演劇公演関連ニュース
『斬られの仙太』演出・上村聡史、インタビュー
演劇二〇二一年の口火を切るのは、「フルオーディション」第三弾にして新シリーズ「人を思うちから」の一作目となる『斬られの仙太』だ。作者・三好十郎の戯曲は、戦中戦後の日本と日本人のあり方への深い洞察を核とし、近年とみに上演される機会が増えている。だが登場人物も場数も長大な今作の上演は、三好作品の中では希少であり、演劇ファン待望と言えるものだろう。以前より今作の演出を熱望していた上村聡史に、戯曲の魅力と十六名の意志ある俳優たちと共に立ち上げる創作のビジョンを訊いた。
インタビュアー:尾上そら(演劇ライター)
八十の役を演じる十六人
このメンバーなら
群像劇ならではの熱を生み出せる
─上村さんが三好十郎作品を演出するのは、二〇一七年の文学座アトリエ公演『冒した者』に続き今回が二作目となります。
上村 『斬られの仙太』は自分の中の、"演出したい戯曲リスト"に入っていたもの。江戸末期から明治にかけての時代、農民から博徒になり、さらには水戸天狗党の一員として名を成す仙太郎を主人公とする今作は、当然時代劇ですが、読みながら時代様式に縛られない世界観を感じたんです。『冒した者』を演出してからは尚その感覚が強まり、チャンバラや人情話など物語を構成する時代劇の要素より、現在に訴えかけるような三好十郎の言葉、その言葉の強度のほうに惹かれるものがありました。
また階級社会を生きる武士と農民、明らかに生活に差のある階層の、低いところにいる農民たちが辛酸を舐めつつも土に生き、自分たちの権利や自由を獲得していく様子に現在性を感じます。その現在性を戯曲の言葉を介して劇場空間にいかに立ち上げ届けるかが重要なので、戯曲もある程度整理し、八十近い登場人物は十六人の俳優が複数役を演じ、そのことで熱量を内包させて作品を提示したいと思ったんです。結果、目の前にパズルのような香盤表ができ、実現可能なのか不安になる部分もあるのですが(笑)、だからこそ、この戯曲を演じ切ることのできる俳優を選び、座組を一から作る「フルオーディション」でやるべき作品だという想いが、今は確信になりました。
─確かに、作品に臨む俳優の熱量が最初から高いことが、「フルオーディション」から生まれたカンパニーの魅力であり特徴だと思います。
上村 戯曲の内容や背景の理解と知識、台詞の解釈、身体の柔軟さなど、出演する十六人の俳優たちはみな、並々ならぬ熱意と共にそれら作品に必要な資質があることを見せてくれた人ばかり。このメンバーならば、社会の下層で苦しむ農民の葛藤と時代の奔流に巻き込まれて苦悩する武士の葛藤、両方を生々しく立ち上げ、群像劇ならではの熱を生み出せると思っています。
頻度高く上演される三好作品は戦後の、作家活動中期以降に書かれたものが多いのですが、今作は一九三四年初出の初期作品。三好作品に通底する"人はいかに生きるべきか"という問いかけはしっかりありつつ、エンターテインメントの要素も織り込まれたバランスの良さが魅力ですが、同時に膨大な紙幅でもあり、フルに上演すると七時間はかかると思う。今回はそれよりは短い上演になる予定ですが、それでもそんな作品と格闘する覚悟を持って自ら手を挙げてくれた俳優の皆さんの、勇気と熱意には感激させられました。皆さん膨大な台詞を入れ、着物や袴まで自ら用意してオーディションに臨み、役に対する僕の提案にも粘り強く食らいついてくれました。
─十を超す複数役を演じる俳優を選ぶには、常のオーディションとは違う視点が必要だったのでは?
