2016/2017シーズン オープニング公演 ジークフリート2016/2017シーズン オープニング公演 ジークフリート

INTERVIEW インタビュー ヴォータン役 グリア・グリムスレイINTERVIEW インタビュー ヴォータン役 グリア・グリムスレイ

『ニーベルングの指環』全四作のテノール役に出演する偉業に新国立劇場で挑戦中の、世界的なヘルデンテノール、ステファン・グールド。『ラインの黄金』ローゲに続き、『ワルキューレ』で彼にとって舞台初役となるジークムントを演じ、悲劇のヒーローそのものの輝かしく圧倒的な声で、公演を成功へと導いた。次はいよいよ『ジークフリート』のタイトルロール。グールドが世界各地の歌劇場で絶賛を博している役だ。『ワルキューレ』終演後、『ジークフリート』について、そしてワーグナー作品について、大いに語っていただいた。
<ジ・アトレ1月号より>
インタビュアー◎後藤菜穂子 (音楽ライター)

2016年10月『ワルキューレ』より 撮影:寺司正彦

ジークフリートはアンチヒーロー古典的な英雄のジークムントとは違いますジークフリートはアンチヒーロー古典的な英雄のジークムントとは違います

――10月の新国立劇場の『ワルキューレ』で意外にも初めて舞台でジークムントを歌われたグールドさんですが、これまでのところ、ゲッツ・フリードリヒのプロダクションをどう見ていらっしゃいますか?
グールド(以下G) まず私にとって、このプロダクションで4つの役を歌えることはこの上ない喜びです。それぞれの役が『指環』全体の中でどんな意味を持ち、ワーグナーがこの作品で何を伝えたかったのか――物語そのものよりも、彼が意図したメタファーや哲学といった点において――を掘り下げてきました。今回ジークムントを初めて舞台で歌ったことで多くのことを学びました。
ゲッツ・フリードリヒの演出は近年作られたものではありませんが、今なお新鮮で美しいと思います。ヘルシンキのプロダクションの元となったベルリンの演出よりもさらに簡素化され、多くの方にとっては予想していたよりも抽象的な演出かもしれませんが、かえって登場人物同士の心の機微に焦点を当てることができ、今の時代にもなお有効な演出だと思います。
――次に歌う『ジークフリート』のタイトルロールはバイロイト音楽祭をはじめ、数々の舞台を重ねてきた役ですね。
G そのとおりです。『ジークフリート』のジークフリート役は50回以上歌っていますし、『神々の黄昏』のジークフリート役と合わせると100回を超えます。
2016年10月『ワルキューレ』より 撮影:寺司正彦
――若いジークフリートはワーグナーのヘルデンテノールの役の中でも特に難役ですが、役に対してご自分なりに納得がいくようになったのはいつでしたか?
G ワーグナーの役の多くはシェイクスピア並みに奥が深く、十分に理解して自信を持って演じられるようになるには多くの舞台経験が必要です。   『ジークフリート』に関しては、本当に自信を持って歌えるようになったのは20回近く歌ってからですね。長丁場でどのように声を配分すべきか、ワーグナーが技術的に何を求めているのか、こういうことは練習室でわかることではなく、本番の経験を積んで初めてわかるようになるのです。
実は、私の最初のジークフリートはいきなりバイロイト音楽祭(2006年)で、それは巡り合わせで仕方がなかったとはいえ、正直に言えば最初はどこか別の劇場で歌いたかったと今でも思っています。バイロイトでよかった点は、音楽的には最高の環境で、指揮者(ティーレマン)や音楽スタッフ、リハーサル期間に恵まれていたことです。
でも、この役を声楽的にもキャラクターの理解の点でも納得して歌えるようになったのは、ウィーン国立歌劇場のベヒトルフの新演出(2008年)のときです。彼の演出はとりわけ人物同士の関係に焦点を当てたもので、そこでようやくジークフリートという役をより深く理解できるようになりました。それまでの私は、若いジークフリートを過剰に演じていたことに気づきました。彼はそれほど複雑なキャラクターではないので、若きロマンティックなスーパーヒーローとして演じてもうまくいかないのです。私としては、彼はジークムントのような古典的な英雄ではなく、ある意味でアンチヒーローだと考えています。
2016年10月『ワルキューレ』より 撮影:寺司正彦
――ワーグナーは『ジークフリート』の作曲をいったん中断し、『トリスタンとイゾルデ』作曲後に再びこの作品に戻り完成させたわけですが、歌っていて作風の違いを感じますか?
G  もちろん、音楽的に直ちにわかります。第2幕の第3場、ジークフリートがミーメを殺すシーンを作曲したあと、ワーグナーは休暇を取り、ショーペンハウアーを読んだのでした。このとき彼が『指環』の作曲を中断したのは、おそらく彼の中で作品の構想に変化が生じ、軌道修正するのに時間が必要だったからではないかと思います。そして、中断後の音楽には明らかに『トリスタンとイゾルデ』の影響が見られます。
具体的に言えば、ジークフリートがミーメを殺して洞穴の中に放り投げ、さらにファフナーの屍をその入り口に置いたあとで「こうしてお前らは2人とも安らかに眠るってわけだ!」と歌いますが、そのあとスコアに2重線があります。ここが中断の箇所です。その次に彼が「きつい仕事で、暑くなってしまった!」と歌い始めるところから音楽ががらりと変わり、急に角ばった音楽となり、オーケストレーションも和声も変化します。そこにはワーグナーの音楽的な成長が見られます。

