演劇公演関連ニュース

『貴婦人の来訪』出演・秋山菜津子、相島一之 インタビュー

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続いては『貴婦人の来訪』、劇中の核となる登場人物を演じる俳優お2人を迎えてのトークを。かつて自分を捨てた故郷ギュレンへ、大富豪となって華麗なる凱旋を果たすクレールを演じるのは幅広い作品で圧倒的な存在感を示す秋山菜津子。一方、クレールの元恋人で舞台となる小都市では人望厚い男イル役は、滋味深い演技に定評のある相島一之だ。再会した2人の現状と想いは全くの逆ベクトル。過去と現在、善と悪、個人と集団、そして女と男。時代を超えて人間とその社会が抱え続ける様々な問題を、寓意と共に鮮やかに描く今作の読み方・捉え方も、2人それぞれに違いがあるようで......。

インタビュアー:尾上そら (演劇ライター)




秋山菜津子

人々の全体主義的思考の恐ろしさ

そしてそれを笑いに転じる洒脱も楽しみどころ



 新国立劇場制作の舞台に呼んでいただくのは、『東海道四谷怪談』(二〇一五年森新太郎演出)以来。久しぶりに、しかもお客様との距離がグッと近い小劇場での公演に参加できることにワクワクしています。

 作者のデュレンマットと戯曲『貴婦人の来訪』、共に私は初めてです。調べてみると日本での上演歴も長く、日本キャストでのミュージカル版も数年前に上演されていて、その人気ぶりに驚きました。またデュレンマットは一九二一年生まれで、昨年が生誕一〇〇周年。彼の故国スイスに関連したサイトで、生誕記念にデュレンマットが七十代で受けたロングインタビューの再構成記事が公開されているのも見つけて。読んでみると生い立ちから作家になるまで、ブレヒトやサルトルとの交流や影響、一時的にナチスに傾倒したこと、自身の複雑な結婚生活、男女の違いやそれぞれの特質に関する持論など興味深いことが満載でした。


 五〇年代半ば、欧米でもまだ社会的に女性の権利が守られていない時代。今作のような弱い立場である女性の視点、存在を軸に社会と人間のひずみを告発する作品を書いた作家の背景が垣間見え、非常に興味深く勉強になりました。


 とはいえ私自身は今作を、社会の問題を告発する戯曲だとか、よく使われる「復讐劇」という表現、そこにある暗く陰惨なイメージなどでは捉えていません。八〇年に日本語に訳されたものと、今回上演のための小山ゆうなさん翻訳版の両方を拝読しましたが、どちらからも最初に感じたのはユーモアが効いていて、笑える描写が多いということ。クレールはド派手な衣裳で豪華な駕籠(輿)に乗って登場しますし、お付きの執事に合わせて再婚相手の男たちが名前を変えさせられたり、再婚相手が順番待ちをして旅に同行していたり(笑)。おまけに事故が原因とはいえ、クレールは手足を義手義足にしたサイボーグのような状態で、他にも「不思議の国のアリス」に出てきそうな、奇妙でグロテスクなキャラクターが散見するんです。


 もちろん作品の核となる部分では、お金に目がくらんで欲望むき出しになる町の人々、その全体主義的な思考と変貌の恐ろしさが生々しく描かれるのですが、同時に、それらを引き起こす人間の愚かしさを笑いに転じる、デュレンマットの洒脱さ、センスの良いシニカルさも楽しみどころだと私には思えて。お客様にはあまり身構えず、舞台上に起こることに身を任せ楽しんで観ていただければ、と思っています。


 男女の違い、そのことで嫌な想いをした経験が私にはあまりないと思っていたのですが、この作品について考えているうちに、子ども時代の出来事をひとつ思い出しました。小学校から同じ地域の中学に進む際、小学校側から新入生代表の挨拶の依頼を受けたんです。父と一緒に挨拶文を考えるなど準備をして向かった式当日、会場で"新入生代表挨拶!"と呼び出しがあった時に私と同時に立った男子がいたんです。彼が手にしていた挨拶文が書いてあるらしき紙はいかにも正式に用意されたもので、私は壇上に上がらず黙ってそのまま席に座ってしまった......。事の顛末は、小学校側は小学六年生前期に生徒会長をやっていた私の名に印を付けて提出していたにもかかわらず、中学校側は生徒会長及び代表挨拶は当然男子であろうと勝手に判断し、後期に生徒会長をやっていた男子生徒に挨拶を依頼したとのことでした。後から、担当の中学教師が家まで謝りに来ましたが後の祭り。在学中、彼の授業はほぼボイコット状態という、小さな復讐をしちゃいました(笑)。


 でも、あの時に壇上へ行けなかった自分の中にも、中学教師とはまた別に、男女差について引いた「境界」があったのかも、とも思う。この作品をつくる過程で、そんないろいろな記憶や経験が蘇るのかもしれませんね。



相島一之

この状況に自分が置かれたら......

