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『アンチポデス』演出・小川絵梨子演劇芸術監督、インタビュー

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2022年4月から3か月連続で上演されるシリーズ「声 議論, 正論, 極論, 批判, 対話...の物語」。そのトップは小川絵梨子演劇芸術監督の演出による『アンチポデス』だ。タイトルは「地球の裏側」の意味。作者アニー・ベイカーの戯曲が新国立劇場で上演されるのは、マキノノゾミ演出による2016年の『フリック』(2014年初演。オビー賞、ピュリッツァー賞受賞)に続く2作目となる。ヒットする「物語を考える」ために集められた8人の男女、その迷走する会話や議論の先に見えてくるものは......。続く5月『ロビー・ヒーロー』、6月『貴婦人の来訪』を含めたシリーズの意図や創作の展望を、小川芸術監督にじっくりと訊いた。

インタビュアー:尾上そら (演劇ライター)




自分だけの大切な「物語」

その価値は持ち主だけが知ればいい



─「なかなかの難物」というのが戯曲読後の第一印象でした。「物語とは何か」ということを、次第に混乱していく登場人物たちの会話や体験談を介して、読んでいる私自身も深く考えながら同じ混乱に巻き込まれていく感覚になったのです。この戯曲を選ばれた理由からうかがえますか?

小川 アニー・ベイカーは、私がニューヨークで演劇を学んでいた頃から既に評価を得ていた、常に次作が気になる劇作家の一人。でも今作は上演の評判や題材に注目して選んだのではなく、目に入り、そのままの勢いで手に入れて読んだ、いわばジャケ買いのような出会い方でした。読んでみると、いわゆる演劇にありがちな、ナラティブ(語り手自身が物語を紡ぐこと)なストーリー・テリングとは異なるスタイルで、そのうえ描かれる人物たちが非常に生々しく存在感を発していた。

 おっしゃる通り、一読しただけでは舞台にどう立ち上がるか想像しにくい戯曲だと私自身も思います。けれど、劇中の登場人物たちが追い詰められた先に見出だす「物語」の、矮小さと繊細さを正直に提示する作家の姿勢には共鳴でき、日本のお客様にも観ていただきたいと考えたのです。


─確かに、「ヒットする・売れる物語」を考えるはずの登場人物たちが語る内容が、どんどん個人的な体験・経験談、思い出話に集約していくのは劇中興味深いところです。

小川 欧米では、物語を生み出すためのセオリーがある程度決まっていて、そこに当てはめながら戯曲やシナリオを書き進めることも多々ありますし、ライターが集まってブレインストーミングしながら執筆することも日常的。だから劇中、登場人物たちが取り組む作業を欧米の観客はリアルなものに感じられるのでしょう。そこは、私小説的な創作が強い文化の日本とは異なるところだと思います。

 でもそんな、文化圏の異なるアメリカの創作の場(と、戯曲にはっきりとは書かれてはいないのですが)、しかもかなりスケールの大きな世界観で作品をつくろうとしている人々が、結局は非常に個人的かつささやかで、手触りの感じられるような「小さな物語」に立ち戻っていく過程、そこで右往左往するあまりに人間らしい人々の姿が、演劇的魅力に満ちていると私には思えるのです。

 登場人物たちの懸命な努力、作業に注ぐ膨大なエネルギーに反し作業は遅々として進まない。挙句にもの哀しい、一種の虚無感さえ漂う様は非常に諧謔的で、"物語をつくる人々(クリエイター)"の根拠のない全能感に対する劇作家の批判的な視座も感じられるところがアニー・ベイカーらしくて面白いですよね。今、客席がアクティングエリアを囲むような劇空間をイメージしているのですが、お客様もチームの議論に巻き込まれる感覚になっていただけたら良いな、と思っています。


―このチームの仕事の内容、登場人物たちの肩書などはっきりと書かれていないことの多い戯曲ですが、お話をうかがってその曖昧さが逆に、観客を引き込む「隙間」として機能するかもしれないと思えてきました。

小川 はい、そう考えています。それに、俳優の皆さんと話し合いながら発見したり、決めたりしていく作品を立ち上げるためのディテールやルールが、非常に多いはず。どんな作品の稽古でも私は、キャストの皆さんとたっぷりディスカッションをするタイプですが、今回は一段とウェイトが大きくなると思います。はじめましての方もいらっしゃいますが、そういう作業や時間に関心を持ってくださりそうな俳優の方々に集まっていただけましたし、シリーズ・タイトルを実践する創作になりそうです。


―ちなみに、小川さんご自身がつくり手をめざすことになるような原体験、そこに影響を与えた「物語」はありますか?

