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『あーぶくたった、にいたった』出演者座談会(山森大輔×浅野令子×木下藤次郎×稲川実代子×龍 昇)

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試し、考え、挑戦し、時には壊すこともしながら、じっくりと創造を深めていく。時間やコストに縛られて窮屈にならざるを得ない日本の、舞台芸術の創作現場に一石を投じるべく、小川絵梨子演劇芸術監督肝いりの企画「こつこつプロジェクト ―ディベロップメント―」。現在も第2期3組が約1年かけた作品づくりを継続中だ。2019年~2020年にかけて今企画に臨んだ3組から、本公演に進出するのは作・別役実、演出・西沢栄治による『あーぶくたった、にいたった』。その出演者は、全行程に参加した者から初参加者までそれぞれで、"こつこつ"の経緯や魅力、本公演へ募る期待を聞いた。

インタビュアー:尾上そら (演劇ライター)




「こつこつプロジェクト」は理想的な演劇のつくり方

俳優として本当に贅沢な時間



─日本では稀有な取り組みである「こつこつプロジェクト」。オファーが来たとき、どう感じられましたか?

浅野 私は家族で公園に遊びに行っているとき、制作の方から連絡をいただいて。少し内容を聞いただけで興味と嬉しさが湧き上がり、即答でお引き受けしていました。西沢さんの演出は二〇一五年上演の『四谷怪談』で受けていたのですが、「覚えていてくださったんだ!」と、そのこともありがたかったですね。

 僕も最初は制作の方から連絡をいただきました。そのときの話に、今回から参加される稲川実代子さんの名前が出て、稲川さんは僕の大学の先輩で、同じ演劇サークルに所属していた頭の上がらない方です(笑)。僕が入部したときは、別役さんの『門』を上演することになり、意気込んで参加したもののスタッフに回されたけれど、稲川さんは「松葉杖の女」を演じられて。


稲川 当時の私は演劇をやるつもりなんて全くなく、同期の美少女に「演劇部に入りたいからついてきて」と付き添いで行っただけ。ついでに勧誘され「手伝いますが俳優はやりません」と入ったのに、『門』で演出をした、当時早稲田小劇場だった小田豊さんに「稲川、松葉杖の女を演れ」と言われてしまったんです。戯曲をそのまま読むしかできないと思ったんですが、別役さんの戯曲は、感情過多になるくらいならただ読むほうが良い、距離感を取ることが必要なもの。だから素人の私がちょうど良かったんでしょう、ね?(と龍に振る)


 いや、五十年近く前のことで公演がどうだったかは覚えちゃいないんですが(全員笑)。

それに、西沢さんの演出が僕はとても好きで、自分の龍昇企画の公演でも演出をお願いしているほど。佐藤信 作の「喜劇昭和の世界 三部作」でも素晴らしい手腕を見せていて、彼の演出をぜひまた受けたいというのも大きかったですね。


木下 僕は、2ndまでは省略されていた傷病兵役で3rdからの参加なんですが、所属する劇団椿組の劇団員仲間から「今、西沢さんが参加している新国立劇場の企画で、別役戯曲にちょっとだけ出てくる役があって、"藤次郎さんにどうか"という話があるんだけど」と聞かされたのが最初です(笑)。うちの劇団でも二〇一六年に別役さんの『海ゆかば水漬く屍』を上演していて、そこで僕は傷病兵2を演じ、苦労はしたけれどとても面白かった記憶もあって。西沢さんは椿組で何度もご一緒し、彼の演出が大好きだったし、新国立劇場の作品に出るなんて一生に一度のチャンスだと思ったので(笑)お引き受けしました。


山森 僕は初めて椿組に出演した『天保十二年のシェイクスピア』(二〇一〇年)の演出が西沢さんで。そこで「演劇で、こんな素晴らしい体験できるんだ!」という想いを味わわせていただき、そのことに、今も俳優を続ける上で支えられているんです。そんな西沢さんからの、十年以上ぶりのオファーですから、引き受けない訳がないですよね。ただ別役作品と西沢さんが、僕の中で最初は結びつかなくて。「どうなるんだろう?」と思っていたら、意外とストレートにつくられるんだ、と稽古場では思いました。


浅野 西沢さん、ストレートに戯曲に向き合う演出家さんじゃないですか?