上村 とはいえ農民、町民、武士、芸者、博徒など、どの役もキャラクターが明確で、それを演じるために必要な身体と、それを変えていく柔軟性が求めるところだったので、迷うことはありませんでした。むしろ僕自身はそれほど時代劇の演出経験はありませんが、特有の所作などに詳しい俳優さんは、身体つきからにじみ出す"時代劇感"があると実感できました。それは特に年齢が上の俳優さんたちから感じたことで、そこに若者たちが刺激を受け、食らいついていく様子も芝居づくりの良い初動になったと思います。
出演者たちと出会い気づいた
戯曲の新たな魅力
─上村さんの演出を受けるのが、初めての方も多い座組ではないでしょうか。
上村 はい、舞台を拝見してはいても、このオーディションがなければ出会えなかった方が多いと思います。演出家として招かれるだけでは、こういう経験はできません。実際、『斬られの仙太』ではお声がけできなかった方で他のプロダクションにお誘いした方もいて、演出家としての自分の、これからの可能性を広げる機会にもなったと思います。
また、作品やそこで描かれる時代劇要素に惚れ込んで出演を希望した俳優さんたちによって、僕自身が改めて戯曲の背景や史実の持つ面白さにも気づかせてもらった。僕は実家が利根川のそばで、水戸に至る街道近くにもよく行ったし、その風景を思い出しながら「天狗党はあの道を通り、何日かけて江戸に行ったのか」などと想像していると俄然テンションが上がります(笑)。
─幕末という激動の時代、その変転を生き抜く人間の躍動感は、つくる者も観る者もワクワクさせるのだと思います。
上村 登場人物が活き活きと舞台上を駆け抜けるほどに、幕末という時代の大転換点が、自分たちの日常と地続きになる。劇中描かれることが単なる史実ではなく、続く時代の一部であること、だからこそ最終景で二十年後の、また時代がうねりつつある状況が示され、繰り返す歴史の禍福を感じさせるところも、戯曲の普遍性の高さだと思います。
そこに最終的には「土と共に生きる」人間の、根源的な姿が立ち上がる。仙太郎と同じ村の農民・段六、あの愚直なまでに田畑を生きる場所とし、自分が農民であることに一片の疑問も持たない純粋な姿勢は非常に美しいもの。三好作品の中でも、あまり居ないキャラクターだと思います。
─仙太郎のような時代を切り開く役割の人ではないけれど、三好さんが人間に託した、もう一方の理想を体現するのが段六なのかもしれませんね。
上村 そうですね。段六のような純朴なキャラクターが、幕末を脇から見つめる視点としてあることが、この作品が八十年以上を経て今また上演する意義のひとつでもあるような気がします。
─座組を構成する俳優の方々、役と響き合う魅力なども伺えますか。
上村 仙太郎は自由や権利を求め、それを実現する意志と行動力がある反面、人に惚れっぽいところがある。人間誰しもが持っている揺れや振れ幅を体現する男であり、演じる伊達暁さんは、仙太郎のヒロイックな部分と素直に過ぎる部分、その両面をニュートラルに表現できる人だと感じました。芯はぶれずに揺れ、変化し続ける繊細さと力強さをオーディションで見せてくださり、加えて今作への強い執着が感じられたのが決め手でした。
仙太郎の精神的支柱となる、利根の甚伍左という地主役の青山勝さんは、時代背景に関する知識から時代劇を演じるために必要な技術まで、圧倒的な厚みで提示してくださった。史実のわからないことは青山さんに訊けば教えてもらえるという(笑)、実に頼もしい存在です。
幕間芝居的な部分を含め、今回の演出プランの要になる読売り役を演じる原川浩明さんも、所属する花組芝居での和事の経験値の高さに加え、独特のチャーミングさが複数役を次々演じていく演劇的な仕掛けの面白さを倍加させてくれるんです。
─こうしてお話を伺っているだけで、早く作品が観たくてたまらなくなります。
上村 『斬られの仙太』は演出したいと思い続けた作品ですが、当初の演出プランに加え、出演者たちと出会ったことで、さらにやりたいことが増え、戯曲の新たな魅力にも気づかせてもらえた。オーディションの最後、出演者が全員決まったところで、せっかくだからと二日間ほど本読みをしたんです。その際に感じた「こんなに泣ける芝居だったのか!」という発見は、この作品を今、お客様に届けるためのフックにもなると思います。
誰もが等しく困難に直面し、刻々と変わる状況に翻弄される現在。幕末を生きるあらゆる層の人間が登場する本作は、多くの方に響くものを持っている。戯曲の言葉と参加してくれる俳優・スタッフを信じ、作品と座組の相乗効果をとことん引き出すのが演出の仕事であ り、楽しみどころだと思っています。
新国立劇場・情報誌 ジ・アトレ 1月号掲載
<上村聡史 かみむら・さとし>
2001年文学座附属演劇研究所入所。09年より文化庁新進芸術家海外留学制度において1年間イギリス・ドイツに留学。18年に文学座を退座。15年に新国立劇場『アルトナの幽閉者』、文学座『信じる機械』、世田谷パブリックシアター『炎 アンサンディ』の演出で第17回千田是也賞、同年、同じく『炎 アンサンディ』、風姿花伝プロデュース『ボビー・フィッシャーはパサデナに住んでいる』の演出で第22回読売演劇大賞最優秀演出家賞を受賞。近年の主な演出作品に『終夜』(風姿花伝プロデュース)、『ブラッケン・ムーア~荒地の亡霊~』『大人のけんかが終わるまで』(東宝)、『岸 リトラル』(世田谷パブリックシアター)、『イヌの仇討あるいは吉良の決断』(オペラシアターこんにゃく座)、『冒した者』『中橋公館』『弁明』(文学座)など。新国立劇場では『オレステイア』『城塞』『アルトナの幽閉者』を演出。
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会場:新国立劇場・小劇場
上演期間:2021年4月6日(火)~25日(日)
作:三好十郎演出:上村聡史出演:青山 勝 浅野令子 今國雅彦 内田健介 木下政治 久保貫太郎 小泉将臣 小林大介佐藤祐基 瀬口寛之 伊達 暁 中山義紘 原 愛絵 原川浩明 陽月 華 山森大輔
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