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『私の一ヶ月』作・須貝 英、インタビュー

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日本の劇作家の新作を上演するシリーズ「未来につなぐもの」。その第1弾は、劇作家育成に定評のある英国ロンドンのロイヤルコート劇場と、新国立劇場がタッグを組んだ若手劇作家のためのワークショップから生まれた戯曲『私の一ヶ月』だ。19歳~35歳までの14人の劇作家が全国から集まり、ワークショップ、ディスカッション、推敲を重ねて戯曲をブラッシュアップ。最終フェーズでは演出家と俳優と共にリーディングも行った2年余を経て、新国立劇場での上演に至った戯曲の作者は「Mo'xtra」主宰の須貝英。「誰よりもワークショップを楽しんだ」と語る須貝の、濃密な創作の時間について聞いた。

インタビュアー:尾上そら(演劇ライター)




上演を目的とせず戯曲を書く自由
それをゼロから共有する仲間がいる心強さ



─劇作家ワークショップへの参加経緯を教えてください。

須貝 知り合いの俳優さんが、「須貝さんがすごく楽しめそうな企画を新国立劇場でやるよ」と教えてくれたのがきっかけです。内容が本当に良くて、また二〇一九年は「三十五歳まで」という参加の年齢制限ギリギリの年だったこともあり、勢い込んで応募しました。応募するだけで参加できると呑気に思い込んでいたのですが、実際は非常な高倍率だったと後から聞き、自分の運の良さに驚きました(笑)。

 各地から集まった参加者は年齢も演劇や劇集団との関わりもそれぞれに異なる劇作家で、その十四人が同じスタート地点から戯曲を書き始め、お互いの戯曲と執筆過程を共有する。そういう仲間がいることがどれだけ豊かなことかは、ワークショップが始まってすぐ肌身で感じられました。非常に贅沢な純度高く執筆できる環境で、スケジュールを逆算して公演のために書くという「縛り」がないため、実験的な書き方に挑戦することもできましたから。


─参加以前から、ご自身の執筆環境を変えたいと考えていらしたのですか?

須貝 自分の周囲を見回しても、作品が面白いかどうかやカラーを、劇集団の特徴や作家性で語られがちで、しかも作家が一人でその部分を背負っていると感じることが多かったんです。創作過程で戯曲について作家と一緒に語るための、共通言語が同じ劇集団のメンバー内でも不足しているな、と。

 「面白い作品」は博打のような"たまたま"で生まれるものではなく、ある法則性のもとに成立するもので、作家を職業とするならそんな「面白い作品」をコンスタントに書けなければいけないはず。僕はありがたいことに、いろいろな企画でお声がけいただきますが、それが何故か考えた時、自分の劇集団のための作品だけでなく外部からの依頼に、自分の個性や作風とは異なるスタイルでも応える執筆が多少はできたから。そういう現実や、自分に足りていないことなどを作家同士で話し、確かめ、共有したうえで自分と作品をブラッシュアップできるなら、こんな良いことはありませんよね?新国立劇場での二年余のワークショップは、それを仲間と実践する場所でした。


―ワークショップは三つのフェーズ(段階)を経て進んだそうですが、それぞれどんなことを行ったのか具体的にお聞かせください。

須貝 第一フェーズはメンバーが互いを知り合うための時間で、ロイヤルコートの講師の方々がこれまでに培ったノウハウについて聞いたり、課題の戯曲について皆で議論し合ったりしました。参加者内で「戯曲をどこから書き始めるか」なども話し、シェアできたのはこれまでにない有意義な体験でした。

 それらを経て、各々が第一稿を書いた上で第二フェーズに入ったので、参加者から聞いていた話と出てきた戯曲を照らし合わせて考えることができ、「なるほどこういう形になるのか」「こんな表現になるとは意外だ」など発見の連続でした。上演を目的としないで書く自由さ、それをゼロから共有する仲間がいる心強さなど含め個人的にメチャクチャ楽しい時間で、メンバー内で僕が一番楽しんでいた自信があります(笑)。それにまず人を知り、その後から作品を知るという機会もあまりないことでしたから。

 僕は演出だけやる時も、俳優として使っていただくこともあるので、「自分ならどう演出するか」や「あの役、演ってみたい!」などと視点を変えながら戯曲を読んだりもしていましたし、同じ個所に対して「すごく良い」と言う人もいれば「変えるべきだ」と指摘する人もいる。「演劇って何をやってもいいんだ」と改めて思いました。


