演劇公演関連ニュース

『アンチポデス』出演・白井 晃、高田聖子インタビュー

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新シリーズ「声 議論, 正論, 極論, 批判, 対話...の物語」の第一弾『アンチポデス』(アニー・ベイカー作)は、場所も時代も目的も明確にされない状態で、八人の登場人物がひたすら「ヒットする物語」を生み出すため話し合いを続けていく。演出を手掛ける小川絵梨子演劇芸術監督も、「創作に向けた俳優とのディスカッションに、いつも以上のウェイトがかかりそう」と言う、謎多き戯曲だ。話し合いのリーダー・サンディを演じる白井晃と、異質な存在感を放つエレノア役の高田聖子。劇中のキーマン二人を招き、不思議な味わいの戯曲との向き合い方や思うところなど、来るべき創作の時間に高まる期待を語ってもらった。

インタビュアー:尾上そら (演劇ライター)




白井 晃

みんなで「物語」を共有しようと格闘する

そのときの役割はサンディも私も同じ


 はじめは登場人物たちが何のため、何について話し合っているのかわからない。けれど読み進めるうち、次第に彼・彼女らの背景や関係性、身を置いている場所や外の世界の様子がジワジワと見えてくる。「物語」を生み出そうとしている人々が、その実、「物語」によって不確かだった自分の存在に輪郭を与えることができたり、ルーツの大切さに気づいたりする。そんな様子が巧みに書かれた、非常に興味深い作品だと何度か読むうちに思い至りました。一筋縄ではいかないけれど、そのぶんやりがいの大きな戯曲だとも。

 と、これは作り手目線での感想で、俳優としては、与えられたサンディという役と共に「自分にこの作品が演じられるのか?」という不安を感じたのが正直なところ。何せここ数年の俳優としての僕は、芸術監督としての活動拠点であった神奈川芸術劇場以外の舞台に立つことがほぼない状態だったので。演出家としては「心も視野も常に広くオープンに」を心掛けていますが、その反動なのか、俳優の時の自分は驚くほど視野狭窄に陥りやすい。演出の小川絵梨子さんとは初めてご一緒させていただくのですが、座組の中には創作を共にした俳優さんやスタッフさんもおり、稽古場にどう身を置いたら良いものか......と今までにない複雑な心持ちで、稽古開始を待つこの頃です(苦笑)。

 ただ、登場人物たちが「物語」に向かう、あの会議体での話し合いや集団内の微妙な関係性については私自身、知るところが多いと思っていて。劇団に始まり、一つひとつの作品をつくるためのカンパニー、芸術監督として在籍した劇場など、シチュエーションや規模は様々ですが、意見の異なる人々が集まって知恵を絞り、時に混乱や迷走もしながら創作や活動のための「物語」を共有しようと格闘する。そういう場面での私の役割は、まさにサンディのそれで、話し合いに参加する人々それぞれに可能な限り歩み寄り、彼・彼女らの「物語」に耳を傾け、共に進むべき道を探そうと必死に考える。

 それと同時に、話し合いの中での私の振る舞いや言動が、他者の「物語」を搾取し、自分に都合よく利用するための行為ではないかと悩ましく思う瞬間もありました。劇中のように「ヒットするもの」をつくるためではないにしろ、その場に参加する人の個人的な体験や「物語」を創作の素材にする手法が演劇にはありますし、意図的でなくとも、座組内で話した内容が作品に反映されることは珍しくありません。当事者にとってはかけがえのない体験や記憶を、素材扱いするのはつくり手として無責任であり、安易に個人の内面に踏み込むことは時に残酷な行為になりかねないことを、つくり手としては忘れずにいたい。だからサンディのように手放す、放り出すなんていうことは自分では絶対にすまいと思っています。もちろん非常に人間的な行為でもあるんですけどね。

 以前演じた『三文オペラ』の乞食商会社長のピーチャム氏など、振り切ったキャラクターは着ぐるみのように役をすっぽりかぶれば演じやすいものですが、サンディのような、一見自分の周囲にもいそうな人物像は、演技のさじ加減が難しい。しかもメンバーと、名前だけで姿を見せないプロジェクトのトップとの板挟みになる微妙な立ち位置で、家庭の事情も含めサンディは心身ともに不安定(苦笑)。その繊細な在りようは小川さんと、共演の皆さんと一緒に見極め、つくっていくものかもしれませんね。少々さびつき気味だった俳優としての自分の「今」がどんなものか、この舞台と役を通して私自身しっかりと見つめ直せたらいいな、と考えています。



高田聖子

変わった人だけれども正直なエレノア

まずは彼女の言葉に私自身を乗せたい


 いただいた戯曲を初めて読んだ感想は、「読み方がわからない......」(笑)。会話よりも登場人物一人ひとりが語る体験談=モノローグが多く、話し合いの目的や目指すところもはっきり書かれていないので、言葉を追いかけながらも、自分がどこへ向かっているのかがなかなか見えてこないんです。一方で私たち八人の雇い主にあたる人々─彼らは舞台上には出てこなくて、私たちの会話の中にだけ登場するんですが─その人たちは絶対的な権力を持つ成功者で、そんな神のような存在が、私たち人間を集めて何かの実験、あるいは遊びをしているのではという想像もしてしまいました。

 あと、大学で演劇を学んでいた頃、その場で展開や設定を考えながら演技するエチュードにも似ているな、と思いました。大げさに盛って話す人もいれば、思いがけず哲学的な話題を差し込む人、非常に個人的な体験を語る人、醒めて途中で離脱する人もいて、物語づくりへ向かうスタンスもバラバラ。演じる者としては、このつかめなさ・わからなさが面白く、むしろそそられる感覚がありました。

