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『私の一ヶ月』演出・稲葉賀恵×出演・村岡希美、対談

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二〇一九年五月から二一年二月まで、イギリスのロイヤルコート劇場と新国立劇場の共同主催で実施された「劇作家ワークショップ」。国内各地から参加した十四名の劇作家が互いに切磋琢磨した一年九カ月を経て、書き上げた戯曲の上演へと歩みを進めたのが須貝英の『私の一ヶ月』だ。三つの空間とそれぞれの時世。時を往還しながら紡がれるのは、地方都市に住むある家族と、その近しい友人が見舞われる哀しみと再生の物語。昨年から須貝と戯曲のさらなるブラッシュアップに臨んでいる演出家・稲葉賀恵と、家族の母・泉役を演じる村岡希美に始まりつつある『私の一ヶ月』の時間について訊いた。



インタビュアー:尾上そら(演劇ライター)




とても贅沢な時間だった
作家と意見を交わし戯曲を磨く過程



─今作を書かれた須貝英さんは演出も手掛け、俳優としても活動する方ですが、お二人はこれまでに接点がおありでしたか?

村岡 作品も須貝さんご本人とも、私は今回が「はじめまして」です。

稲葉 私は実は、愛知の穂の国とよはし芸術劇場PLAT で毎年十一月に行われる「高校生と創る演劇」という事業で須貝さんと出会っているんです。この事業で二〇一七年に青木豪さんの書き下ろしを私が演出させていただいたのですが、翌一八年の作・演出家が須貝さん。私が須貝さんの作品を拝見しに行きまして、そのとき劇場の制作の方を介してご紹介いただき、「世代の近い者同士がんばろう」と言い合っていたので、今回のお話をいただいた時にはご縁を感じ嬉しかったです。


─稽古開始はまだ先ですが、稲葉さんは既に須貝さんと一緒に戯曲の改訂に取り組んでいらっしゃるとか。

村岡 劇作家ワークショップの頃から、須貝さんと一緒に作業していらっしゃるのですか?

稲葉 いえ、ワークショップ後の二一年春に須貝さんが書き上げた戯曲に対する改訂作業を、昨年秋くらいから断続的に始めました。ワークショップは参加した作家さんたちが互いを知るところから始まり、上演に縛られずに三段階のフェーズを経て書き続けたと聞いていますが、須貝さんと私との作業は"いかに上演するか"を視野に入れた改訂ですね。


―ここまで、どんな作業をしていらしたのですか?

稲葉 演出もされる須貝さんは、普段なら演出プランも踏まえつつ執筆されるところ、今回は「誰かがなんとかしてくれる」という気持ちで自由に書いた、と(笑)。確かに時を往還するだけでなく、戯曲の随所に非常に頭の良い"仕掛け"が施されていて、それらを具現化するのはなかなかにハードルが高いと一読して感じていました。そこで、須貝さんの執筆意図をうかがいつつ戯曲を解きほぐしたり、整理する作業をご一緒させていただいたんです。

 私はこの戯曲を読み、村岡さん演じる泉と娘の明結(あゆ)、共に「不在の人」の存在を抱え、想い続けることで繋がっていく母子の姿に強く惹かれて。「母子の関係を戯曲の主軸にしてはどうか」という提案をもとに、改訂作業を進めました。普段は故人や海外の作家の戯曲に相談の余地なく向き合い、誤読を恐れつつ自分なりに読み解くしかないことが圧倒的に多いので、作家と共に意見を交わしながら戯曲を磨く過程は私にとって非常に贅沢な時間でした。

村岡 ワークショップからここまで三年近く......それほど長い時間を、一つの作品と共に生きるということは滅多にないことですよね。しかも上演を前提にしていないのが凄いところ。最初に読ませていただいた時に「研ぎ澄まされている」と感じたのは、三年の時と、須貝さんがワークショップから稲葉さんとの作業まで戯曲に手をかけ続けたからだ、と納得がいきました。説明的な描写は極力排されているのに場面や情景が鮮やかに浮かび、読み進むうちにそれらが繋がってハッとさせられる瞬間がある。そんな、無駄を削いだ

美しい戯曲が生まれたのは、お二人の作業の成果ですね。


―今作は、三つの時世と空間が、三段並行して進んでいくトリッキーな書き方をされています。作品の構造にも、作家と演出家とで膨らませた部分はあるのですか?

稲葉 戯曲の構造を変えるのではなく、先にもお話しした劇中に巧みに仕掛けられているツールをシンプルにしたり、時が変化する切り替えをどのくらいの複雑さに留めるか、といったところを再考していく作業が中心でした。私は演出者としては理論より感覚を大事にしようとする傾向があります。なのであまり理論や理屈で固めすぎず、それら作業も"感覚を共有する"という指針で進め、そこに制作の方や演出助手の方、美術家など異なる立ち位置のプランナーの意見も早くから加え、多角的なギブアンドテイクができたことで稽古の前段階が、さらに豊かなものになったのではないでしょうか。

村岡 なるほど!普段、書き下ろしの戯曲を稽古序盤で読むと、「書いたものの、これが実現するかはわかりません」というニュアンスを感じることがままあるのですが、『私の一ヶ月』にはそんな不確かさがなく、すっきりと目指すところが提示されていると思えたんです。それは、稽古の初期段階で行うはずの試行錯誤が既に解決しているからだと、稲葉さんのお話しからよくわかりました。


稲葉 作家さん、他のプランナーさんと対峙し相互に意見を交わすことで「A対BがありCが生まれる」という化学反応的なものではなく、作品の色合いごと鮮やかにするような豊かさだと私は感じています。

―村岡さんはご所属のNYLON100℃や阿佐ヶ谷スパイダースで、戯曲の段階から俳優も関わるような創作を多く経験されているかと思います。俳優も積極的に創作の初期から参加すべきだとお考えですか?

