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『タージマハルの衛兵』出演・成河、亀田佳明 対談

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寓話的な世界観に、現代の私たちが直面する過酷な現実や人間が抱える深い闇を映じる気鋭の劇作家ラジヴ・ジョセフ。新国立劇場での上演2作目となる二人芝居『タージマハルの衛兵』も、17世紀半ばのムガル帝国を舞台にしながら、社会に強い葛藤を感じて生きる現代人を代弁するような対話で綴られている。自ら立ち上げた「ことぜん」シリーズ最終作を演出するのは演劇芸術監督・小川絵梨子。迎え撃つ成河と亀田佳明はともに、新国立劇場作品と小川演出の経験者で、濃密な芝居づくりが期待できる布陣と言えるだろう。プレ稽古を踏まえて俳優陣が語る創作の初動、その熱気から見える風景とは?

インタビュアー:尾上そら (演劇ライター)



刻々と変わる二人の関係性

予想だにしない結末は衝撃的

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─早くも七月末に本読みなどされたとのこと。演出の小川さん、翻訳の小田島創志さん共に、非常に充実した時間を過ごされたとのことでしたが、お二人はいかがでしたか?


亀田 お互いの役が決まっていない状態での本読みなので、試すことが多くありました。


成河 僕は結構、その場その場を反射神経で乗り切っていきがちですが、あの時の稽古は短い場面でも、本当に一語一語検証していくやり方。気づいたら一日稽古したのに四、五ページしか進んでいないという日が続いていて(笑)。


亀田 こういう十全な時間のかけ方は、なかなかできないこと。芝居づくりの始まりとしては、贅沢な環境でした。


成河 役が固定していないことも、そんなに気になってはいないんです。日本初演の作品ですし、二人芝居だから役の視点にならずとも作品の全貌も見通しやすい。何より小川さんは他の作品での経験上、トライ&エラーを重ねながらつくり込む芝居づくりをされるので、役を決めない本読みもトライとして興味深いものと感じられました。


─戯曲を読んで、まず感じたのはどういうことでしょう?


成河 この戯曲には、冒頭に「俳優は訛ってはいけない」という注意書きがあるんです。それは地域や時代を特定するような戯曲の設定に縛られず、同時代を生きる僕らの言

葉で上演してほしいという作家の意志の表れでしょうし、加えて創志さんの翻訳もあいまって、日常会話の地続きにある、非常に読みやすい戯曲だと思えました。


亀田 それは僕も同じです。そういう入りやすさの反面、劇中で刻々と変わっていくフマーユーンとバーブルの関係性、二人が迎える予想だにしない結末には、読み終えた瞬間震えがくるような衝撃を感じました。二人のキャラクターも、一見対照的のように見えて実は根っこで通じているような、表裏一体の感じもある。だから、どちらを自分が演じるかということより、作品をどう見せるかのほうが気になりました。


成河 そう、"見せる"のが難しい作品だと僕も思います。会話の面白さを作品の一番表層の魅力とするなら、そこから階層が下がるほどに、観る方の想像を喚起する部分や、二人を取り巻く世界の矛盾や狂気について考えていただく部分など、複雑な部分も見えてくる。それらを余さず舞台に立ち上げ、お客様に実感が伴うように伝えるには、かなりの工夫が必要だと思います。


─しかも見張り中は自由に動くことができないなど、物理的な縛りもあります。


亀田 その辺は、立ち稽古でどうなっていくか未知数の部分ですね。戯曲がそもそも虚実ないまぜの寓話的世界観で書かれているうえ、二人の会話も日常的なものからふと飛躍して、抽象的な内容になったりもしますし、稽古をしながら作品の中の様々な「境界」を見つけ、線引きしていく必要はありそうですね。



カンパニー全員が材料を持ちより

作品に向き合う

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─小川×小田島対談では、そんな作品の特徴をサミュエル・ベケットやハロルド・ピンターの作品群と比較して語られたりもしています。


成河 確かに、現代の言葉で書かれているけれど、現代口語的と言うにはこの戯曲は個々の言葉が非常に強い。ぼんやりとしたスタイルを見せるのではなく、確かな対話、時には議論に近い強度の言葉を紡ぐ必要があると思います。


亀田 そう、空気感だけでは決して成立させられない、きちんとした論理が二人の会話にはある。日本人の会話に特有の、"空気で伝える"的なことは通用しないでしょうね。結果、一行ごとに区切り、一語ごとに洗い出すという冒頭のプレ稽古になったんですが(笑)。


成河 あの緻密な作業は、この後の芝居づくり全般を支える自信になると思います。ああいう充実した稽古を、俳優はみなやるべきだと最初は思いましたが、後半は正直キツいと思う場面もあったかな(笑)。


─戯曲に向き合う作業の姿勢が、演出家・翻訳家・俳優での分業ではなく、一丸と なっているように思えます。


亀田 それは確かに。訳語一つにも複数の意見が出るので、複数の候補を残したまま先に進んでいるところもあれば、決定を下すのが翻訳の小田島さんだけではない、話し合いもたくさん持ちました。


