『タージマハルの衛兵』小川絵梨子[演出]×小田島創志[翻訳] 対談

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小川絵梨子芸術監督が、演劇を介して人間と世界の「いま」を考察するため自ら立ち上げた企画「ことぜん」。シリーズ連続公演のラストは、自身の演出による『タージマハルの衛兵』だ。新国立劇場では二〇一五年、『バグダッド動物園のベンガルタイガー』が上演された、アメリカの劇作家ラジヴ・ジョセフによる二人芝居。同作でピューリッツァ賞にもノミネートされた実力派の戯曲を、若手気鋭の翻訳家・小田島創志が訳し、演出・小川との初タッグが実現した。出演者である成河&亀田佳明らと早くも数回の本読みが実施されたとのこと。その手応えと目指すところを聞いた。

インタビュアー:尾上そら (演劇ライター)



多くの可能性をはらんだ戯曲

俳優の感覚も訳語に反映

─戯曲はどのようにして選ばれたのでしょうか。


小川 個人的に興味を持って本を取り寄せて、原文で読んでいたんです。ラジヴさんの戯曲は、登場人物は少数ながら、深く普遍的な世界が描かれているところが魅力的で、しかも題材や時代に関わらず、私たちが生きる「いま」が色濃く投影されている。「ことぜん」シリーズを立ち上げたあと、自分で演出する戯曲をどうするか検討するうち、自分の中で『タージマハルの衛兵』がいいんではないかと。


小田島 ラジヴさんは二人〜三人しか登場しない少人数の戯曲が多く、八役ある『バグダッド動物園のベンガルタイガー』のほうが例外的なんですよね。


─舞台は一六四八年、ムガール帝国(一五二六年から一八五七年まで続いたインドのムスリム王朝)のアグラ。完成間近の、亡くなった王妃の霊廟を警護する生真面目なフマーユーンと夢想家のバーブル、若い二人の衛兵が登場人物です。


小川 実は、俳優のお二人をどちらの役にするか決めぬまま出演をお願いしました。稽古の過程でさまざまなことを試し、考えながら配役も決めたいという我がままをご快諾いただけたのが、まず嬉しかったですね。


─お二人とも、幅広い作品で鮮烈な存在感を残していらっしゃる俳優ですが、創作に対しても開かれた考え方をされるのですね。


小田島 既に本読みを数回行い、僕もその場に同席させていただいたのですが、シリアスで残酷なシーンもあればコミカルなやりとりもあるこの戯曲を、俳優のお二人が硬軟自在に演じ分けて役に命を吹き込む様は、見事というほかありません。ブラック・ユーモア的な加減の難しい会話もあるのですが、成河さん亀田さんのお二人ともが、既に登場人物二人のチャーミングさそのままに台詞をコントロールしていらっしゃる。さすがですね。


小川 私も、演出家の立場を忘れて「楽しい!」と、思わず声を出したくなるほど充実した本読みでした(笑)。


小田島 二人の兵士が一晩中、振り向くことすら許されぬまま廟を警備し、その間喋り続ける様子はサミュエル・ベケットの『ゴドーを待ちながら』や、同じ構造を持つトム・ストッパードの『ローゼンクランツとギルデンスターンは死んだ』に通じるところがある。加えて、僕は専門がハロルド・ピンターなんですが、ピンターの『ダム・ウェイター』も彷彿とさせるんです。どの作品も、目に見えない「全体」に「個人」が翻弄されていくという構図が内包されており、まさに「ことぜん」に相応しい作品だと思います。

 また、舞台は十七世紀のインドですが、現代の若者の喋り言葉そのままに書かれており、けれど一つひとつの単語にはいろいろな意味が重ねられていて、それをあまり言葉数を増やさずに日本語で表現するのが、翻訳時点ではなかなかの苦労でした。稽古場では俳優お二人からも意見をたくさんいただき、学ぶことの多い時間を過ごさせていただいています。


