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『ドン・パスクワーレ』タイトルロール ミケーレ・ペルトゥージ
インタビュー

ミケーレ・ペルトゥージ

裕福な独身老人ドン・パスクワーレは、子に財産を継がせようと考え、花嫁探しを開始。

財産を相続するつもりでいた甥エルネストは大慌て。

そこで、恋人ノリーナ、友人かつパスクワーレの主治医マラテスタと組んで、一芝居打つ。

声の魅力満載のドニゼッティの音楽で、抱腹絶倒の結婚大作戦を描く『ドン・パスクワーレ』。

世界随一の人気バス歌手ミケーレ・ペルトゥージが、ドン・パスクワーレ役として新国立劇場に初登場する。

ベルカント・オペラの傑作『ドン・パスクワーレ』の魅力について、たっぷりうかがった。

クラブ・ジ・アトレ誌11月号より

インタビュアー◎井内美香(音楽ライター)

笑わせるのではなく ほろ苦い微笑みを誘うオペラ

―世界の歌劇場で歌い、多くの聴衆を魅了してきたペルトゥージさんが、ついに新国立劇場に登場されることをとても嬉しく思います。『ドン・パスクワーレ』はペルトゥージさんにとってどのようなオペラでしょう? 題名役をどのように演じたいですか?



ペルトゥージ 『ドン・パスクワーレ』は、イタリアの伝統的なコメディア・デラルテとナポリのファルサ(1幕ものの喜劇的オペラ)から生まれたオペラ・ブッファの"黄昏"を象徴するような作品です。ドン・パスクワーレは面白おかしく笑いものにされる年寄りの役ですが、それをほんの少しの憂いを含んで演じられたらと思っています。



―ペルトゥージさんはキャリアの前半にはロッシーニのオペラを数多く歌い、近年はヴェルディのオペラをもっとも得意とされていますね。ドニゼッティは世代的にこの2人の中間に位置しますが、彼の音楽の特徴と魅力はどこにあるのでしょう?



ペルトゥージ ドニゼッティは、ロマン主義より前のロッシーニと、強い色彩を持つヴェルディのオペラの橋渡しをする存在です。私たちはドニゼッティによって、ドラマは外側から眺めるものではなく、その中に入って一体となるものだと知りました。ドニゼッティはベッリーニと共にベルカントを代表する作曲家のひとりであり、高貴な美しさを持った彼の作曲語法からヴェルディは多くを学んでいます。

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『ドン・パスクワーレ』リハーサルより

―『ドン・パスクワーレ』は年老いた男が若い女との結婚を望み拒絶されるという、オペラ・ブッファの典型的な筋書きを持っています。でもこのオペラには人を感動させるペーソスがあるように感じられます。



ペルトゥージ 私もその意見に同意します。『ドン・パスクワーレ』は、笑わせるのではなく微笑みを、それもほろ苦い微笑みを誘う作品なのです。人に考えさせる力を持つ傑作です。それゆえに私は、ドン・パスクワーレが単なる道化役に見えないよう気をつけて演じるようにしています。

―声楽的にドン・パスクワーレは〝話すように歌うバス〞の役に属する、つまり「言葉」がとても重要な役ですね。この役における言葉と音楽の関係をどう捉えていますか?



ペルトゥージ 言葉と音楽の呼応は全てのイタリア・オペラにおいて重要です。『ドン・パスクワーレ』は中でも、レチタティーヴォ部分と、より歌に特化した部分の演じ分けに大きな価値を持ちます。このオペラにはチェンバロのみが伴奏するレチタティーヴォはなく、すべてのレチタティーヴォはオーケストラ伴奏になっています。そのため、フレージングや音色の探求、イタリアの詩形に厳密に関係しているアクセントの付け方などがより難しいのです。ドン・パスクワーレ役は"話すように歌う"だけでなく、"敗者"のバスという面があり、これは『セビリアの理髪師』ドン・バルトロ、『チェネレントラ』ドン・マニフィコなどと同じ種類に考えられる独特な役柄です。


―ペルトゥージさんは悲劇的なオペラでも喜劇的なオペラでも抜群の演技力を発揮されます。喜劇を演じる際の秘訣はありますか?



ペルトゥージ 特にありませんが、あえて言えば、テキストの読み込み、そしてその役が悲劇的な状況に陥っている瞬間に大きな注意を払うべきということでしょうか。私はもともと悲劇的な役柄の方が性に合うので、喜劇的な作品では、イタリア映画の役者から演技のリアクションや流暢な動きなどのインスピレーションを得て演じています。



