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【インタビュー】ロイヤルコート劇場×新国立劇場 劇作家ワークショップ

2019年5月に実施されたロイヤルコート劇場✖新国立劇場 劇作家ワークショップのワークショップ第一段階。ロイヤルコート劇場よりワークショップのため来日したサム・プリチャードさん、ジェーン・ファローフィールドさん、アリスター・マクドウォールさんにインタビューを実施しました。



(左から)サム・プリチャード、ジェーン・ファローフィールド、アリスター・マクドウォール

   

    

戯曲を完成させるまでには、いろいろな取り組み方があることを知ってほしい。      

   

その国の演劇の歴史や文化によってワークショップをデザインする

花を咲かせるには、土の表面を耕して種を蒔く。けれども木を育てるには、深く地面を掘り、根付くまでに長く待たなければならない。俳優を演技力で選ぶオールキャストオーディション、演出の可能性を少しずつ試していく「こつこつプロジェクト」に続き、その成果が出るまでの時間をいとわず、基本からじっくりと腰を据えて取り組む企画が戯曲についても進行している。それが「ロイヤルコート劇場✕新国立劇場 劇作家ワークショップ」。

特に日本では、作家が独りで産み出すオリジナリティこそが存在意義だと長らく考えられてきた戯曲執筆の作業を、グループディスカッションやディレクターらのアドバイスを経て、そこで得たアイデアを作家たちが取捨選択し、書くようにするという、これまでの価値観をひっくり返す内容であり、日本語と英語の翻訳が必要で手間もかかるが、間違いなく画期的な試みだ。このワークショップのためイギリスのロイヤルコート劇場からやってきた3人、アソシエイト・ディレクター(国際)のサム・プリチャード(以下、サム)、リテラリーマネージャーのジェーン・ファローフィールド(以下、ジェーン)、劇作家でロイヤルコート劇場のワークショップ参加経験のあるアリスター・マクドウォール(以下、アリスター)に話を聞いた。

インタビュアー:徳永京子  

  


─ まず、ロイヤルコート劇場の劇作家ワークショップの成り立ちから教えていただけますか?

サム 最初にお伝えしておきたいのは、ロイヤルコート劇場が現代の劇作家の新作だけを上演している劇場であるということです。新人劇作家の発掘も重要なミッションです。我々にとってこのワークショップは、劇作家との関係形成において非常に重要な位置付けにあり、少なくとも25年間ほど前にはスタートしていました。主旨は、グループで行うことでお互い能力が発展するのを助け、と同時に、同世代の劇作家同士の交流の場をつくることも目的にしています。

── 具体的にはどんなことをするんでしょうか?

ジェーン 私たちはいくつかの国や地域で同様のプロジェクトを立ち上げていて、内容はそれぞれに違います。というのは、演劇の歴史や文化が違いますし、その国の劇作家が求めるものも異なりますから。今、新国立劇場でやっているのは、18歳から34歳までの若い劇作家が対象で、8ヵ月から9ヵ月かけてディスカッションと執筆を重ね、最終的にはリーディング公演まで持っていく取り組みです。

サム 1月にリサーチのために日本を訪れ、新国立劇場のプロデューサーに案内していただいて、できるだけ多様な劇作家、演出家、演劇関係者の皆さんにお話を伺いました。それをもとに今回のワークショップをデザインしました。僕らの仲間がまもなく、ペルーのリマでワークショップを始めるのですが、彼らのプランと僕らがやろうとしていることはまったく違う内容だと思います。

── 日本のためにデザインした内容を、簡単でいいので教えてください。

サム リサーチで会った多くの方からも聞きましたし、今回参加している皆さんもよくおっしゃるんですけれど、日本の劇作家は同業者と一緒に何かを立ち上げることが少ないとわかりました。ですからまず、既存の戯曲をみんなで読み、その感想を話し合うことから始めています。それが今回の重要なパートになっているかもしれません。


── まさにそれをお聞きしたかったんですが、日本では戯曲を書くのは孤独な作業と言いますか、0から1を生み出す神聖な行為であり、劇作家が苦しめば苦しむほどいいものが生まれるといった幻想が色濃くあるように感じます。そういう傾向は感じますか?

ジェーン イギリスも同じようなものですよ。イギリスの劇作家の方が苦しみが少ないということはないと思います(笑)。ただ日本では、その傾向は根強いかもしれません。

サム それと、イギリスの劇作家は書き上げた戯曲の推敲と手直しに時間をかけますが、日本の皆さんはあまりそれをしないようですね。

── そうした内向きスイッチを、どう切り替えようと?