山森 でもシェイクスピアなどは、西沢流に料理するイメージがあったから。


浅野 そうか、その意味では一番最初の、二〇一九年三月に観客を入れて上演した公開リーディングが一番派手に演出をしたヴァージョンでしたね。


 そうそう、三波春夫の「東京五輪音頭」を客入れにかけたりしてね。


─一年間、途中演出プランや出演者も変えながら、試演を繰り返し・創る過程はいかがでしたか?

 僕は再演を重ねる作業が好きで、一~二年かけて三演くらいして、ようやく身体に台詞が入り、本当に観客に楽しんでもらえる面白い芝居になると思っているんです。一か月なんかでできっこないんです。だから、「こつこつプロジェクト」は僕にとって「すべての演劇がこうあるべき」という、理想のつくり方だと思っています。


浅野 俳優として本当に贅沢な時間でしたね。台詞が身体に入るまでの十分な時間があり、反面、別役さんの戯曲の言葉は入りすぎると良くない面があるという、その怖さも感じながらの一年でした。最初に集まって皆で本読みをしたのが二〇一八年夏なので、そこから3rdの、二〇二〇年三月の劇場での発表まで一年七か月くらいですね、実際は。その間、日常の中でふとしたときに別役さんの目線を感じ、思い出しながら過ごしていた蓄積や、なぜか長くなってしまう稽古前の西沢さんとの雑談で共有したことなど、全てが加わって上演に結びついていた。そこに参加できた幸せを強く感じています。


山森 僕は3rdのみの参加で、その上演後すぐ緊急事態宣言に入り、その後にオリンピックやパラリンピックもあるなど社会がすごく動いた時期なんですよね。その間、『あーぶくたった、にいたった』が少しだけ、身体の中にある状態で過ごしてきたのは面白い体験でした。別役作品が問いかけてくることと、「日本人ってなんだ? 何故こんなことをするんだろう?」という、この期間に自分の中に生じた疑問が呼応し、その疑問を別役さんの視点で見たりした自分がいたんです。加えて浅野さんと僕が出ていた新国立劇場の『斬られの仙太』には、作家・三好十郎さんの視点で見た日本人論が含まれていて、僕にとって日本と日本人について深く考えるきっかけになった二作と共に、日本の激動期を過ごす印象深い体験をさせてもらったと思っています。


木下 僕は参加時間は短かったけれど稽古を見ていると、劇中の昭和の世界観に心動かされたり、僕も結婚もしていないのに、時に妄想してしまうような「(生まれてもいない)子どもが成長して不良になったらどうしよう」という想像などとも重なってきて。そこに、演じる傷病兵が登場する理由や役割について、わからないなりに考え続けていることが加わり、非常に刺激的な体験でした。戯曲も稽古も面白く、西沢さんも面白い。こんな充実した時間はありませんよね。


山森 そうそう、西沢さんがまた面白いんです(笑)。


―今回から参加される稲川さんは、ここまでの経緯など聞かれていかがですか?

稲川 まだ何も考えられません(笑)。でも、西沢さんはじめ皆さんが重ねた時間の豊かさは素晴らしいことだと思います。私も、大学を卒業して立ち上げた劇団卍の初期は半年くらい稽古して年一回の公演が普通でした。でもそれでは世間が許してくれなくなり、年二回三回と公演するようになっていった。でもこの企画ならば、ひとつの作品に長く濃密に向き合えたあの贅沢な時間を、また体験できるんですよね。老兵としては、ここまでの時間にあったことに耳を傾け、邪魔にならないようその場に女優として居られればと思うだけです、ね、龍さん(全員笑)。


山森 稲川さんのように、新しい方に入っていただくごとに、僕らはとてもいただくことが多いんです。


浅野 本当にそうですよね。藤次郎さんは、ご自身で小道具のアコーディオンを段ボールで作って持ってきてくださったんですよね! 1st、2ndでは、ゴザ一枚でできる芝居だから本当に外でやってみようと劇場の屋上庭園やテラスなどを放浪して試したけれど、車の音がうるさすぎて諦めたり(全員笑)、戯曲の出来事を時系列で並べ替えたらどうなるか試してみたり、それこそこつこつ、いろんなことをトライしていました。




「美しい」と心から思える台詞

底なし沼に引き込まれるような怖さ

それぞれが感じる別役作品の魅力



―世代もそれぞれの皆さんですが、別役作品との接点はこれまであったのでしょうか?

