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『ドン・パスクワーレ』舞台裏の秘密を大公開(誌上バックステージツアーVol.33)

世界をめぐった名プロダクション
館が回転・移動・分割して繰り広げる『ドン・パスクワーレ』の物語



ドン・パスクワーレが結婚!? 財産をあてにしていた甥エルネストは大慌て。

実は医師マラテスタの策略で、エルネストの恋人ノリーナがわがままな花嫁に扮して一芝居。結果はいかに─

抱腹絶倒の結婚大作戦を珠玉の音楽で描く、ドニゼッティのオペラ『ドン・パスクワーレ』。新国立劇場ではステファノ・ヴィツィオーリ演出のプロダクションを上演します。

オペラパレスで2019年に新制作した舞台装置の裏話と見どころをご紹介しましょう。



クラブ・ジ・アトレ誌1月号より

取材・文◎ 榊原律子



回り、移動する舞台装置 操作方法の謎を解け!



老資産家ドン・パスクワーレの結婚騒動を描く『ドン・パスクワーレ』。新国立劇場ではステファノ・ヴィツィオーリ演出のプロダクションを上演します。1994年にミラノ・スカラ座で初演された演出で、その後、イタリア各地の劇場はもちろんのこと、中東やアメリカの劇場でも上演された名プロダクション。世界をめぐったのち、2019年に新国立劇場にやってきました。

 『ドン・パスクワーレ』の舞台はローマ。古代遺跡が身近にある町をあらわすかのように、舞台の両脇には古代建築の柱が。さらにはプロンプターボックスも、柱が置いてあるような形になっています。

 ヴィツィオーリによれば、登場人物の感情にクローズアップするために、写実的すぎない舞台美術にしたというこのプロダクション、メインの舞台装置となるのがドン・パスクワーレ邸です。これが折り畳まれ、回転し、移動、分割することで、場面を展開していきます。ヴィツィオーリはこの舞台を「〝魔法の箱〞のような狭い空間」と言っていますが、まさに魔法のように館が箱型になったり次々に変化し、多様な場面を描いていくのです。



 この舞台装置の中には電動のモーターが仕込まれていて、操作盤を使って動かしていきます。が、初演の準備をするにあたり、大きな問題がありました。というのは、日本に舞台装置が届いたものの、操作盤の説明書がなかったのです。世界各地をめぐっている間に失われてしまったのでしょう。しかし、海外で作られた電動装置、しかも四半世紀前のもの。操作盤のスイッチやボタンをどのように使って動かしたらいいのか、全く分かりません。そのため、電動装置のスペシャリストを招き、新国立劇場のスタッフと共に、舞台装置に関する電気系統を一から調べることから準備作業は始まりました。そして、操作方法や舞台装置の動作を解明し、無事に上演に至りました。

 装置は、ヴィツィオーリ曰く「おもちゃの箱のように」回りながら、折り畳み、展開させます。この回転、移動、分割の動きは複雑で、左右の装置の回転や重ね合わせのタイミングが正確にいかないと次の動作に進めない恐れもあるなど、実はスリリングかつ繊細な舞台転換をしています。

 ヒロインのノリーナは、カウチに乗り、それが前進してきて舞台に登場します。この動きも電動です。しかも、無線で動かすのではなく、ノリーナ自身がスイッチを押して前進しています。そしてノリーナは舞台上の印を目視して確認し、スイッチを離して停止。ブレーキもついていないシンプルな道具ですが、ヒロインが横たわっていると実に優美に見える装置です。



舞台脇にある、古代建築の柱。


プロンプターボックスも古代建築の柱です。その上にノリーナが座ることも。


ドン・パスクワーレ邸の外側。窓枠が顔と口なのがユニーク。


電動の舞台装置は、最近は無線が一般的ですが、
約30年前の舞台装置なのですべてケーブルでつながっています。
操作盤からたくさんのケーブルが!
舞台装置を動かす操作盤。たくさんあるボタンやスイッチの、
どこを押したらどう動き、止まるかを一から解明しました。




舞台袖のモニター。舞台上の照明ブリッジにつけたカメラでメインの舞台装置の動きを上から捉え、映します。
画面上のテープの印は、舞台装置の停止位置。これを見て、印まで装置が動いてきたら、操作盤を使って停止させます。
30年前の舞台装置ゆえ今では考えられない手作業での操作ですが、この印から舞台装置がさまざまに展開することが分かります。


装置の早替えを見る楽しみ 全速力で運ぶ長さ18mの調理台



 ドン・パスクワーレの書斎の棚には、古美術や書籍が所狭しと並び、古典を愛するドン・パスクワーレの趣味がわかります。しかし第3幕、花嫁ノリーナがやってくると、あっという間に彼女は自分好みに部屋を模様替え。お金を湯水のごとく使い、ドン・パスクワーレのことは意に介さず変えていく様子を表すため、舞台上で装置を早替えします。その作業をするのは合唱や助演のみなさん。壁は重厚な茶色から明るい白へ、カーテンは緑から白へ。ヴィツィオーリの言う〝ノリーナ台風〞の襲来を表す早替えは、あえてお客様に見せる、ユニークな舞台転換となっています。

 使用人たちが噂話に花を咲かせる台所のシーンも、舞台美術の見どころです。特に圧巻なのが、調理台でしょう。長さは18メートル。出演者たちが全速力で走りながら舞台へ運んできます。これだけの長さの装置を舞台袖からまっすぐ運び入れられるのは、新国立劇場ならでは。客席から見ていると「一体どこまで続くのか?!」と驚く、迫力の装置です。

 最後の場面は、庭。写実的すぎない舞台美術のため、あえてパネルに絵が描かれていますが、絵自体は写実的で味があります。舞台を囲む空の絵も、何の変哲もない日常の空のよう。のどかな空のもとで展開するオペラ・ブッファをお楽しみください。

カウチに乗って登場するノリーナ。カウチを動かすスイッチをノリーナ自身が押しています。


ノリーナ好みに変えられた、壁とカーテン。出演者によるセットの早替えは注目です。


ノリーナ登場の場面はビーチ。背景の海は、青色に塗られたパネル。
梱包用の大きなラップフィルムを端から端まで巻いて、海面のきらめきを作っています。シンプルですが美しい装置です。


パネルに描かれた木や建物。
ドン・パスクワーレの書斎。古美術や本がたくさんあります。




台所の場面。左右いっぱいに広がる18メートルの調理台が、
舞台下手から一気に運ばれてきます。


調理台の上にはたくさんの食材の小道具が。


台所の場面では、ハムやソーセージなど、たくさんの小道具が吊られています。


舞台枠は空と雲の絵。


衣裳家ロベルタ・グイディ・ディ・バーニョ(左)と舞台美術家スザンナ・ロッシ・ヨスト(右)。


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