 私自身、翻訳劇を演じた経験は決して多いほうではないんです。でも、うっかりドラマのうねりに心地よく酔い、演じながら流されてしまいそうになる自分がいた時に、カタカナの名前で呼び合ったり、キスやハグをする所作が、その歯止めになる感覚があります。初めての翻訳劇は二〇〇四年、ひょうご舞台芸術での『曲がり角の向こうには』だったんですが、洋画の吹替えなどでも活躍する新劇の大先輩ばかりの座組で、声の良さ、芝居の上手さがもうスゴすぎて、不謹慎にもちょっと面白く感じてしまって(笑)。でもきっと、同様の感覚で翻訳劇をご覧になるお客様も数パーセントはいらっしゃるかもしれない。以来、翻訳劇を演じる際は特に、作品と自分との距離感を意識するようになりました。

 小川絵梨子さんと初めてご一緒できるのも楽しみのひとつです。これまで拝見してきた小川さんの作品は、どれもスタイリッシュでかっこいいものばかり。どんな風に演出をされるのか、私にとっては楽しみな「謎」ですが、同じスタートラインから思いきって作品に飛び込んでいけたらいいな、と思っています。

 演じるエレノアは、最初のト書きに「人事部からの圧力で送り込まれた」と書いてあるんですよね。けれど、どうもそんなに優秀なわけでもなく、むしろマイペースすぎて、周囲をうんざりさせるような発言をしてしまう。でも、その"うんざり"が他の参加者を「もっと面白く話そう」「物語作りに貢献しよう」という方向へ向かうよう働きかけ、結果、その大仰な話が後からバカバカしく見えたりもする。変わった人ではあるけれど正直で、発言に嘘がないのがエレノアの"らしさ"。だからまずは、エレノアの語る言葉に私自身が乗っていくところが始まりだと今は感じています。

 「物語」から思い浮かべるのは、エレノアが最後に語るような「むかしむかし......」で始まって「めでたしめでたし」で終わる、どこかあっけないシンプルな「お話」。子ども時代は昔話や童話が吹き込まれたレコードが大好きで、妹と一緒に聞いては「長靴をはいた猫」や「さるかに合戦」など、二人で真似して遊んでいました。子ども時代はそんなお話や、想像の世界と現実の境い目がわからなくなり、近所の原っぱに草刈り機が入るのを見て「この花たちを刈らないで!」とナウシカばりに立ちはだかったり、自分が想像した友達との出来事を事実のように話してしまったことも。そんな夢見がちな子どものまま年を取り、今の自分があると思うとちょっと恥ずかしいけれど(笑)、今回は持ち前の妄想力を解放し、自分の中にある「物語」に向き合うことで、『アンチポデス』を演じるためのヒントにも手が届くような気がしています。




新国立劇場・情報誌 ジ・アトレ 3月号掲載

<しらい あきら>

2002年まで「遊◉機械/全自動シアター」主宰。現在は俳優として舞台、映像で活躍すると同時に、演出家としてストレートプレイからミュージカル、オペラまで数多くの作品を手掛けている。第9・10回読売演劇大賞優秀演出家賞、第13回湯浅芳子賞(脚本部門)、第10回佐川吉男音楽賞、第11回小田島雄志・翻訳戯曲賞などの受賞歴がある。2014年4月~2016年3月KAAT神奈川芸術劇場のアーティスティック・スーパーバイザー(芸術参与)、2016年4月~2021年3月同劇場の芸術監督を務めた。2022年4月1日より世田谷パブリックシアター芸術監督就任予定。

【主な舞台】出演作として『出口なし』『三文オペラ』『趣味の部屋』『Lost Memory Theatre』『マクベス』『兵士の物語』『オセロ』など。新国立劇場では、『テンペスト』『天守物語』『混じりあうこと、消えること』『うら騒ぎ/ノイゼズ・オフ』を演出。



<たかだ しょうこ>

1987年『阿修羅城の瞳』より劇団☆新感線に参加。95年に自身が立ち上げたプロデュースユニット「月影十番勝負」続く「月影番外地」では、様々な演劇人とコラボレートするなど新たな挑戦を続けている。第51回紀伊國屋演劇賞個人賞受賞。

【主な舞台】『狐晴明九尾狩』『ベイジルタウンの女神』『ざ・びぎにんぐ・おぶ・らぶ』『あれよとサニーは死んだのさ』『けむりの軍団』『メタルマクベス disc2』『森から来たカーニバル』『江戸は燃えているか』など。新国立劇場では『夢の裂け目』『舞台は夢~イリュージョン・コミック~』に出演。



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『アンチポデス』

会場:新国立劇場・小劇場

上演期間:2022年4月8日(金)~24日(日)
(プレビュー公演:2022年4月3日[日]・4日[月])

作:アニー・ベイカー
翻訳:小田島創志
演出:小川絵梨子

出演:白井 晃 高田聖子 斉藤直樹 伊達 暁 富岡晃一郎

  • 亀田佳明 草彅智文 八頭司悠友 加藤梨里香



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関連リンク
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・4月公演『アンチポデス』(作:アニー・ベイカー 翻訳:小田島創志 演出:小川絵梨子)
・5月公演『ロビー・ヒーロー』(作:ケネス・ロナーガン 翻訳:浦辺千鶴 演出:桑原裕子
・6月公演『貴婦人の来訪』(作:フリードリヒ・デュレンマット 翻訳:小山ゆうな 演出:五戸真理枝

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