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【インタビュー】『リゴレット』タイトルロール ウラディーミル・ストヤノフ

リゴレット役 ウラディーミル・ストヤノフ

道化師リゴレットは、生きるために毒舌を吐く。 しかしその毒舌に怒った伯爵はリゴレットに呪いの言葉をかけ、その呪いはリゴレットの愛娘ジルダにふりかかる―

怒涛のオペラ『リゴレット』のタイトルロールを演じるのは、ウラディーミル・ストヤノフ。世界的なヴェルディ・バリトンが、2017年4月『オテロ』イアーゴから9年ぶりにオペラパレスに登場する。

ヴェルディのオペラの中で『リゴレット』は最も重要な作品だと語るストヤノフに、話をうかがった。

クラブ・ジ・アトレ誌12月号より

歌、人生、舞台、ヴェルディ作品の経験を積み上げて初めてリゴレットを演じられる


―2月に『リゴレット』タイトルロールを歌ってくださるストヤノフさん。2017年4月の『オテロ』イアーゴ役以来の新国立劇場登場となりますね。


ストヤノフ 素晴らしい劇場、プロダクション、オーケストラ、スタッフ、そして何といっても素晴らしい聴衆の方々、忘れられません。その劇場でヴェルディの傑作『リゴレット』を5回も歌えるのはとても楽しみであり、光栄なことです。


―2019年にヴェルディの生地パルマを拠点とする「Club dei 27 」から「Cavaliere di Verdi (ヴェルディの騎士)」の名誉称号を授与されていらっしゃいますね。レナータ・テバルディやマリオ・デル・モナコといった名歌手のみならず、ズービン・メータやリッカルド・ムーティといったヴェルディ音楽の最高の解釈者が名を連ねる名誉称号を受けられたストヤノフさんの『リゴレット』は今からとても楽しみです。


ストヤノフ ありがとうございます。ヴェルディの誕生日にパルマでコンサートを行ったときにこの名誉称号の授与を知らされ、感極まりながら歌い、スタンディングオベーションを受けたことは昨日のことのように覚えています。「Club dei 27 」はヴェルディのオペラ作品の数27に基づくメンバーからなる権威あるクラブで、ヴェルディオペラに対する深い見識と愛情、さらには厳しい耳を持ったメンバーからヴェルディ音楽への貢献を認められることは、ヴェルディを愛してやまない私にとってこの上ない栄誉でした。もちろん他にも好きな作曲家はいますが、ヴェルディはいつでも私にとって特別な存在です。彼はオペラを通して普遍的な人間描写を実現した天才であり、その音楽は言葉では表しきれない人間の深い感情を見事に表現し、時を経ても色褪せることがありません。


―大変数多くのヴェルディのオペラをレパートリーになさっている中で、リゴレット役については「40歳になるまでこの役のデビューをしない」と決めていらしたそうですね


ストヤノフ はい、40歳を迎えるまでこの役は歌いませんでした。『リゴレット』はヴェルディのオペラの中でも最も重要なオペラのひとつです。それだけにより多くの歌、人生、舞台、ヴェルディ音楽の解釈の経験が求められ、それらを積み上げて初めて演じることができる、と私は考えています。声とテクニックだけで歌えるような役では決してないのです。リゴレットはとても複雑な人物です。彼について考察するときには、彼のおかれた社会環境も考えなくてはいけません。リゴレットは退廃的で崩壊した社会に身を置き、その問題点もよくわかっています。でもそれだけにその社会で生業を立てなくてはならない自らの身の上に深い絶望感を抱いているのです。


―今回の演出家、エミリオ・サージ氏も「深い孤独という強力な概念を中心に演出をしている」と話していますね。


ストヤノフ リゴレットは周りの社会や人間への深い不信感と絶望ゆえに強い孤独を抱えています。その一方で娘に対しては父親としての深い愛情を抱いています。ただし、この愛情もまた孤独な愛情です。母親がおらず一人で娘を育てる父としての孤独です。彼には真実を話すことのできる人は一人もいないばかりか、嘲笑を浴びせるような人々ばかりに囲まれています。このような深い孤独が彼の視野を狭くし、娘の心情に対する想像力の欠如を生み、娘を死に至らせてしまうのです。孤独と絶望がもたらした屈折した感情の中で娘を守ろうとした結果の悲劇です。まさに孤独がもたらした悲劇とも言えましょう。実は、この「孤独」は現代社会においても厳然と存在し、人々を脅かします。インターネットで皆がつながっているようでありながら、人間的で実際的なつながりはむしろ希薄になっているのです。その上、あらゆる情報にアクセスできることから人は自分が全てを把握しているように勘違いをしてしまいますが、果たしてそうでしょうか? 残念ながら、この作品は今の時代の暗部をも映し出しているのです。そしてここにもヴェルディが真の天才であることが示されています。


―サージ氏もそのような部分を鋭く描き出そうとしているのですね。前にも彼の演出で歌われているのですか?


