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『トリスタンとイゾルデ』トリスタン役 トルステン・ケールインタビュー

【お知らせ】

新国立劇場2023/2024シーズンオペラ『トリスタンとイゾルデ』公演におきまして、トリスタン役に出演を予定しておりましたトルステン・ケールは急病により出演できなくなりました。代わりまして、ゾルターン・ニャリが出演いたします。(2/19更新)

トルステン・ケール

大野オペラ芸術監督のタクトのもと、13年ぶりの上演となる『トリスタンとイゾルデ』には、世界的なワーグナー歌手が集結する。 トリスタンを演じるのは、トルステン・ケール。2010年『カルメン』ドン・ホセ、14年『死の都』パウル、19年『タンホイザー』タイトルロールを歌った彼が、5年ぶりにオペラパレスに帰ってくる。元オーボエ奏者というユニークな経歴を持つヘルデンテノールが考える『トリスタンとイゾルデ』とは。

クラブ・ジ・アトレ誌12月号より



トリスタンは最初から悲劇の主人公 一貫して「死」と向き合っている



―ケールさんは、今回の『トリスタンとイゾルデ』で新国立劇場への出演は4度目になります。『トリスタンとイゾルデ』のオファーがきたとき、どのように思いましたか?



ケール はい、最初は『カルメン』、次に『死の都』、そして『タンホイザー』で、今度が4回目になります。正式に『トリスタンとイゾルデ』のオファーを受けたときは、もちろん大変嬉しかったです。実は『タンホイザー』を歌ったとき、確か初日後のパーティで大野さんと、次は『トリスタンとイゾルデ』を一緒にやりたい、とお話ししていたのですよ。新国立劇場の『トリスタンとイゾルデ』初演では、先日残念ながら亡くなったステファン・グールド氏が歌われましたね。私が『カルメン』で東京に行くというときにグールド氏に会いまして、彼も『トリスタン〜』を歌いに東京に行くと話していたのを覚えています。その『トリスタン〜』のプロダクションで今度は私がトリスタンを歌うことになり、感慨深いです。



―新国立劇場のオペラパレスとワーグナーの音楽との相性はどのように思いますか?



ケール 新国立劇場のオーケストラピットは大きく、大編成オーケストラにも十分で、劇場の内装には木がたくさん使われていて、ワーグナーにとても良い音響だと感じています。ベルリン・ドイツ・オペラも似ていて、木が多く使われ、ワーグナー向きの音響です。それと15年ほど前、ブリュッセルで『さまよえるオランダ人』を歌いましたが、モネ劇場もワーグナーに良い音響でした。ちょうど大野さんが音楽監督だった時です。大野さんとはその前にも、カールスルーエでご一緒しています。そこでは、同じくオペラ歌手の私の妻と共にヘンツェのオペラ『若き貴族』に出演しまして、それが大野さんとの出会いです。確か1996年ごろで、大野さんとはそれ以来、本当に長いお付き合いです。



―ケールさんがトリスタンを初めて歌ったのはいつですか?



ケール イギリスのグラインドボーン音楽祭で、2009年だったと思います。指揮者をはじめ、ほぼ全員が初役という公演でした。それが始まりで、その後すぐに、ズービン・メータの指揮で歌い、フィレンツェ五月音楽祭、ナポリ歌劇場などイタリアでも多く歌いました。



―「悲しみの子」として生を受けたトリスタンを、どのような人物ととらえていますか?この役にアプローチをすることの課題、そして魅力とは?



ケール 私がトリスタン役にどのように取り組んだかをお話ししましょう。まず、最初にスコアを見たとき、これは自分には無理ではないかと思いました。問題は、なんといっても長さです。これを歌いきるテクニックが自分にあるのかどうかが分からなかったので、第3幕から勉強を始めました、第3幕は一番長く、長大なモノローグもありますから。そして、それができると分かり、自信をつけてから最初に戻り、ひとりでスコアに向き合いました。他の人が歌う録音は一切聞かず、スコアから作曲家の意図を理解することに努めました。新しい役を勉強するときは、いつもそうします。そして私はトリスタンがとても好きになったのです。ワーグナーのオペラの主人公は大抵、最初は"戦う人"なのですが、トリスタンは最初から悲劇の主人公で、最初から最後まで一貫して「死」と向き合っており、とても興味深いです。中世の物語としてのトリスタン、結ばれない2人の悲恋のストーリーも気に入っています。第2幕の長い「愛の二重唱」も、二重唱とはいえ一緒に歌うのはほんの少しだけで、1人が歌い、また次にもう1人が歌うというのが交互に続いていきます。第3幕ではトリスタンはイゾルデを待ち続けますが、やっと彼女が来たときはもう死んでいるのです。この第3幕、約50分間の長大なモノローグを歌うのは、テノールとして大きな挑戦です。このモノローグに向かうために、第1幕から各場面で表現を変えていきます。初めは高く、第3幕になるとより低く、と声の独特の構築が必要ですが、これもテノールとしてやりがいがあります。

