オペラ公演関連ニュース

オペラ『シモン・ボッカネグラ』リハーサル開始!演出コンセプト説明レポート

新国立劇場2023/2024シーズン大注目の新制作『シモン・ボッカネグラ』は、演出家ピエール・オーディらクリエイティブ・スタッフと、ロベルト・フロンターリ、リッカルド・ザネッラート、シモーネ・アルベルギーニ、イリーナ・ルングら世界トップクラスのスター歌手達がここ新国立劇場に勢ぞろいし、リハーサルがスタートしました。

リハーサル冒頭、スタッフ、キャストへのピエール・オーディからの演出コンセプト説明の様子の一部をレポートします。

720DSC_3522.jpg
オーディ氏のコンセプト説明風景

リハーサル室では、キャスト・スタッフの顔合わせに続き、オーディ氏からさっそく、演出コンセプトの説明が行われました。
「新国立劇場がオペラの新制作を行う貴重な機会に招かれ、大変光栄に思います。この『シモン・ボッカネグラ』へ私を招いてくれた大野和士さんは、私のオランダ国立オペラの『ニーベルングの指環』を大変気に入ってくれて、長年、いつか一緒にオペラをやりましょうと言ってくれていました。この『シモン・ボッカネグラ』がついに実現して本当にうれしいです。」

720DSC_3440.jpg
演出家ピエール・オーディ 
レバノン出身で、オランダ国立オペラ芸術監督を30年間務め、
現在はエクサン・プロヴァンス音楽祭総監督、ニューヨーク・パークアヴェニュー・アーモリー芸術監督

「『シモン・ボッカネグラ』は私にとっては5作目のヴェルディのオペラです。初めてヴェルディ作品を演出したのは1989年、フランス語のオペラ『エルサレム』でした。ウィーンで今でも上演されている『リゴレット』、それにメトロポリタン歌劇場の『アッティラ』も演出しています。

どのプロダクションも全く違うものです。というのも、私は決まった演出スタイルというものをもたないのです。そして我ながらユニークだと思うのですが、よくヴィジュアルアーティストと組んで演出を行います。一般的にヴィジュアルアーティストはワーグナーのような作品を手掛けることが多いと思います。ヴェルディでは珍しい。ヴェルディのオペラは、建築物や時代でドラマが語られるのが重要であることが多いのです。しかし『アッティラ』は、スイスの著名な建築家ヘルツォーク&ド・ムーロンが美術を、衣裳はミウッチャ・プラダ(プラダ、ミュウミュウを率いるデザイナー)が担当して、とても面白い舞台になりました。

そして、インド系イギリス人の有名な現代アート作家、アニッシュ・カプーアとも協働を重ねています。彼は主に彫刻を手掛けるアーティストですが、最近は絵画も描きます。カプーアを美術に招きたいと思ったのは、私は10年ほど前にブリュッセルの『ペレアスとメリザンド』、アムステルダムの『パルジファル』を一緒にやっているのですが、カプーアが音楽もオペラも愛しているのをよく知っているからです。」

カプーア720px.jpg
 美術を手掛けるアニッシュ・カプーア

「今回はカプーアのアイディアを実際の舞台装置として実現するために、ここにいるミケーレ・タボレッリが装置補として重要な仕事をしてくれました。『シモン・ボッカネグラ』は東京、ヘルシンキ、マドリードの共同制作です。三劇場の仕様にあう装置を作るのは悪夢のような難題でした。しかし舞台装置はミラノの工房でこの7月についに完成し、2ヶ月かけて輸送され、今月新国立劇場に届きました。この後ヘルシンキ、マドリードでも上演されます。ミケーレには、不可能だと思われた挑戦を可能にするという奇跡を成し遂げてもらいました。三劇場のシステムに適合し、予算に見合う舞台装置を、カプーア・スタジオのスタッフと協力しながら素晴らしい工房を探し出して製作するという大変な難題でした。」

720DSC_3579_2.jpg
衣裳家ヴォイチェフ・ジエジッツ 
「美術が非常に力強いので、衣裳も美術の一部になるように考えた」とのこと

「衣裳はヴォイチェフ・ジエジッツが担当しますが、彼は幸運にも新国立劇場で『ボリス・ゴドゥノフ』を手掛けています。私のサポートをしてくれる演出助手フランス・ヴィレム・デ・ハースも来日しています。

そしてこのプロダクションで非常に重要となる照明は、照明家ジャン・カルマンと照明補のヴァレリオ・ティベリが担当します。ジャンと私は40年も仕事をしています。彼は今日世界で最も重要な照明家であり、日本文化にも詳しく、日本での仕事も多い。三つの劇場の照明の環境が全く異なるという現実的側面もあり、そして何より、このような美術には照明が大変重要なのです。」