タンホイザーからスタートしたワーグナー歌いとしての道のりタンホイザーからスタートしたワーグナー歌いとしての道のり

――グールドさんが最初に歌ったワーグナーの役は何でしたか?
G ふつうヘルデンテノールとして最初に歌うのはジークムント、パルジファル、『さまよえるオランダ人』のエリックあたりなので、私もそうだろうと思っていたのですが、実は最初に歌ったのは2000年、リンツ歌劇場でのタンホイザーでした。私は前年からリンツ歌劇場に所属していたのですが、1年目の終わりにインテンダントより次のシーズンに『タンホイザー』を新制作するので準備するように言われたのです。その夏はアメリカに帰って声楽コーチとともにこの役を準備し、さらにリンツで6週間ほどのリハーサルを経て、ロール・デビューしました。ちなみにその時の演出家は、当時まだ無名(!)だった若手のステファン・ヘアハイムで、彼とこのプロダクションで関われたのも非常に幸運でした。
当時、私はリンツ歌劇場の唯一の専属ドラマティック・テノールだったので、この人気プロダクションをその後2シーズンで計20回以上歌うことができました。ある日ヴォルフガング・ワーグナー夫妻も聴きにきてくれ、もしかしたらそのときにいつかバイロイトに、と考えてくれたのかもしれません。すぐにではありませんでしたが、バイロイト・デビューも『タンホイザー』でした(2004年、アルロー演出の再演)。
タンホイザーの次に歌ったワーグナーの役はパルジファルで、これは若きフィリップ・ジョルダンが音楽監督だったグラーツの歌劇場で歌いました。さらにフリーランスになってからはとりわけドレスデンで多くのワーグナーおよびシュトラウスの作品を歌わせてもらいました。こう振り返ってみると、私は非常に恵まれた音楽的な環境の中でワーグナーの主要な役を切り拓くことができてとても幸運でした。
――昨今バイロイトをはじめ各地で歌われているトリスタン役は、新国立劇場でロール・デビューされましたが、振り返っていかがですか?
G 新国立劇場は、初トリスタンを歌うのに最高の劇場でした。指揮者、共演者、オーケストラ、音楽スタッフ、裏方のスタッフ、すべて優秀なプロフェッショナルであり、充分なリハーサル期間にも恵まれました。演出家のマクヴィカーも人間関係を掘り下げるタイプで、初めて役を歌うときにはこうした内側から役を追求するアプローチでよかったと思っています。
共演のイレーネ・テオリンは現代を代表するイゾルデですし、多くのトリスタンと歌ってきたので、この役の難しい箇所を知り尽くしていて、さまざまな局面で助けてくれました。最初の数回は、第3幕まで声が持つのか心配でしたが、なんとか切り抜けました。最初からトリスタンを完璧に歌える歌手はいないと思います。その直後にドレスデンでほとんどリハーサルなしでトリスタンを2回歌ったのですが、とてもうまくいったので、東京でロール・デビューをしたのは正しかったと確信しました。

ジークフリートはワーグナーのテノールで最も難役3つのタイプの声が必要ですジークフリートはワーグナーのテノールで最も難役3つのタイプの声が必要です

2015年10月『ラインの黄金』より 撮影:寺司正彦
――これまでワーグナー以外ではどんな役を歌っていらっしゃるかお聞かせください。新国立劇場では、『フィデリオ』と『オテロ』にご出演くださっていますね。
G ご存じかと思いますが、11月にはウィーン国立歌劇場日本公演で『ナクソス島のアリアドネ』のバッカス役を務めました。ほかにもシュトラウス作品では『影のない女』の皇帝や『ダナエの愛』のミダス王を歌ってきましたが、後者はたぶんもう歌わないでしょう。また12月にはウィーン国立歌劇場でブリテンの『ピーター・グライムズ』に久しぶりに出演しました。
イタリア語のレパートリーとしては『オテロ』のほか、レオンカヴァッロの『道化師』があります。本当はもっと増やしたいのですが、オテロ以外のヴェルディのテノールの役は私にとってやや音域が高すぎるのが難点です。そのほか『サムソンとデリラ』も得意な作品のひとつですが、仏語圏以外ではめったに上演されず残念です。
――グールドさんにとってワーグナーの役の中で最も難しいものはどれでしょうか?
G それはやはり『ジークフリート』のタイトルロールですね。その次がトリスタンでしょうか。なお、音域が一番高いのは、『神々の黄昏』のジークフリートです。
なぜ若いジークフリートが難しいかというと、非常に長い役であることに加え、テクニック的に3つの異なるタイプの声を必要とするからです。すなわち3分の1はキャラクターテノール、3分の1はヘルデンテノール、3分の1はリリック・テノールとして歌うことが求められます。具体的にいえば、第1幕でのミーメとの対話、また第3幕でのさすらい人との対話ではキャラクターテノールとしての声が必要ですが、歌詞をはっきりと伝えつつオーケストラの響きを貫く声で歌うのは大変で、最初から声を消耗します。次に、ヘルデンテノールとしての声が要求されるのが第1幕の終わりと第2幕の一部、そして第3幕の大部分です。ここではかなりパワーのある声が必要とされます。そして第3に、とてもリリックな部分があります。一般に、ジークムントのほうがジークフリートよりリリックな声の役だと言われていますが、個人的にはジークフリートのほうがリリックだと考えています。
そして4時間半舞台に出続けたところで、ブリュンヒルデが眠りから起き、まったく新鮮な声の彼女と30分近い2重唱を歌うわけです。しかも、トリスタン風の息の長いフレーズを歌わなければなりません。これでジークフリートの難しさをおわかりいただけたでしょうか?
――はい。今日のお話でグールドさんのジークフリートがますます楽しみになってきました! 長い時間ありがとうございました。

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