小川 パッと思い浮かぶのは宮崎駿さんのアニメ『風の谷のナウシカ』(一九八四年)ですね。ジブリ好きを公言しているので、またかと思われてしまうかもしれませんが(笑)、絵や音楽の素晴らしさはもちろん、ヒロインであるナウシカの性差をものともしない決断と行動、それゆえの孤独など、スケールの大きな世界観と物語の両方に小学生ながら魅了されたことは、今も鮮やかに記憶しています。

 さらに遡った幼い時に読んだ童話では、『ぞうのたまごのたまごやき』(一九八四年)で知られる、寺村輝夫(一九二八~二〇〇六年)さんの作品が好きでしたね。独特のナンセンスな物語世界を気に入り、何度もページを開きました。海外の児童文学ではやはり、『はてしない物語』(一九七九年)などのミヒャエル・エンデ(一九二九~九五年)でしょうか。


―『アンチポデス』の観劇は、そんな、観る人自身の中の「物語」を思い出すきっかけになるかもしれません。

小川 そうなれば嬉しいです。きっと誰にでも自分だけの大切な「物語」があるはずで、それは極私的なものであろうが、ささやかだろうが正解も間違いもありません。また、誰に文句を言えるものでもなければ、侵食されるものでもない。価値は、その「物語」の持ち主だけが知るところで良いんです。そんなことも、この作品は語っているように思います。



3作を上演した先に見える風景を

目にする時を楽しみに


―シリーズ「声〜」の第一弾『アンチポデス』が 〝物語を考えるための物語〞だとすると、続くケネス・ロナーガンの『ロビー・ヒーロー』、フリードリヒ・デュレンマットの『貴婦人の来訪』はそれぞれ、小川さんの中でどう位置づけていらっしゃるのですか?

小川 『ロビー・ヒーロー』は"現代社会のどこに正義があるのか、何を正義とするのか"という作品だと思っています。作者のケネス・ロナーガンは映画の監督・脚本家でもあり、二〇一六年の脚本・監督作『マンチェスター・バイ・ザ・シー』ではアカデミー賞など多数受賞した実力派。ジェンダーや職場での上下関係、人種差別、善悪の境にいかに線を引くかなど私たち現代人が抱える問題を、巧みに組み合わせ、織り込んだのが今作です。それを劇作家・俳優としても幅広い作品に関わり、穂の国とよはし芸術劇場芸術文化アドバイザーも務めるなど劇団KAKUTAの外でもエネルギッシュに活動する桑原裕子さんの演出がどう立ち上げるか、個人的にも非常に楽しみなところ。

 『貴婦人の来訪』は三作の中ではスタンダードな、最も" 物語らしい物語"でしょうか。一九五六年の作品ですが、どこか寓話的なドラマはクラシックで趣があると同時に、人間の本質や、その本質が欲望によって変節する様などがリアルに描かれています。二〇二〇年に『願いがかなうぐつぐつカクテル』を演出してくださった小山ゆうなさんが翻訳を手掛け、文学座の五戸真理枝さんが二〇一九年の『どん底』に続き、演出を担ってくださる。回を重ねて新国立劇場に関わっていただけるタッグが、実現したことも喜びです。


―三作それぞれに色合いや響きの異なる「声」が聴こえてきそうで、上演がさらに楽しみになりました。

小川 三作それぞれに「物語」の語り方が違うことも、続けて観劇してくださる方にとっては味わいどころになると思いますし、一つのテーマのもとに集まった三作の色合いの違いが、そのまま演劇の多様性の証明にもなるはず。シリーズ幕開けの一作を自分で演出することには、いつもと違う緊張感もありますが、三作を上演した先に見える風景を目にする時を楽しみに、座組の皆さんの力を借りつつ創作に邁進したいと思っています。



新国立劇場・情報誌 ジ・アトレ 2月号掲載

<おがわ えりこ>

2004 年、ニューヨーク・アクターズスタジオ大学院演出部卒業。06~07 年、平成 17 年度文化庁新進芸術家海外研修制度研修生。18 年 9 月より新国立劇場の演劇芸術監督に就任。 近年の演出作品に、『ダウト~疑いについての寓話』『検察側の証人』『ほんとうのハウンド警部』『作者を探す六人の登場人物』『じゃ り』『ART』『死と乙女』『WILD』『熱帯樹』『出口なし』『マクガワン・トリロジー』『FUN HOME』『The Beauty Queen of Leenane』『ロー ゼンクランツとギルデンスターンは死んだ』『CRIMES OF THE HEART ―心の罪―』『死の舞踏/令嬢ジュリー』『ユビュ王』『夜想曲集』 『RED』『スポケーンの左手』など。 新国立劇場では『キネマの天地』『タージマハルの衛兵』『骨と十字架』『スカイライト』『1984』『マリアの首-幻に長崎を想う曲-』 『星ノ数ホド』『OPUS/作品』の演出のほか、『かもめ』『ウィンズロウ・ボーイ』の翻訳も手がける。



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『アンチポデス』

会場:新国立劇場・小劇場

上演期間:2022年4月8日(金)~24日(日)
(プレビュー公演:2022年4月3日[日]・4日[月])

作:アニー・ベイカー
翻訳:小田島創志
演出:小川絵梨子

出演:白井 晃 高田聖子 斉藤直樹 伊達 暁 富岡晃一郎

  • 亀田佳明 草彅智文 八頭司悠友 加藤梨里香



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関連リンク
「シリーズ 声」演劇3作品通し券 のご案内

2022年4月~6月に上演される3作品を同時購入でお得にお買い求めいただけます。

・4月公演『アンチポデス』(作:アニー・ベイカー 翻訳:小田島創志 演出:小川絵梨子)
・5月公演『ロビー・ヒーロー』(作:ケネス・ロナーガン 翻訳:浦辺千鶴 演出:桑原裕子
・6月公演『貴婦人の来訪』(作:フリードリヒ・デュレンマット 翻訳:小山ゆうな 演出:五戸真理枝

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