成河 いまだにみんなで、メールを介してやりとりしている箇所もあるくらいで。


─上演するための言葉、戯曲を全員で平等かつ有機的につくるところから創作が始まっているのですね。


成河 しかもその作業が、「先生」的なところからトップダウンで行われるのではなく、その場の全員でフラットに臨もうと、小川さんも小田島さんもしてくださる。ゴールも目標も決めずに、カンパニー全員それぞれが持てる材料を全部持ちより、にらめっこしながら作品に向き合う。なかなか味わえない楽しい時間です。


─劇中、二人の衛兵の背後にある軍や国家、属する社会の束縛だけでなく、「美」など観念や価値観と個人との相関も見えてきます。お二人はテーマである「個と全」について、考えることなどありますか?


亀田 僕の場合、文学座という演劇の世界では大きな集団に身を置いていることもあり、折に触れ考えることではありますね。二百人くらいの集団ですがきっと組織としては緩いほうで、座内にはいろいろな価値観が飛び交っている。所属する者として、そこに安心感があることも事実ですが、自分たちにとって内向きの、閉じたシェルターのようになってはいけないという想いもあるんです。そのために自分がどう在るべきか、どんな風に働き掛けられるかは、常に考えていたいと思うのですがなかなか難しい問題ですね。


成河 僕は作品ごと、現場ごとに転々とする身で、一つの集団に帰属している訳ではないけれど、逆に環境が変わるたびに「個と全」に向き合わなければいけない、とも言える。良き集団であるために何が必要か、集団心理や排他主義に走らずにいられる集団の作り方とはどんなものか。でも殊に演劇は、幕が開き観客を迎え入れて創作の最終形とする表現芸術ですから、排他主義とは真逆のもので、それを忘れず問い直しながら集団を俯瞰で見て、自ら更新し続けるしかないかな、と今は思います。


亀田 俯瞰は非常に大切ですね、だから難しくもある。


成河 でも今回は少人数の座組ですから、集団とは言え自浄機能がちゃんと働くと思います。何より小川さんが悪しき集団性を憎む人ですから、このチームは大丈夫でしょう。これだけ対等に議論できる演出家さんは、そうはいらっしゃらない。


亀田 僕も『マリアの首 ─幻に長崎を想う曲─』( 二〇一七年)で初めてご一緒した時から、俳優の生理、演じることのストレスに目を向け、理解してくださる小川さんの姿勢には感銘を受けました。


成河 しかも考え、感じていることを隠さないでしょ? だから非常に現場の風通しが良い。今回のような手強い作品に臨む、最高の布陣と環境ですからとことん創ることを楽しみたいですね。


亀田 ええ、存分に生身でぶつかり合いたいと思います。



新国立劇場・情報誌 ジ・アトレ 11月号掲載


<そんは>

大学時代から演劇を始め、北区つかこうへい劇団などを経て、2004年ロバート・アラン・アッカーマン演出『エンジェルス・イン・アメリカ』のエンジェル役に抜擢。近年の主な舞台として、『エリザベート』『BLUE/ORANGE』『スリル・ミー』『Fully Committed』『黒蜥蜴』『人間風車』『子午線の祀り』『髑髏城の七人 Season花』『わたしは真悟』『グランドホテル』『スポケーンの左手』『100万回生きたねこ』『アドルフに告ぐ』『十二夜』『THE BIG FELLAH ビッグ・フェラー』『ショーシャンクの空に』など。新国立劇場では『アジア温泉』『サロメ』『夏の夜の夢』に出演している。平成20年度文化庁芸術祭演劇部門新人賞、第18回読売演劇大賞優秀男優賞受賞。


<かめだ よしあき>

文学座所属。2004年『モンテ・クリスト伯』で初舞台後、舞台を中心に劇団内 のみならず外部作品にも多数出演。最近の主な舞台として『イザ ―ぼくの運命のひと―』『ガラスの動物園』『いずれおとらぬトトントトン』『かのような私 ―或いは斎藤平の一生―』『岸 リトラル』『坂の上の家』『弁明』『対岸の永遠』『くにこ』『明治の柩』『クライムス・オブ・ザ・ハート』『信じる機械 ―The FaithMachine-』『ガリレイの生涯』『カラムとセフィーの物語』など。新国立劇場では『ヘンリー五世』『マリアの首 ―幻に長崎を想う曲―』『ヘンリー四世』『三文オペラ』『るつぼ』に出演。その他、映画、吹き替え、ラジオドラマなどでも活躍している。



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『タージマハルの衛兵』

会場:新国立劇場・小劇場

上演期間:2019年12月7日(土)~23日(月)(プレビュー公演 12月2日[月]・3日[火])

作:ラジヴ・ジョセフ

翻訳:小田島創志

演出:小川絵梨子

出演:成河 亀田佳明

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