。演出を担う眞鍋卓嗣さんとは、どんなやり取りをされたのでしょうか。


山田 最初の頃、制作の方も交えてディベートを行った際に特に話したのが「今の日本は......」という、国の現状にどんな問題意識を持っているかという話題ですね。日本について知らないことが多く、でもだからこそ書けることもあるなどと、足元を見つめ直せたようにも感じました。

 また、初期段階で眞鍋さんから「この戯曲で何を伝えたいですか」とも訊かれて。


―核心に踏み込む質問ですね。


山田 でも私は「わからない」と答えました。実際に会って話した人、訪ねた土地を題材にしていようと他者を丸々理解することはできませんよね。でも、私はわからないからこそ相手の言葉に耳を傾けたり考えたりするし、わからないなりに寄り添おうとも思う。そんな「わからない」を、『楽園』を介して観てくださるお客様や、舞台に作品を立ち上げてくださる眞鍋さんを筆頭にしたカンパニーの皆さんとも共有できたらいいな、と思っているんです。


―劇作家と演出家が別々の、今回のような体制がより良く創作に働きかけることになりそうです。


山田 はい、眞鍋さんにバトンタッチすることで、私自身が作・演出の時のように、登場人物やそこに生まれる感情に寄り添いすぎることが避けられると思っているんです。この戯曲は、そんな近い距離間で演出すると作品のイメージが固定されてしまう気がする。むしろ眞鍋さんに理性的に整理しながら演劇として構成していただくことで、戯曲に織り込んだ今の日本の社会が抱える様々な問題が、上手くあぶり出してもらえるのではないか、と。


―劇作家と俳優が女性のみの作品に、男性の眞鍋さんがどう向き合い、どんな意志を表明するかも興味深いところです。


山田 眞鍋さんと最初にお会いした時、「僕の演出に何を求めますか」という問いかけもされました。私が勝手に思う演出家としての眞鍋さんのイメージは、先にもお話しした非常に理性的であることに加え、"無音の中に張った一本の糸を弾くように人の感情を鳴らす"というもの。『楽園』のラストには人間の肉体と心情が激しく動く場面があり、私はきっとそれを情熱のままに演出しますが、眞鍋さんはある距離を保ちつつ的確に観客に手渡す手段を知っているはず。あえて別の演出家に委ねることで、作家として見落としていた物語の核が観られることを、私自身が非常に楽しみにしています。


新国立劇場・情報誌 ジ・アトレ 3月号掲載

ものがたり
日本のどこかの島。年に一度の神事の日。世話役の「おばさん」は、「村長の娘」と「区長の嫁」の鉢合わせに気が重いと自分の「娘」にこぼしている。村民の高齢化で、「若い子」ら移住者に頼らざるを得ない昨今、旧来の村長と革新派の区長が対立しているからだ。そんな中、テレビ局の「東京の人」は、神事を撮影しようと隠しカメラをしのばせる。カメラに気づいた神職の「巫(カンナギ)さま」は......。

<やまだ かな>

1985年4月6日生まれ。神奈川県出身。脚本家・演出家・映画監督。元レコード会社のプロモーターを経て、2010年3月□字ックを旗揚げ。以降全ての脚本演出を手掛けている。2020年、自身初の長編デビュー『タイトル、拒絶』が東京国際映画祭日本映画スプラッシュ部門に選出、更に東京ジェムストーン賞を受賞。近年の主な作品に、Netflixオリジナルドラマ『全裸監督』脚本、水戸芸術館ACM劇場プロデュース舞台『ナイフ』脚本・演出など外部作品への書き下ろしも積極的に行っている。初小説『されど家族、あらがえど家族、だから家族は』を双葉社より出版。モーニングツーにて漫画『都合のいい果て』が連載中。

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『楽園』

会場:新国立劇場・小劇場

上演期間:2023年6月8日(木)~25日(日)

作 山田佳奈

演出 眞鍋卓嗣

出演 豊原江理佳 土居志央梨 西尾まり 清水直子 深谷美歩 中原三千代 増子倭文江



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