村岡 稽古開始時に完成した戯曲がないことが多かったので、私の意志には関係なく能動的に作品に関わらざるを得なかっただけです(笑)。ゴールがわからないまま、自分の想像も交えて創作や稽古に臨むのが常態なので、逆にこれだけ長く準備された、一旦の完成を見た戯曲に稲葉さん、共演の皆さんとどう向き合いつくるか、その贅沢な時間がとても楽しみです。

作品の鍵である「日記」は
まさに「未来につなぐもの」



―村岡さんは演じる泉や、その家族については現状、どんなことをお考えですか?

村岡 「家族」はとても近しいものなのに、実は互いのことを知らなかったりすることが多いですよね?須貝さんの戯曲も、家族間で互いをどう思っているか、何を考えているかなどの記述は少ないのですが、それでも場面が進み戯曲の時間が重なっていくことで、見えたりわかったりする家族の関係性が確かにある。だから、私がどうこう考えるより戯曲に従い、心が"キュン"とするようなことを大切に掘り起こし、追いかけながら劇中に存在できたらと思います。それにこの作品の台詞は方言なので、その土地の言葉が口になじむまで自分に浸透させたいですね。


稲葉 村岡さんにそんなふうに言っていただけて、とても嬉しいです。泉は、私がこの作品の鍵になると思っている「日記」の書き手で、その「日記」は劇中の「不在」を際立たせるためのもう一つの大きな軸でもある。「日記」は忘れたくないこと、覚えておかねばいけないことなどを自分に刻むために書くものだと個人的には思うのですが、時を経て読み返すことで当時の自分をみつめたり、死者と再会することもできる。人間は世を去っても記録や記憶の中に刻まれていれば、まだ生き続けているとも言える。その点、日記も戯曲も同じような働きをする装置で、日記を発語する面白さは台詞の発語と同じくらいスリリングで、今回の肝になる気がしています。

村岡 泉さんの日記は自分の想いを記録するだけでなく、いつか娘に読ませようとして書いた側面もあると思うんです。心を吐露するだけでなく、当時の心情や状況をいずれ伝えるために書く。その行為や気持ちが非常に興味深いし、まさに「未来につなぐもの」だと思います。


―稽古が始まり、さらなる創作の先に見える「つなぐもの」を劇場で目撃することを楽しみにしています。



新国立劇場・情報誌 ジ・アトレ 10月号掲載

ものがたり

3つの空間。2005年11月、とある地方の家の和室で日記を書いている泉。2005年9月、両親の経営する地方のコンビニで毎日買い物をする拓馬。そして2021年9月、都内の大学図書館の閉架書庫でアルバイトを始めた明結(あゆ)は、職員の佐東と出会う。やがて、3つの時空に存在する人たちの関係が明らかになっていく。皆それぞれが拓馬の選んだつらい選択に贖いを抱えていた......。

<いなば かえ>

日本大学芸術学部映画学科卒。在学中は映像作品、インスタレーション作品などを創作。2008年文学座附属演劇研究所入所。13年に座員となる。同年4月『十字軍』にて文学座初演出。主な演出作品は、『解体されゆくアントニンレーモンド建築旧体育館の話』(15年シアタートラムネクストジェネレーション)、『野鴨』(16年文学座アトリエの会)、『野良女』(17年東映ビデオ)、『川を渡る夏』(17年オフィス3〇〇)、『ブルーストッキングの女たち』(19年兵庫県立ピッコロ劇団)、『墓場なき死者』『母MATKA』(共に21年オフィスコットーネ)、『熱海殺人事件』(21年文学座アトリエの会)など。新国立劇場では、『誤解』(18年)を演出。

<むらおか のぞみ>

ナイロン100℃、阿佐ヶ谷スパイダース所属。これまでの主な出演に映画『108~海馬五郎の復讐と冒険~』『岸辺の旅』『凶悪』、テレビドラマ『空白を満たしなさい』『やんごとなき一族』『妖怪シェアハウス―帰ってきたん怪―』『日本沈没―希望のひと―』『ドクターX~外科医・大門未知子~』などがある。【主な舞台】『ディグ・ディグ・フレイミング!~私はロボットではありません~』『老いと建築』『湊横濱荒狗挽歌~新粧、三人吉三。』『フェイクスピア』『終わりのない』『桜姫~燃焦旋律隊殺於焼跡~』『キネマと恋人』『イーハトーボの劇列車』『贋作桜の森の満開の下』『百年の秘密』など。新国立劇場では『天守物語』に出演。

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『私の一ヶ月』

会場:新国立劇場・小劇場

上演期間:2022年11月2日(水)~20日(日)

作:須貝 英
演出:稲葉賀恵

出演:

村岡希美、藤野涼子、久保酎吉、つかもと景子、大石将弘、岡田義徳



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