『あの出来事』演出・瀬戸山美咲、インタビュー

"個"と"全"の関係性を描くシリーズ「ことぜん」の第二弾は、ノルウェーで起きたテロ事件を題材にした『あの出来事』を日本初演。過酷な体験をした女性が、傷つきながらも、事件とその犯人に向き合っていく姿を描く。演出は、新国立劇場初登場の瀬戸山美咲。パキスタンで起きた日本人大学生誘拐事件を題材に、事件後の日本でのバッシングの行方を描いた『彼らの敵』など、現実の出来事や事件を通して社会と個人の関係を描く作品を多く手掛けてきた瀬戸山が、今回の作品に挑む思いをうかがった。

インタビュアー:沢 美也子 (演劇ライター)











悲しいけれど

今取り上げる意味がある戯曲

─「ことぜん」シリーズの第二弾として『あの出来事』を選んだ理由は?


瀬戸山 シリーズのテーマに沿った作品をいろいろご提案いただき、自分でも探していたのですが、翻訳の谷岡健彦さんがエディンバラでご覧になっていたのが『あの出来事』でした。こんな作品があるよ、と聞き、英語で読んだのですが、驚きました。すごく切実なことが書かれている作品であり、「ことぜん」のテーマとも一番しっくりくる作品だと思いました。

 二〇一一年にノルウェーのウトヤ島で起きた事件がきっかけで書かれた戯曲ですが、その年は日本では東日本大震災があったので、事件のことは私の記憶にはほとんど残っていませんでした。初めてちゃんと認識したのが、ウトヤ島事件を扱ったアンジェリカ・リデル作・演出の『地上に広がる大空(ウェンディ・シンドローム)』で、二〇一五年に観てすごく興味を持ちました。また、それと並行して、この事件を扱った映画が二本作られ、どちらも昨年公開されました。両方を観て、どちらも本当にしんどかったですが、事件から八年経っても同じようなことが繰り返されている今、取り上げる意味が、悲しいけれどあるなと思って、この作品に決めました。


─語るのもしんどい部分があるけれど、あえて選んだということですか?


瀬戸山 はい。これを演出すると決めてからも、ニュージーランドやスリランカでテロが起きていて、全然終わっていない。というよりも、どんどん激化している感覚があって。本当にこのことについてみんなで考えたい、というのがまずあります。また、この作品を最初に読んだ時に、相模原の障害者施設の事件が頭に浮かびました。ウトヤ島の犯人も、相模原の犯人も、よかれと思ってやった、みたいなことを言っているんですよね。なぜそんなふうに考える人たちが生まれてくるのか、私たちは真剣に考えないといけない。自分たちとは違う人間だと切り離すのではなくて、自分たちの中からそういう人たちが生まれているんだと。だから、この作品を新国立劇場という公共の劇場で上演することは、すごく意味があると思います。


─ウトヤ島でのテロ事件で生き残った女性が主人公ですね。


瀬戸山 地域の合唱団の指導をしているクレアです。生き残って、でも大きく傷ついて精神を病んでいる彼女が、犯人の少年のことを知っていこうとする話です。少年の父親、少年が所属していた政治団体の人、クレアの精神科医、恋人、とクレアは常に誰かと事件について話し合っていて、最後に少年に会いに刑務所へ行きます。


─『あの出来事』は二人芝居ですが、少年役はいくつもの役を演じるのですか?


瀬戸山 クレア以外の役を全部演じます。翻訳の谷岡さんいわく、それは恐らく、傷を負った彼女には、全ての人が少年に見えるということではないかと。クレアは同性愛者なので、恋人は女性。それも少年が演じますから、とても大変ですね(笑)。メイクや衣裳は変えず、説明もきっちりとはされずに役がどんどん切り替わっていきます。観客は、見ているうちに、その人物とクレアとの関係が分かっていく作りになっています。


─合唱団が登場するそうですが、どんな存在ですか?