考えるほどに様々な思いが渦巻きます


 八〇年代の既訳と、後からいただいた今回用に小山ゆうなさんが訳された新訳。両方読まさせていただいて、前者は少々格式ばった言葉で綴られた「復讐劇」にふさわしいドロドロした情念の芝居と感じたのに対し、後者はさらさらと本当に読みやすく、内容は変わっていないのに描かれている人間や状況がくっきりと浮かび上がるように感じられました。言葉は演劇の要で、翻訳劇には独特の魅力と同時に訳語・訳文に自分をなじませる工夫が必要ですが、この新訳はむしろ戯曲に導き入れてくれるようで有難く思っています。


 また、描かれる町の風景や奇妙な登場人物たちの在り様が、僕にはどこか日本のアングラ小劇場的な世界観を喚起させる。舞台上にみっしりと建物などがひしめき合う舞台美術で、故蜷川幸雄さんが演出すれば......などという妄想も読みながら頭の中に膨らんでいました(笑)。


 自分を捨てた故郷ギュレンに大富豪となって帰還するクレールと、彼女の財産目当てに待ち構える町の人々。僕はその住人の一人で、クレールの元恋人イルを演じます。過去に受けた仕打ちとその傷について考え続けたクレールに対し、町の人々は、自分たちの仕打ちを覚えているのか。それが最初の疑問でした。"いじめられた子は覚えていることを、いじめっ子は忘れてしまう"などと言われますが、この物語はまさにこの構図。戯曲の前半、町の人々はクレールについて思い出として美化しながら語っているようで、イルも含め、そこに過去へのわだかまりや後ろめたさがあまり感じられなくて。一方のクレールも最初は久々の故郷を想う様子だったのに、町への支援をせがまれ、お金の話になったところで何かが切り替わっていく。


 でも、クレールの心理以上にお金を巡って変貌するのはギュレンの人々。「経済的に行き詰った町を立て直さねば」と住人の誰もが思っていたはずですが、クレールが「条件」と引き換えに約束した巨額の寄付は、個々人にも束の間の富をもたらすことになり、それに目がくらんだ人々があっさりと道徳や法を捨てる様が怖く、醜く、可笑しくさえ見えてくるのが、この作品の見事なところだと思います。


 イルはこの町では信頼の厚い男という設定で、クレールを捨てた罪は犯したものの、その後は彼なりに頑張って今の生活を築いたはず。それがクレールの帰郷と降って湧いた巨額の寄付によって過去を糾弾され、住民はおろか家族とすら距離ができ、追い詰められていくんです。


 町の人々の狂気じみた集団での変貌、金や物への強い執着は、半世紀以上前に書かれた作品とは思えないほど、今の自分たちの社会の様子に重なり迫ってくるもの。町の人々と同じ状況に自分が置かれたら......と考えるほどに気持ちはそわそわし、頭の中には様々な思いが渦巻くようです。また、この成り行きをクレールがどう受け取ったかは劇中明言されていないところも、観る方に委ねられた大きな謎であり、楽しみどころに思えます。


 秋山さんを筆頭に、新劇団の大先輩方から若手まで幅広い俳優さんたちと共演できる今回。はじめましての五戸真理枝さんの演出含め、新しい発見がたくさんありそうで期待が募ります。劇中のイルの人生、過去を突きつけられ、築いてきた全てを奪われていくその終幕を演じるのは非常にエネルギーが要りそうですが、その時間を生でお客様と共有できることこそ演劇の醍醐味!


 イルを通して、人間や社会が半世紀以上を経てなお変わらずに抱え続ける歪み、その恐ろしさや無常さ、笑わずにはいられない滑稽さまで含め、しっかりお届けできるよう努めたいと思っています。



新国立劇場・情報誌 ジ・アトレ 5月号掲載

<あきやま なつこ>

舞台を中心にドラマ・映画など多岐にわたり活躍、古典から翻訳戯曲、若手作家の舞台まで幅広い作品に出演。第36回紀伊國屋演劇賞個人賞、第9回読売演劇大賞優秀女優賞、杉村春子賞第14回読売演劇大賞優秀女優賞、第22回読売演劇大賞最優秀女優賞など受賞多数。近年の舞台出演作品に『シブヤデアイマショウ』『マシーン日記』『フリムンシスターズ』『出口なし』『ハングマン』など。新国立劇場では『東海道四谷怪談』『まほろば』『舞台は夢 イリュージョン・コミック』『母・肝っ玉とその子供たち』『胎内』『透明人間の蒸気』に出演。

<あいじま かずゆき>

1987年より東京サンシャインボーイズに所属、1994年『罠』までの全作品に出演。以降も三谷幸喜作品をはじめ、数多くの舞台、ドラマ、映画で活躍する一方、相島一之&THE BLUESJUMPERSとして音楽活動も行っている。近年の舞台出演作品に『マイ・フェア・レディ』『オスロOSLO』『ハロルドとモード』『大地』『ミュージカル フランケンシュタイン』『ブラッケン・ムーア~荒地の亡霊~』など。新国立劇場では『プライムたちの夜』『OPUS/作品』『わが町』に出演。



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『貴婦人の来訪』

会場:新国立劇場・小劇場

上演期間:2022年6月1日(水)~19日(日)

作 フリードリヒ・デュレンマット

翻訳 小山ゆうな

演出 五戸真理枝

出演:

秋山菜津子 相島一之

山野史人 加藤佳男 外山誠二 福本伸一 津田真澄 山本郁子 斉藤範子

高田賢一 清田智彦 谷山知宏 髙倉直人 田中穂先 福本鴻介 田村真央



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