稲川 私たちは別役さんの新作を心待ちにするような世代。新しい戯曲集が出ると劇団を一緒にやっている夫(菅間勇)と一冊ずつ同じものを持っていたくらいです。一応戦後生まれですが(笑)、別役さんが作品に織り込む戦争や満州での体験などに響くところも感じましたし、どの作品も難解ではあるけれど、「美しい」と心から思える台詞があるんです。先ほどの『門』のラストにも「重いよ、君が僕の中で一番重い」というラストの台詞が大好きで、舞台袖から聞いては涙ぐんでいましたし、『あーぶくたった、にいたった』のラストもきっと、聴きながら泣けてしまいそうな気がします。


 僕は『門』に関わった後、故郷の北海道の劇団で別役さんの『堕天使』を演じる機会があって。そのときも、よくは理解できなかった(笑)。以降、別役戯曲とご縁はなかったんですが、七〇年代安保闘争の後に上京していた僕らにとっては、別役作品や寺山修司さんが時代を指して言うデラシネ(根無し草)感は非常にビビッドに感じられるものだったのを、この企画に参加しながら、他の戯曲を読みつつ思い出していました。面白いんですよね、別役作品は。2ndで一部取り入れた『風のセールスマン』もとても良くて、せっかく覚えたので自分のところで別に、上演しようと思っているんです。


浅野 別役さんと同時代から演劇活動をされてきた先輩方の話を聞くと、なんだか緊張感が増してドキドキしてきました......。


稲川 私はワクワクしてるけれど(笑)。


浅野 私は新国立劇場での『マッチ売りの少女』(二〇〇三年)を映像で観たのが初の別役作品だったのを、今思い出しました。独特の不気味さが気にかかり、何度も観たんです。『あーぶくたった、にいたった』は最初に読んだときから、わからなさより面白さが自分の中で勝っていて。他の戯曲も何作か読んだんですが、ショッキングな事件が起こるものが目について、比べるとこの戯曲は恐ろしいことも起こるけれど、何か優しいものに守られ包まれているようなところが他の作品群と少し違う感じがしました。ですが作品の中にある宇宙の大きさが怖くもあり、少し間を空けてからこの戯曲に戻るときは若干の恐怖感がありましたね。ジェットコースターに乗るような底なし沼に引き込まれるような、その怖ささえ魅力になっていくのが別役作品の凄味でしょうか......不思議です。


山森 コースターで言えば、一回しかできなかった3rdの発表会。自覚は全くなかったのですが、一場がめちゃめちゃ速かったみたいで。それがずっと悔しい記憶だったので、今回やれるのは本当に嬉しいです。僕の別役体験は、文学座附属演劇研究所の授業で『あーぶくたった、にいたった』の一部をやったことが最初らしいんですが、記憶には全然ありませんでした。それが2ndの試演を観たときにフラッシュバックで蘇ったという(笑)。文学座は先輩方が別役さんの書き下ろしを、アトリエなどで何作も上演し観ているのですが、自分とはどこか別世界のものに感じていた。でもいつかは関わるかもと、バイトでボロボロになった革靴を「これは別役っぽい」と思って取って置いたんです、まだあるかわからないけれど(全員笑)。「いつかは演じる」という予感はあったのかもしれないです。


木下 僕はさっき話した『海ゆかば水漬く屍』が初体験で、別役さんのホンは人間の怖い部分を書いているのに、表現の仕方が笑えるところが魅力だなと思います。その怖さも、誰もが身に覚えのあるようなシチュエーションから始まり、思わぬところまで連れ去られる恐怖だったりするんですが、客観的に見ると登場人物たちの必死さがどこか滑稽で、思わ

ず笑っちゃったりするんですよね。『あーぶくたった、にいたった』には、その対照的な魅力がどの場面にもあり、自分にとって一番好きな別役作品になりました。


山森 改めて向き合うこの戯曲、西沢さんとどう深めていけるかすごく楽しみですよね。またガンガン煽られるのかな?(笑)