720DSC_3549.jpg
コンセプト説明風景 稽古場が期待と緊張感に包まれる

「『シモン・ボッカネグラ』は、大変難しい、複雑な話です。プロローグと第1幕の間に25年の時間があるのも難しいところですし、にわかに信じにくい展開もあります。偶然起こることが非常に多く、人工的で、物語を信じて入り込みにくいのです。字幕もなかったヴェルディの時代にこの物語を伝えるのは、かなり難しかったことでしょう。


しかし音楽は最初の小節から最後の音まで徹頭徹尾素晴らしく、天才的です。ヴェルディの中で特に有名な作品ではありませんが、音楽がすべて素晴らしいというのはヴェルディでも珍しいケースだと思います。そして音楽が止まることなく、アリアや二重唱が区切られずにずっと、ひとつの曲として作曲されているのも珍しい。

このため、指揮者はこの作品を特に好むことがよくあります。すべての音楽が繋がっているので、一晩かけて音楽そのものを表現できる。アリアのために歌手に仕えるのではなく交響的にアプローチできる、まさに指揮者の本領を発揮できる作品だからです。

また、私が面白いと思うのは、このオペラが感情を重視しているところです。描かれている感情がとても濃い。うまく歌うだけでなく、歌手が感情をベースに命を吹き込むので、非常に壮大なものができ上がります。演出家としては非常に興味深い部分です。歌手の皆さんには、常にあらゆる感情を音楽に込めていくことをお願いしたい。」

720DSC_3556.jpg
コンセプト説明を聞くキャスト達 左から須藤慎吾、イリーナ・ルング、ロベルト・フロンターリ、シモーネ・アルベルギーニ、リッカルド・ザネッラート

「それを有効にするにも、美術はシンプルな物であることが必要です。人物が一番大事だということを示すためです。カプーアは、ボッカネグラは(文字通り訳せば)"ブラック・マウス"だと言った。ブラック・マウスとは何か、想像してみてください。暗い。この暗さ、憂鬱さから『シモン・ボッカネグラ』は逃れることができない。最初から最後まで音楽に込められています。

このブラック・マウスの憂鬱さはどこから来るのか。彼の孤独ではないか。シモンはオペラの中心人物ですが、いつも孤独、ひとりです。総督にも突然選ばれてしまう。まるでずっと操られて生きているようです。自分でコントロールできずに生きています。ヴェルディのバリトンのヒーローとしては、弱い方だと思います。

それに女性がひとりしかいない。アメーリアは二面性のあるキャラクター、亡くなった母マリアを思い起こさせる娘として登場します。それが『シモン・ボッカネグラ』を独特にしています。フィエスコの孫娘でもありシモンの娘でもあったことが、フィエスコのキャラクターも複雑にしています。

カプーアはドイツの哲学者ヘルダーリンが書いた、シチリア島のエトナ山の火口に飛び込んで死んだというギリシャ人エンペドクレスをシモンに重ねています。非常に死に近い人間です。そこで火山を逆さにしたデザインになりました。床には火山の影があります。この影は女性の性器のようにも見え、禁じられた関係から生まれた娘というこの作品の核を表現するものでもあります。

プロローグでは船の存在が大変重要です。エトナ山も海のそばにある火山です。ジェノヴァは港ですが、ヴェネツィアとの争いの真っただ中にあったということも重要です。」



720DSC_3515.jpg
ピエール・オーディ

「もうひとつ、シモン・ボッカネグラが孤独な理由は、平和への戦いだということです。それは現代にも通じます。誰もが平和について語りますが、戦争でしか解決しないという歴史がある。シモンは総督になりたくはなかった。戦いたくなかった彼には彼自身の世界観がある。平和のために戦わなくてよいのなら、他に方法があるなら、それを望んでいる男です。しかし残念ながらうまくはいきません。

これはこのオペラを非常に現実に近くしている点です。平和を実現しようとする人間は暗殺されることが多い、それが歴史の事実なのです。イスラエルでもそうです。指導者は暗殺されてきた。彼らが平和のために戦いすぎた結果として。」

720DSC_3600_2.jpg
ピエール・オーディ

「素晴らしい音楽、素晴らしい気高く深いキャラクター達。話の流れは少々難しいのですが、私はこの登場人物の感情、気高さ、そして平和というテーマを見せていきたいと思います。

この作品の素晴らしい所は、ヴェルディの天才が、一点の弱点もなく発揮されていることです。音楽自体の素晴らしさは驚くべきものです。私達はキャラクターの内面を掘り下げることを常に考えなければなりません。」


『シモン・ボッカネグラ』は約1ヶ月間の創造の場を経て、11月15日(水)にこのプロダクションの世界初演を迎えます。
世界最先鋭のクリエイティブ・スタッフ、そして今もっとも重要なイタリア・オペラの名手であるスター歌手陣が贅沢に勢揃いし、国内外のオペラファン、音楽ファン、アートファンから熱い注目が注がれる公演です。

新国立劇場から世界へオペラの今日を問いかける『シモン・ボッカネグラ』にどうぞご期待ください。