サム 今回のワークショップは、私たちイギリス側が習得済みのメソッドを教えるものではないんです。参加者の中の誰かが言った言葉が鍵になって、ある作品の新しい扉が開かれるかもしれない。つまり、戯曲を完成させるまでにはいろいろな種類の取り組み方があることを知ってほしいと思っています。

  

   

日本の劇作家は、大きなプレッシャーの中で書いている

── 誰かの意見を反映させると戯曲が自分だけのものでなくなるような、またその逆に、自分のアイデアが誰かの戯曲に取り込まれるのに抵抗を感じる──そう考える人はこのワークショップに参加していないのでしょうが、戯曲の捉え方として──傾向は一般的にまだ根強いと思いますが、その点についてはどうお考えですか?

ジェーン 戯曲を本当に真実味を持ったものにするには、さまざまな意見を吸収することが非常に重要です。誰かの意見を受け入れたとしても、劇作家がその作品を所有する割合が減るというわけではありません。

サム 人の意見を聞くというより、自分の作品を振り返って、本当にこれでいいのか自問自答する、その機会をたくさんつくるのが私たちの作業です。

アリスター 僕は劇作家の立場で来日しましたが、参加者の皆さんからはプロセスについて学びたいという熱意を感じています。それは一方的なものではなくて、僕も日本の劇作家の皆さんとアイデアや知識、芸術性を交換できたらと思っています。それによって皆さんの作品が育っていくでしょうし、僕自身も僕の作品も、より成長できたらいいなと思っています。

── ロイヤルコート劇場そのものについても伺いたいのですが、1年に12本の新作を上演していると聞きました。

サム 12本から16本ですかね、劇場内に大小2つのスペースがあるので。

── そこまで徹底した新作主義の劇場が、創作過程のブラッシュアップを重視しているのはとても興味深いです。

ジェーン それについては、日本とイギリスでは順番が違うことを発見しました。私たちは、上演日を決めてそこから逆算して劇作家に書いてもらうのではないんです。時期もテーマも決めず、まず劇作家に委嘱をします。書き上がった作品を劇作家と劇場スタッフで推敲を重ねていく作業に入るので、上演までに何年もかかる新作もあるんですよ。実はつい先日、アリスターの戯曲が完成しましたが、それがそのまま上演されるか、第二稿、あるいは第三稿になるかはわかりません。

── アリスターさん、締切も決まっていないし何でも自由でいいというオファーは、逆にやりづらくないですか?

アリスター これはぜひお伝えしておきたいんですが、ロイヤルコート劇場は、劇作家と会ってから作品を委嘱するまでにかなり時間をかけます。僕も最初は6週間のレジデンシーとして関わりを持ち、小さなスペースを与えられてそこで上演するものを書いてとオファーされるところから関係を育ててきました。質問にお答えするなら、委嘱を受けた時は大きなプレッシャーを感じます。あらゆる可能性があるにも関わらず、書いたものを拒絶されたらどうしようという恐怖もありますし。だからこそ、経験者として言わせてもらうと、劇場が推敲のチャンスと時間を提供してくれるシステムは、劇作家のプレッシャーを軽減してくれるものになります。書き上げた戯曲を他の劇場に持って行くこともいつかはあるでしょうが、自分にとって大切なタイミングとなる作品を書きたいと思ったら、ロイヤルコート劇場に戻ってくると思います。


── 今回、リサーチとワークショップをなさって、日本の劇作家に共通して感じる特異性のようなものはありますか?

サム 日本の劇作家は非常に大きなプレッシャーの中で書いているのだと思いました。複数の作品を同時に進行させていたり、先程も申し上げたように書き直す機会や時間が少ない。

ジェーン テーマと視覚的なイメージに関しては非常に明確な概念を持っていますね。イギリスの劇作家は「なぜそれを書くか」という問いかけを常に自分にして、その答えを見つけながら劇作を進めていくんですが、日本の劇作家の場合は必ずしもその答えがなくても書いていける。それは今回の発見です。

── 最後の質問ですが、劇作家ワークショップが観客にもたらす影響について、実際に感じていることがあったら教えてください。

サム その答えはシンプルで、世界最高の戯曲をロイヤルコート劇場でかける、それを観てもらう、ということです。そして、ロイヤルコートが関わってきたすべての劇作家たちとより良い関係を築くのも、結果的には観客が劇場で良い時間を過ごすことにつながると考えています。新国立劇場と良好で長く続く提携関係をつくることも私たちにとって重要なミッションです。

  

    

 取材時は1週間のワークショップの最中だったが、参加者はこの間に得たアイデアや意見をもとにそれぞれ戯曲を執筆、今年12月にサムさんたちが再来日して第2弾のワークショップを開催するので、そこで全員で意見交換、それを再びブラッシュアップして来年の春にリーディング公演をおこなう予定