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『ドン・パスクワーレ』リハーサルより

―『ドン・パスクワーレ』の中のお気に入りのシーンを教えてください。音楽的に最も美しいと思われる場面はどこでしょう。

ペルトゥージ このオペラは最初から最後まで素晴らしい音楽の連続で、美しいメロディと完璧なアンサンブルの宝庫です。一場面だけ選ぶとしたら、第3幕冒頭のノリーナとドン・パスクワーレの二重唱でしょう。ドン・パスクワーレが平手打ちをくらった後に「ドン・パスクワーレ、お前はもうおしまいだ」と哀れな一節を歌い始めるところと、その後にノリーナが歌う、うっとりさせるような素敵なウィーン風のカバレッタです。その他にも、第2幕の"偽の結婚"の場面全体も素晴らしく、特に終結部でテンポが速くなり最高潮に達するまでは強く心を動かされます。第1幕のマラテスタとドン・パスクワーレの二重唱も最高ですね。そして、エルネストの歌うテノール・パートは美しい旋律が目白押しです。

オペラの人物の人生は 私たちの人生そのもの

『ドン・パスクワーレ』新国立劇場2019年公演より©寺司正彦

―新国立劇場の『ドン・パスクワーレ』はステファノ・ヴィツィオーリ演出で、オペラが指定する時代を尊重した美しいプロダクションです。この舞台をご存じでしょうか? ペルトゥージさんが最近出演されている『ドン・パスクワーレ』は、パリ・オペラ座やウィーン国立歌劇場など、いずれも現代的な演出ですが、いわゆる〝伝統的〞なプロダクションに出演する時に注意している点はありますか?



ペルトゥージ ヴィツィオーリ氏演出のプロダクションは、ミラノ・スカラ座での上演を映像で観ていますし、歌手仲間たちが称賛しているのを聞いたこともあります。オリジナルの設定を守るという考え方は大賛成です。この種の演出をより良く実現するために私が気をつけているのは、ジェスチャーなど舞台上の態度は常にエレガントに、でも決して作り物めいて見えないようにするということです。そして、型を守りながらも硬くならないよう注意しています。18世紀、19世紀を描くにも、真実味と自然な感覚を持つべきだと思うからです。



―ペルトゥージさんは成功したキャリアを長く続けていらっしゃいますが、その理由はどこにあるとお考えですか?声を無駄遣いしない、注意深い役選び、声楽のテクニックを磨く、規律正しい生活......どの要素が重要でしょう。

ペルトゥージ 今あげられた要素は全て重要です。私自身、長く実り多いキャリアを築くために、多方面で努力を続けてきました。ただ、私の場合、生まれつきの素質がこの職業に向いていた、という事実は大きいと思います。そしてもっとも重要な条件は、ハードワークに耐えうる鋼のような健康かもしれません。



―ヴェルディと同じパルマのご出身で、オペラへの愛が深く根付いた環境で生まれ育ったとうかがっています。オペラという芸術のもっとも美しいところはどこでしょう?



ペルトゥージ 感情の昇華によって本物の強い感動を表現できることです。オペラは魔法のように美しい、絶対的な世界です。オペラは人生であり、そこに描かれている人物の人生は、私たちの人生そのものです。オペラは素晴らしい芸術です。



―ペルトゥージさんが演じる『ドン・パスクワーレ』を待っている日本の観客にメッセージをお願いいたします。



ペルトゥージ このオペラを観て微笑んでいただけたら嬉しいです。 そこにはホロリとさせられるものが混じっているかもしれません。皆さんにとって良い鑑賞になるよう努めたいと思います!

Michele PERTUSI

パルマ生まれ。世界の重要歌劇場で活躍し数々の賞に輝くバス歌手。近年はヴェルディ歌いとして活躍しており、ウィーン国立歌劇場、テアトロ・レアル、ヴェルディ音楽祭、ミラノ・スカラ座で『ドン・カルロ』フィリッポ二世、ミラノ・スカラ座、フェニーチェ歌劇場、ヴェルディ音楽祭、ワロン王立歌劇場で『アッティラ』タイトルロール、パルマ王立歌劇場、モンテカルロ歌劇場で『第一回十字軍のロンバルディア軍』パガーノ、ヴェルディ音楽祭、ウィーン国立歌劇場で『リゴレット』スパラフチーレ、ウィーン国立歌劇場、トリノ王立歌劇場、パルマ王立歌劇場で『シモン・ボッカネグラ』フィエスコ、バイエルン州立歌劇場、ローマ歌劇場で『ルイザ・ミラー』ワルターなどに出演。ロッシーニの名手でもあり、ロッシーニ・オペラ・フェスティバルに数多く出演し、ロッシーニ・ドーロ賞も受賞。最近ではヴェローナ音楽祭『アイーダ』『ナブッコ』、トリノ王立歌劇場『トゥーランドット』、パルマ王立歌劇場、モネ劇場『ノルマ』、ローマ歌劇場『ルイザ・ミラー』、ミラノ・スカラ座『カプレーティ家とモンテッキ家』、パルマ・ヴェルディ音楽祭『シモン・ボッカネグラ』などに出演。ドン・パスクワーレ役はミラノ・スカラ座、ウィーン国立歌劇場、パリ・オペラ座、ウィーン国立歌劇場、パレルモ・マッシモ劇場などに出演。新国立劇場初登場。

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