木下 あー、ものすごく俳優に迫ってくるときありますよね、西沢さんの演出。


 でも年上にはあまりグイグイ来ませんよ。どちらかというとスッと寄ってきて、「あそこはこうしたらどうでしょう」と囁いて、また去っていくみたいな(笑)。


浅野 私も、グイグイ来る西沢演出は経験してないですね。『あーぶくたった、にいたった』でもあまりなかったんじゃないでしょうか。


稲川 西沢さんに、ずっと他人行儀でいられたらどうしましょう(全員笑)。でも優秀な演出家だと私の耳にも入ってきていた方ですし、実際にお会いして稽古するまで余分な想像はなしにして、優秀でない新参者が混ざりますがよろしくお願いします、とだけお伝えください(笑)。



新国立劇場・情報誌 ジ・アトレ 11月号掲載

りゅう のぼる

演劇団(現・流山児★事務所)を経て、1985年龍昇企画を旗揚げ。以降、俳優兼プロデューサーとして、数々の作品を発表。数々の作品を発表。長年に渡って、「アジア・ミーツ・アジア」「フィジカルシアター・フェスティバル」の実行委員を務める。現在は若葉町ウォーフのエグゼクティブ・ディレクターとして幅広い活動を継続中。【主な舞台】『男たちの中で』『雨の夏、三十人のジュリエットが還ってきた』『父と暮せば』『火曜日はスーパーへ』など。

いながわ みよこ

劇団菅間馬鈴薯堂・看板女優として、舞台をはじめ、映画・ドラマ・CMなど、映像の分野でも幅広く活動。ドラマ『エンドロール~伝説の父~』『泣くな、はらちゃん』『エール』、映画『スーパーの女』『川の底からこんにちは』『ばけもの模様』『ハラがコレなんで』『銀の匙』『百円の恋』『勝手にふるえてろ』『護られなかった者たちへ』などに出演。【主な舞台】1994年から劇団菅間馬鈴薯堂の舞台、『キリンバズウカ Tokyo2nd Shot「スメル」』など、新国立劇場では『マニラ瑞穂記』『↑ヤジルシ―誘われて』に出演。

きのした とうじろう

国立琉球大学農学部卒業。劇団吹きだまり、劇団新宿梁山泊を経て、1997年椿組へ。以降、椿組の全作品に出演。2003年、初戯曲『跳ぶ魚』を執筆、椿組番外公演として上演。2016年、『寿歌』(作・北村想)を初プロデュース。2020年, 『青いオウムと痩せた男の子の話』(原作・野坂昭如)を戯曲化、椿組公演として上演した。【主な舞台】『シャケと軍手』『肩に隠るる小さき君は』『海ゆかば水漬く屍』『贋・四谷怪談』『櫻ふぶき日本の心中』『椿版・どん底』『天保十二年のシェイクスピア』『20世紀少年少女唱歌集』『少女都市からの呼び声』など。

あさの れいこ

新国立劇場演劇研修所第1期修了。数多くの舞台やCMで活躍するほか、近年は「鼻メガネさん」として、子どもたちのためのパフォーマンスを行う。【主な舞台】『四谷怪談』『暴走ジュリエット・迷走クレオパトラ』『お暇をこじらせて』『ピーターパン』『国盗人』『闇に咲く花』など。新国立劇場では、『斬られの仙太』、『マニラ瑞穂記』、リーディング公演『アラビアの夜』に出演。

やまもり だいすけ

大学を休学し、バックパッカーとしてアジア・ヨーロッパを放浪したのち文学座に所属する。これまでの主な出演にドラマ『孤独のグルメ Season7』『遺留捜査』、映画『図書館戦争 THE LASTMISSION』などがある。【主な舞台】『糸井版 摂州合邦辻』『メモリアル』『オイディプスREXXX』『愛死に』『始まりのアンティゴネ』『彼らの敵』『今ひとたびの修羅』など。新国立劇場では『斬られの仙太』に出演。



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『あーぶくたった、にいたった』

会場:新国立劇場・小劇場

上演期間:2021年12月7日(火)~19日(日)

作:別役 実
演出:西沢栄治

出演:山森大輔 浅野令子 木下藤次郎 稲川実代子 龍 昇

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「時間をかける、ということ」演劇2作品通し券 のご案内

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・11月公演『イロアセル』(作・演出 倉持 裕)
・12月公演『あーぶくたった、にいたった』(作:別役 実 演出:西沢栄治)

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