ストヤノフ サージ氏とはバレンシアの歌劇場の『リゴレット』でも一緒でした。彼とはこの他にも数々の舞台を共にしてきた仲で、お互いのことはよく知っています。ちなみに近々、テアトロ・コロンで『椿姫』でも一緒なのです。彼は素晴らしい芸術家ですから、その演出をぜひ見ていただきたいですね。

『リゴレット』(演出:エミリオ・サージ)2023年5月公演より ©堀田力丸

私ならではのリゴレット像は一日とて同じことはありません


―「現代最高のバリトン歌手の一人」と世界の評論家たちが絶賛するストヤノフさんは数えきれないほどの名歌手たちを輩出してきた「声の王国」ブルガリアのご出身で、同じくブルガリア出身のバリトン、ニコラ・ギュゼエフ氏に師事されていたそうですね。


ストヤノフ 私の両親は音楽家ではありませんでしたが、私の周りには常に音楽が流れているような音楽の大好きな家庭に育ちました。ブルガリアにはオペラファンも多く、子どもの頃にはラジオから聞こえてくるオペラを無意識のうちに聴いていました。幼いときにピアノを習い、児童合唱団に所属してオペラの舞台でも歌いました。ゆっくりですが、確実に音楽の世界へと私は進んでいったのです。そしてその中で出会ったのが、バリトンのニコラ・ギュゼエフ氏です。彼が行ったオーディションを受け、マスタークラスに参加するように言われ、気がついたらローマの彼のもとで学び、さらには同じ舞台に立っていました。私にとっては大切な恩師ですが、後年、一緒に映画を見に行ったり、食事をしたり、と私にとっては道を照らす光であり、友でもありました。2014年に亡くなられた時の喪失感は大きく、大変なショックを受けました。ただ、彼をはじめ、ほかにも多くの素晴らしい出会いを得て、私はゆっくりと時間をかけて自分の声と向き合い、レパートリーを広げていくことができました。


―そのような道を歩まれたストヤノフさんが大切になさっている「ベルカント」は多くの人々を魅了してやみません。ストヤノフさんの柔らかく、幅の広い強弱や美しいレガート、それでいてとても自然な歌唱。ストヤノフさんにとって「ベルカント」とは何でしょう?


ストヤノフ イタリア語の意味する通り「美しく歌うこと!」です。もちろん、「ベルカント唱法」は有名なイタリアの伝統的なスタイルです。でも、その本質はあくまで美しく歌うことなのです。聴衆が心地よく自然に、ストレスなく、無理なく聴くことができるのがベルカントであり、聴く側から見たときには、あたかもこともなげに歌っているようでなくてはいけません。もちろん歌う側にとっては決して簡単ではないのですが(笑)。歌手はこれらを実現するために日々同じ鍛錬を繰り返し、繰り返しを続ける中で役柄においては新しいものを模索します。これこそがオペラ歌手にとって大切なルーティーンです。リゴレットにしても、そこに書かれている音楽、音符、指示記号は変わりません。でもそこにのせる感情、私ならではのリゴレット像は変化を続けます。一日とて同じことはありません。でもあくまで自然に!です。


―ストヤノフさんのリゴレットが楽しみです。


ストヤノフ 日本の皆様は、真摯に耳を傾け、愛情を持って聴いてくださります。歌手に対してもとてもオープンな心で聴いてくださり、公演後も温かく迎えてくださいます。美しい日本の美しい劇場で最高の聴衆の前で最高のヴェルディ作品を歌うことは、私自身にとって何よりも楽しみなことです。


ウラディーミル・ストヤノフ Vladimir STOYANOV
今日のオペラ界を代表するバリトンの一人。ブルガリア・ペルニク出身。1996年にソフィアでデビューし、98年にナポリ・サン・カルロ歌劇場『マクベス』でイタリアデビュー。ミラノ・スカラ座、ベルリン州立歌劇場、ウィーン国立歌劇場、ベルリン・ドイツ・オペラ、チューリヒ歌劇場などに『運命の力』『椿姫』『マクベス』『ドン・カルロ』『ルチア』などで出演。2008年メトロポリタン歌劇場へデビュー。近年では、英国ロイヤルオペラ『椿姫』、ブレゲンツ音楽祭『リゴレット』、ローマ歌劇場、バイエルン州立歌劇場『椿姫』、ベルリン州立歌劇場、ナポリ・サン・カルロ歌劇場、フェニーチェ歌劇場などで成功を収める。最近のハイライトに、英国ロイヤルオペラ『蝶々夫人』、ローマ歌劇場『オテロ』、フィンランド国立オペラ『シモン・ボッカネグラ』、トリノ王立歌劇場、チューリヒ歌劇場『つばめ』、トリノ王立歌劇場『スペードの女王』、バーリ・ペトルッツェッリ劇場『オテロ』『ドン・カルロ』、ヴェローナ野外音楽祭『椿姫』、パルマ・ヴェルディ音楽祭『レニャーノの戦い』、デンマーク王立歌劇場『仮面舞踏会』など。新国立劇場では2017年『オテロ』イアーゴに出演した。


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