 トリスタンだけでなくワーグナーの主人公は、これまでは大柄の男性が力強く歌うのが伝統のようになっていましたが、私は、まさにトリスタンのように思慮深く控えめに歌います。このスタイルを自分では気に入っています。



「媚薬」は真実を見る目を開かせるもの



2010年公演より©三枝近志


―第1幕で「毒薬」としてイゾルデとともに飲み干した「愛の媚薬」により彼らの運命は翻弄されるわけですが、この「媚薬」は、トリスタンにとっては悲劇的な最期へと進む「毒」であったのか、それとも「悲しみの子」に終息を与える杯だったのでしょうか。



ケール これは『パルジファル』のグラール(聖杯)にも通じることですが、ワーグナーにとって媚薬は、相手をたぶらかして魔法をかけるものではなく、シンボリックな飲み物であると思います。私は、目を開かせるための飲み物だと解釈しています。つまり、本当に見たいものを意識して見るための目、真実を見る目を開かせるものだと。聖書の創世記で、楽園にいたアダムとイヴがリンゴを食べたことにより楽園を追放されますが、『トリスタン〜』の飲み物は、愛に目覚めさせるものの、それは禁断の愛だった─ワーグナーには、このような禁断の愛も重要なテーマでした。



―『トリスタンとイゾルデ』という比類のない愛の伝説に、ワーグナーが創造した音楽(それは20世紀の新しい音楽創作の扉を開くことになったわけですが)の魅力、美しさを一言で語るならどのような言葉を選びますか? また特に感銘を受けるところは?



ケール 『トリスタン〜』の音楽の素晴らしさを一言で語るのは難しいですね。この音楽は、その後の多くの作曲家たちを魅了し、影響を与えました。私が聴衆ならば、「愛の二重唱」が本当に美しく聞き惚れてしまいます。感銘を受けるところはいろいろありますが、特に歌が入らない音楽、たとえば前奏曲がとても美しいです。『パルジファル』の前奏曲も素晴らしいですし、『神々の黄昏』ではジークフリートが死んでから、ブリュンヒルデが死んでからの後奏も感動的です。歌手がこんなことを言うのはおかしいかもしれませんが、ワーグナーの音楽は、歌手が歌わないところ、つまりオーケストラだけの音楽が本当に美しくて感動します。



―最後にケールさんの『トリスタンとイゾルデ』を楽しみにしている日本のオペラ・ファンにメッセージを。



ケール また日本に行けることがとても嬉しいです。オペラ以外にもたくさん思い出があり、日本の友人もたくさんいます。公演後の日本の食事も大好きで、楽しみです。そして、『タンホイザー』で皇太子時代の天皇陛下に拝謁したことも特別な思い出です。

 日本のワーグナー・ファンの皆様に、私のトリスタンを劇場で体験していただきたいです。皆様と劇場でまたお目にかかれるのを楽しみにしています!



Torsten KERL

ドイツ生まれ。オーボエ奏者としてオーケストラで活躍後、歌手に転向し瞬く間に成功を収めた。現代最高のヘルデンテノールの一人として、ウィーン国立歌劇場、メトロポリタン歌劇場、ベルリン・ドイツ・オペラ、サンフランシスコ・オペラ、英国ロイヤルオペラ、ザクセン州立歌劇場、ミラノ・スカラ座、オランダ国立オペラ、バイエルン州立歌劇場など世界の著名劇場で活躍している。主なレパートリーにはパルジファル、ローエングリン、タンホイザー、トリスタン、ローゲ、ジークムント、ジークフリートなどワーグナー諸役のほか、『魔弾の射手』マックス、『死の都』パウル、『低地』ペドロ、『影のない女』皇帝、『カルメン』ドン・ホセ、『サムソンとデリラ』サムソン、『オテロ』タイトルロール、『ボリス・ゴドゥノフ』グリゴリーなどがある。バイロイト音楽祭(『タンホイザー』『さまよえるオランダ人』『ニュルンベルクのマイスタージンガー』)、ザルツブルク音楽祭(モーツァルト『レクイエム』、『ダナエの愛』『死の都』)、エディンバラ音楽祭、グラインドボーン音楽祭、サヴォンリンナ・オペラ・フェスティバルなどにも出演を重ねる。新国立劇場では2010年『カルメン』ドン・ホセ、14年『死の都』パウル、19年『タンホイザー』タイトルロールに出演。



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