瀬戸山 移民やシングルマザー、多様な人が集まっている合唱団で、犯人はそこに怒りを募らせていくという設定です。『あの出来事』を元々上演したカンパニーは、いろいろな地域を回る劇団で、その土地ごとの合唱団と一緒に公演をしているんですね。今回、合唱団はどこにお願いするか検討中ですけれど、基本的にはアマチュアの合唱団を考えています。彼らのレパートリーを歌ってもらおうと考えていますが、面白いのが、少年が好きだった歌を合唱団が歌う場面で、向こうではラップの曲を歌ったらしくて。すごく大変だったんじゃないかと思いますが、少年のことを想像しながら歌うことに意味があると、向こうの演出家の方も考えたのでしょう。このように、共同体の代表のような形で合唱団が出るという、市民が作品に参加することを重視している点も、この戯曲にすごく惹かれました。


─過酷な話ですが、合唱団の歌声が救いになるような気もします。


瀬戸山 一度負った傷は、個人も共同体も、そんなに簡単には回復できない、不可逆なものがあるんだということが書かれていると思います。主人公だけに感情移入して観るとものすごく苦しいと思います。でもそこに合唱が入ることで、様々な距離からこの出来事と向き合えるんじゃないかと思います。



社会と繋がる

観客と繋がる演劇を

─瀬戸山さんは、向き合うのが大変な作品に取り組むことが多いですが、原動力は何ですか?


瀬戸山 答えが出ていないことを考えたい、というのがまずあります。今回「ことぜん」がテーマですけれど、私自身、個人と社会の関係を考える作品をやりたいとずっと思っていたんです。困難にわざわざ向かっている自覚はないんですけどね(笑)。自分自身も戯曲を書くので、ほかの作品を読みながら考えたいし、描き方を知りたいというのはあります。昨年、さいたまネクスト・シアターで演出した『ジハード─ Djihad ─』(イスマエル・サイディ作)はISの戦闘員になる男の子たちの話で、シビアなんですけどコメディ・タッチで描かれていて、こんなやり方もあるんだと驚きました。重い題材でも、みんながいろいろな向き合い方をすることが大事だと思いました。

 『あの出来事』は不思議な手触りの作品で、複雑なことを下手に解決しないで、そのまま描いているのがいいなと思って。稽古が始まってどんなことが起こるか、今は私も脳内でシミュレーションしきれないのですが、それがちょっと面白い。俳優二人と作っていくのが本当に楽しみですし、お客さんとも話す時間もほしいなって思います。この作品を上演しているスコットランドの演出家さんもおっしゃっていますが、客席も、その日に生まれた共同体だと。ということは、やっぱりお客さんと交流したいですね。


─作家でもいらっしゃる瀬戸山さんが、他人の作品を演出する時に心掛けていることは?


瀬戸山 作品を大事にすることです。去年ぐらいから、演出だけするってすごく楽しいなと思い始めていて。他の人の戯曲のほうが、ちゃんと探索ができるというか。もちろん自分自身の戯曲も分析しますが、そうではなくて、他の人の考えた道筋を辿るのがすごく面白いんですよ。俳優さんはいつもこうやっているんでしょうが、自分が書いたものではない戯曲で、自分と全く違う思考回路を想像するのは刺激的です。演出する際、自分の目線は入ってくるとは思いますが、基本的には書かれたものにきちんと向き合い、書かれたものを逃さずに、ちゃんと舞台に上げることを心掛けています。


─俳優の二人に期待することは?


瀬戸山 最初からある完成形を目指すというのではなくて、全員が裸の状態で稽古に来て、ゼロから話をするところから作りたいなと思っています。観客との垣根がない作品にしたいので、どうしたらお客さんと手を結べるかを考えながら作りたい。お二人はそれができる人だと思っているので。もちろん完成度は大切ですが、それで閉じてしまうのではなく、とにかく開いた作品を作りたいと思っています。


新国立劇場・情報誌 ジ・アトレ 7月号掲載

<せとやま みさき>

1977年、東京都生まれ。2001年ミナモザを旗揚げし、作・演出を担う。現実の事象を通して社会と人間の関係を描いた作品を数多く上演。代表作に、振り込め詐欺集団をジェンダー的視点から描いた『エモーショナルレイバー』、震災後の自分自身を描いたドキュメンタリー演劇『ホットパーティクル』、心の基準値を巡る短編『指』、架空の原発事故を描いたドイツの小説の舞台化『みえない雲』など。2016年、パキスタンで起きた日本人大学生誘拐事件を描いた『彼らの敵』が第23回読売演劇大賞優秀作品賞受賞。 他には『埒もなく汚れなく』『始まりのアンティゴネ』『わたし、と戦争』(すべて作・演出)、『グリーンマイル』(上演台本・演出)など、劇団外の活動も多い。演出作品としては『ジハード―Djihad―』『夜、ナク、鳥』『梅子とよっちゃん』などがある。



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『あの出来事』

会場:新国立劇場・小劇場

上演期間:2019年11月13日(水)~26日(火)

作:デイヴィッド・グレッグ

翻訳:谷岡健彦

演出:瀬戸山美咲

出演:南 果歩 小久保寿人

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