小川 戯曲を真ん中に、全員で勉強会をしている感覚です。小田島さんが仰るとおり、言葉は平易ですがそこに何重もの意味が込められているし、三百年以上前の時代から二十一世紀の現在まで変わらない世界と人間の愚かさ、残酷さ、滑稽さが寓話的に描かれる戯曲の世界は、舞台上に立ち上げるための過程にも多くの可能性をはらんでいる。戯曲の魅力を損なわないように、けれど自由な発想を忘れずつくり続けたいホンですね。また小田島さんが訳してくださった、幕開き最初のフマーユーンの台詞が最高なんです!遅れて来たバーブルにイライラしたフマーユーンが、ようやく持ち場についた相棒の剣の持ち方が間違っていることを咎める「手が逆」という一言で、時代背景やタージマハルのことを知らないお客様を、一瞬で二人の会話に引き込む入口としてぴったりの言葉だな、と唸りました。


小田島 先ほども言ったように、稽古場では僕が教えていただく側で、小川さんと俳優のお二人、そしてスタッフの方も含めて戯曲の一語一語をつくっていると感じています。


小川 今回は小田島さんに頼りきりですが、私も翻訳を手掛ける端にいる人間として、勉強させていただいています。


小田島 「このニュアンスで、こんな気持ちを持って発語するならこの語順で言うほうがいい」などと、俳優お二人が生理や演技の流れを考えつつアドバイスしてくださるんです。そのたびに目から鱗が落ちるような発見があり、感激しています。


小川 そう! 俳優さんにしかわからない感覚を、お二人は巧みに訳語に落とし込んでくださる。それができる俳優さんは、なかなかいないと思いますよ。


小田島 確かに。お二人は作品のエッセンス、核心にあるものを立ちどころにつかまえているように思えます。



フマーユーンが打ちひしがれる様は

私たちそのもの

─そんな創造的な環境で、活き活きした対話として立ち上がるであろう今作は後半、国や権力者という劇中には登場しない巨大なものが、二人の若者に非常に過酷な現実を突きつけます。


小川 そうですね。フマーユーンはどちらかと言えば体制寄りで、だからこそ彼が直面する葛藤が、非常に現代人に重なると思っているんです。体制に全面的に心酔している訳ではなく、その傘下にいる自分を恥じたり打ちひしがれたりする様は私たちそのもの。彼を丁寧に描くことで、対照的な自由過ぎるバーブルの在りようや、二人の運命を分けるものが何かも、より鮮明にお客様に届けられると今は考えています。


小田島 衛兵二人は対照的ですが、身近な人物に置き換えて考えやすく造形されていますよね。


小川 私はフマーユーンでしかないから、バーブルの自由さに憧れを感じる。


小田島 僕も完全にフマーユーン・タイプです。むしろ、彼よりさらに長いものに巻かれたいかも(笑)。だから彼がバーブルにイラつきながらも、どこか羨む気持ちがとてもよくわかります。


─そのバーブルが見せる、「美」への狂信的な態度も衝撃的です。


小田島 彼も無邪気なだけでなく、自然の美を重要視せずに人工的な美に執着するといった、歪んだ面を垣間見せる。


小川 バーブルが豊かな想像力を持つゆえに、状況が絶望的になった時、怒りや狂気に憑かれた想像をする様子はまさに現代的な悲劇ですし、日本のお客様にも共感いただけるところではないかと考えています。


小田島 作品の背景や設定に関する情報を簡略化して、その分、二人の登場人物の造形や内面を丹念に描いている筆致も、観客を選ばず面白く感じていただける今作の魅力。幅広い方に楽しんでいただきたいと思います。


小川 特に、社会に対して矛盾や疑問を感じている若い方に観ていただきたいんです。観劇後、何を感じたか私もうかがいたいし、話し合っていただく機会になったらうれしいですね。



新国立劇場・情報誌 ジ・アトレ 9月号掲載


<おだしま そうし>

1991年東京生まれ。東京大学大学院在籍。お茶の水女子大学、東京藝術大学、明治薬科大学非常勤講師。専門はハロルド・ピンター、トム・ストッパード、デイヴィッド・ヘアを中心とした現代イギリス演劇研究。また、英語圏における小説のアダプテーション(翻案)について、研究成果を日本英文学会などで発表。戯曲翻訳としては『受取人不明 ADDRESSUNKNOWN』が2018年に上演されている。また、講談社ウェブマガジン『クーリエ・ジャポン』で記事翻訳を担当。



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『タージマハルの衛兵』

会場:新国立劇場・小劇場

上演期間:2019年12月7日(土)~23日(月)(プレビュー公演 12月2日[月]・3日[火])

作:ラジヴ・ジョセフ

翻訳:小田島創志

演出:小川絵梨子

出演:成河 亀田佳明

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