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【インタビュー】『リゴレット』ジルダ役 中村恵理
リゴレットの一人娘ジルダ。彼は大切に思うあまり、ジルダに教会以外の外出を禁じていた。
しかしその教会でジルダはある青年に出会い、恋をする。貧しい学生だと名乗る青年の正体は、好色なマントヴァ公爵だった―
2月に上演するヴェルディのオペラ『リゴレット』。
ジルダを演じるのは、新国立劇場オペラ研修所修了生で、世界の歌劇場で大活躍するソプラノ、中村恵理だ。2022年、24年に『椿姫』ヴィオレッタを演じた歌姫が、日本で初めてジルダを歌う。
悲劇のヒロイン、ジルダについて、そして『リゴレット』について、大いに語る!
クラブ・ジ・アトレ誌1月号より
ヴェルディの1850年代の作品は今の私の声に合う
―2月に『リゴレット』にご出演されます。日本で『リゴレット』を歌うのは初めてですか?
中村恵理(以下 中村) 初めてです。最近では2015年、マドリードのテアトロ・レアルでの非公式イベントでハイライトを歌いました。ですから11年ぶりのジルダです。
ジルダを初めて歌ったのは2014年、英国ロイヤルオペラでデイヴィッド・マクヴィカー演出でした。この『リゴレット』はイギリスの各都市で屋外に大スクリーンを設置して無料ライブビューイングを開催したのですが、その実施日がなんと私の出演日だったのですよ。ロンドンの会場はトラファルガー広場で、そこだけで7,500人も集まったそうです。終演後にはインタビューも中継されたり、とても思い出に残っているプロダクションです。そして驚いたのが次の日、日本食の食材を買いにロンドン郊外のお店に行ったら、日本人の方に「昨日見ました」と声をかけられて! 無料の屋外イベントだと本当に多くの人が足を運ぶんだとこのとき肌で感じました。ジルダはロンドンの後にザルツブルクでも歌いました。ですのでこれまで3回歌っています。
―中村さんにとって『リゴレット』はどんな作品ですか?
中村 ヴェルディのオペラの中で一番の作品だと思っています。私はヴェルディの1850年代の作品がとても好きで、『椿姫』も『仮面舞踏会』もそう。そして私の今の声に合うのが50年代の作品なんです。その一番軽い声の役がジルダ。まだベルカントの様式がある程度残る作品です。
ヴェルディの1850年代の作品は、年を追うごとに実験度が増し、音楽が重厚かつ複雑になっていきます。ジルダには第1幕の有名なアリアがあるのでコロラトゥーラ・ソプラノの役というイメージがあるかと思うのですが、軽いのは第1幕だけ。ドラマの進行とともにオーケストレーションが厚くなります。ジルダはおそらく十代で、「若さ」「無垢さ」が音楽に表れており、第1幕の彼女のフレーズは軽く、高い音域です。でも第2幕からは、女性として成長し、それに伴ってドラマは死に向かっていき、嵐の音楽の時にはフルオーケストラが鳴ります。ですので軽すぎるソプラノだと第3幕で声が聞こえないということが起こります。私はどちらかというと幕を追うごとに、自分の声の持つ音楽性や表現が合っていると思っています。
―ジルダをどのような人物として捉えていますか?
中村 ジルダの「無垢さ」は特殊な生活環境によって強調されます。父親の仕事に伴って、この地に移り住んで3ヶ月、教会以外には外出せず、父リゴレットと乳母ジョヴァンナだけが話し相手。そんな中で年頃の学生(と偽った)マントヴァ公爵に恋をするのです。どの時代でも若い頃は多感で自我が芽生える時期。決して普通ではない家庭に育ったジルダにとって彼が「社会」のすべてとなり、この初恋によって急速に自我が芽生え、女性として成長していきます。傷つけられてもジルダは彼を愛することをやめられず、復讐だと怒る父に相反して、愛する人を守るために自ら死に飛び込んでいく─。第1幕の強調された「無垢さ」から一気になぜ死に向かえるのか。それは若さゆえでしょう。若い頃は視野が狭いために思い詰めてしまう。蝶々さんにも通じる純真さです。
無垢で純粋だから、だけではなく、社会から隔離された中での恋、舞台に出ていないところで何が起こっているのか─舞台裏のドラマまで想像いただける役がジルダだと思います。『リゴレット』の物語は荒唐無稽に思えますが、それを超えるヴェルディの音楽の力があります。許されるなら、ジルダは何度でも演じたい役のひとつです。
第2幕の二重唱を歌うと舞台に生きる喜びを実感します
―久々に歌うにあたって、難しさなどはありますか?