―上演をゴールにしないからこその議論が、刺激や実りになったのですね。

須貝 上演を前提にせず、時間に追われないことはとても大きかったです。互いの作品について十分な意見交換をしたうえで、戯曲を推敲する第三フェーズに入ったので、個々の作家が何を採用し、何を変えなかったのか、その「選択」を知れたことも貴重な経験でした。第二フェーズで、普段は無意識のうちに作家として選んでいた自分の志向に気づかされたからこそ、その先に"作家として大事にしたいこと"が洗い出されて見えてくる感覚と言えばいいんでしょうか。僕は、「もらった意見・指摘は全てクリアする」ことを自分に課していたのですが、人によってはほとんど変えなかったり、逆に書いていたものを全部捨てて書き直した方もいた。それぞれの形で"作家としての矜持"を示しているように見え、カッコいいなと思っていました。

 結局、「作家自身が考え抜いて選んだことは全て正解」だと、このフェーズで思えるようになって。最終的には第三稿まで重ね、それを演出家と俳優にリーディングしてもらい、全員でディスカッションするところまでやったのですが、演出家や俳優の立場からの意見は、作家同士の視点とは全く違う建設的なもので、そんな戯曲に対するフラットな意見交換の機会は普段の作品づくりでも持つべきだと確信しました。演出家と俳優は創作現場でコミュニケーションを取ることが大前提ですが、作家は求められた時に演出家と俳優、それぞれに向き合うくらいでどうしても孤立しがちじゃないですか。「戯曲について細かく言うと作家に煙たがられる」と思われている節もありますし(笑)。そういう固定概念は自分から取り払い、劇作家こそ議論のスキルを磨いていかないと環境は変えられないとも思いました。



「自分の代表作を書く」を目標に
ワークショップから生まれた『私の一ヶ月』



―このワークショップ内で、ご自身の目標・課題としたことはありますか?

須貝 「自分の代表作を書く」、ですね。これだけの時間と人の手間をかけて執筆するのだから、良い・面白い作品にしなければ嘘だろうと自分にプレッシャーをかけました。あと、僕は劇場のサイズ感を元に書き始めるタイプなので、「新国立劇場小劇場で上演する!」という意気込みで臨み、実現できたのは最大の成果です。加えて「自分がいないところでも上演してもらえる普遍性と、高い強度を持つ戯曲にする」という想いもありました。


―そうしてできた『私の一ヶ月』は、須貝さんにとってどんな戯曲になったのでしょうか。

須貝 劇作家として普段はしない、自分の中にあることや想いに敢えて向き合う作業をしたからこそ書けた戯曲だと思っています。書き始めは、もっと時間の往還が激しい混沌とした構造だったのですが、中心となる登場人物ごとに三つの層をつくり、上中下三段それぞれが同時に進む構造になったのも、別の作家さんからもらったアイデアなんですが、結果、物語の流れを整理することができて。あとは目の前でわかりやすくドラマを起こさず、水面下で物事が深く静かに進行していくという趣向も、普段はできない挑戦でした。現在の形に書き上げた時は、自分の中で止まっていた時間が動き出したような感覚もありました。

 今は上演に向けて演出の稲葉賀恵さんと話し合い、さらに戯曲を深める作業を進めていて。それら取り組みの時間の先の上演が、どんな風にお客様に届くのか僕自身非常に楽しみにしています。



新国立劇場・情報誌 ジ・アトレ 9月号掲載

<すがい えい>

1984年生まれ、山形県出身。早稲田大学第一文学部美術史学科卒。在学中は演劇集団キャラメルボックスを輩出した「劇団てあとろ50'」に在籍。卒業後の2007年「箱庭円舞曲」に俳優として所属、13年に退団する。10年には演劇ユニット「monophonic orchestra」を旗揚げ。俳優・脚本家・演出家・ワークショップ講師として活動中。現在は演劇サークル「Mo'xtra」も主宰している。主な脚本・演出作品は穂の国とよはし芸術劇場PLAT主催・高校生と創る演劇『滅びの子らに星の祈りを~Dystopia before Utopia~』。他、舞台『オリエント急行殺人事件』の構成協力、『照くん、カミってる!~宇曾月家の一族殺人事件~』の脚本を務める(共に演出・河原雅彦氏)。北区王子小劇場主催佐藤佐吉賞にて09年度最優秀主演男優賞を受賞。また、脚本を担当した映画『カラオケの夜』(山田佳奈監督)が門真国際映画祭2019にて映画部門最優秀作品賞を受賞。



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『私の一ヶ月』

会場:新国立劇場・小劇場

上演期間:2022年11月2日(水)~20日(日)

作:須貝 英
演出:稲葉賀恵

出演:

村岡希美、藤野涼子、久保酎吉、つかもと景子、大石将弘、岡田義徳



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