中村 やっぱり第1幕ですね。今をときめくコロラトゥーラ・ソプラノ、リセット・オロペサと以前モーツァルトのオペラで楽屋が一緒だったとき『リゴレット』の話題になり、難所は「とにかく第1幕よね」と彼女が話していたことを覚えています。彼女ですらそう言うのですから。アリアは、12年前に歌った時から変わらず難しい。そしてアリアより前、第1幕のジルダの出番は、リゴレットとの二重唱です。リゴレットが殺し屋と繋がってしまったあと、雰囲気がガラリと変わり、家庭の安らぎの場面になってジルダは登場します。ここでリゴレットが持つ多面性、つまり仕事の顔と家庭の顔の違いが現れ、音楽的にも急に変わります。そんなエネルギーの転換をジルダの登場が担っています。恋をし始めたフレッシュさが表れるよう、登場時から気分を上げて歌うのもなかなか難しいです。
―『リゴレット』の中で音楽的に一番好きな場面は?
中村 すべて好きですが、あえて挙げるなら最後の三重唱です。嵐の音楽で、私のギアがグッと上がります。ジルダの歌う箇所は多くないのですが、衝動的に殺し屋の家に飛び込んでいく彼女の思いを考えると、あの音楽は胸に迫ります。それから第2幕のリゴレットとの二重唱も、どうしようもなく惹かれます。ああいう音楽を歌うと、舞台に生きる喜びを実感します。

―今回の共演者についていかがですか?
中村 マントヴァ公爵役のローレンス・ブラウンリーさんとは何度か共演しています。初めて会ったのは新国立劇場です。2006年に彼が『セビリアの理髪師』に出演したとき、私は同時期に上演した『フィデリオ』に出演していて、舞台稽古の入れ替えのときにお目にかかっているんです。その後はバイエルン州立歌劇場の『チェネレントラ』で共演したり、去年あたりには英国ロイヤルオペラの楽屋食堂で偶然お会いしたりと、なにかとご縁があります。大スターなのにお茶目で温かいお人柄で。彼がヴェルディを歌うのは珍しいので、とても楽しみです。
―ところで、中村さんが録音に参加されたオペラ・ラーラの『シモン・ボッカネグラ』(1857年オリジナル版)のCDがグラモフォン・アワードにノミネートされました。
中村 2024年に録音したのですが、いろいろな賞にノミネートされてありがたいです。実は予定していたソプラノが録音準備の十日前にキャンセルしたため、急遽私に来た仕事でした。1857年版ということで、これも私が好きなヴェルディの50年代の作品なのですが、通常の1881年版と、第1幕フィナーレなど、かなり違うのですよ。現在の歌手で歌える人はほとんどいないと思います。そんな新役をたった十日で準備するのは本当に大変でした。しかもスタジオ録音は初めてで、自分には不向きだと分かりましたし(苦笑)。でも1857年版の録音を残すことは、歴史的に大きな意義があったと思います。そこに参加できたことは大変光栄です。
―最後に読者の皆様へメッセージをお願いします。
中村 私は新国立劇場オペラ研修所を修了してヨーロッパへ渡り、いろいろな言語のオペラのさまざまな役を演じてきました。そんな私を送り出してくれた新国立劇場で、私の一番好きなイタリア・オペラを歌わせていただけるのは、本当に光栄で幸せなことだと思っています。一瞬で生まれて消えていく、奇跡のような美しさが音楽にはあります。その奇跡の一瞬をお客様と共に追い求めて共有できたら嬉しいです。皆様のお越しをお待ちしております。
中村恵理 NAKAMURA Eri
大阪音楽大学、同大学院修了。新国立劇場オペラ研修所第5期修了。2008年英国ロイヤルオペラにデビュー。10~16年はバイエルン州立歌劇場専属歌手となり、『フィガロの結婚』『魔笛』『ホフマン物語』『ヘンゼルとグレーテル』『ボリス・ゴドゥノフ』などに主要キャストとして出演。また、英国ロイヤルオペラ『フィガロの結婚』スザンナ、『ウェルテル』ソフィー、『トゥーランドット』リュー、『蝶々夫人』タイトルロール、ウィーン国立歌劇場、台中国家歌劇院『神々の黄昏』ヴォークリンデ、スウェーデン王立歌劇場『蝶々夫人』、イングリッシュ・ナショナル・オペラ『マリア・カラス7つの死』、オペラ・ラーラ『シモン・ボッカネグラ』アメーリア、カナディアン・オペラ・カンパニー『蝶々夫人』、ワシントン・ナショナル・オペラ、ベルリン・ドイツ・オペラなど数多く客演。12年度アリオン賞、15年度芸術選奨文部科学大臣新人賞、17年JXTG音楽賞洋楽部門奨励賞受賞。大阪音楽大学客員教授、東京音楽大学非常勤講師。新国立劇場では『フィガロの結婚』バルバリーナ、スザンナ、『イドメネオ』イーリア、『ファルスタッフ』ナンネッタ、『トゥーランドット』リューなど出演多数。21年には『蝶々夫人』タイトルロール、22年、24年『椿姫』ヴィオレッタに出演し絶賛された。
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