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オペラ『シモン・ボッカネグラ』演出 ピエール・オーディ インタビュー

ピエール・オーディ

愛する人を失った絶望、四半世紀を経て再会を果たす父娘の喜び、対立する勢力、渦巻く復讐心、そして毒薬が注がれる―

2023/2024シーズンのオペラはヴェルディ円熟の傑作『シモン・ボッカネグラ』で開幕!

演出を手掛けるのは、ピエール・オーディ。

オランダ国立オペラ芸術監督を30年間務め、2018年からはエクサン・プロヴァンス音楽祭芸術監督を務める、現代オペラ界屈指の演出家だ。オペラパレス初上演となる『シモン・ボッカネグラ』はどのような舞台になるか、話をうかがった。

インタビュアー◎後藤菜穂子(音楽ライター)


主題はボッカネグラの孤独 権力がいかに人間を孤立させるか


―オーディさんは今回、新国立劇場に初めてのご登場となります。これまでヨーロッパなどで大野和士オペラ芸術監督と仕事されたことはおありでしょうか?


オーディ 大野さんとは長く親交を結んできましたが、実は劇場で一緒に仕事をするのは初めてになります。私がアムステルダムのオランダ国立オペラの芸術監督を務めていたときに、ワーグナーの『ニーベルングの指環』やロッシーニの『ウィリアム・テル』など、私が演出した作品をよく観に来てくださいました。それでいつか、一緒に何かできたらよいね、と話していたのです。今回、新国立劇場で『シモン・ボッカネグラ』を演出する機会をいただけて、とても光栄に思っております。


―オーディさんはオランダ国立オペラをはじめ、欧米各地の歌劇場や音楽祭において数々のオペラの演出を手がけてこられましたが、その中ではヴェルディ作品は比較的少ないようですね。それには理由はあるのでしょうか?


オーディ 私が最初に取り組んだヴェルディ作品は、まだ駆け出しの頃、英国のオペラ・ノースで演出した『エルサレム』(1990年)でした。これは同作品の英国初演となりました。その後、『アッティラ』(メトロポリタン歌劇場、2010年)、『リゴレット』(ウィーン国立歌劇場、2014年)、そして『シモン・ボッカネグラ』が4作目のヴェルディになります。

 たしかに私は定番の作品よりも、難解な作品、または風変わりな作品に惹かれる傾向はあると思います。もちろん『椿姫』が簡単だと言っているわけではありませんが、『椿姫』をおもしろいアプローチで上演している演出家はすでにたくさんいますから。でも難しいオペラを手がける人は少ないですし、ましてやおもしろいことをしようとする演出家はそれほどいません。


―『シモン・ボッカネグラ』という作品との出会いはいつでしたか?


オーディ 実は『シモン・ボッカネグラ』は若い頃からずっと大好きなオペラでした─特に音楽ですね。大学生のときに、コヴェント・ガーデン王立歌劇場の有名なプロダクションを観たのをきっかけに、レコードでもよく聴いていたので、音楽は今もほぼそらで覚えているほどです。その一方で、演出するのはとても難しいオペラであることもわかっていたので、自分が演出することになるとは考えていませんでした。したがって、大野さんからこの作品を提案されたとき、いったいどのようにアプローチすべきか長い間熟考しました。


 『シモン・ボッカネグラ』の筋はとても入り組んでいて、わかりにくいのですが、このオペラの推進力は音楽そのものにあるので、あまりきちんと理解しようとしなくてもよいと私自身は思います。登場人物たちの背景となる物語はとても複雑ですが、音楽はもっとピュアで、シンプルなストーリーを語っているのです。すなわち、ある男が予想していない中で権力の座についてからの道のりを扱っています。この道のりに注目すると、敵対する政治勢力について詳しく知らなくても、権力というものがいかに一人の人間を孤立させ、しかも私生活や感情面でも孤立させてしまうかが理解できると思います。そして、宿敵同士であっても、深い個人の悲しみを前にすれば和解できるのだということ。政治的な対立の側面はありますが、それは本筋ではなく、オペラの主題はボッカネグラの孤独であり、それは最初の音から最後の音まで音楽から感じ取れます。


―舞台美術には英国の現代アートの大家、アニッシュ・カプーアさんを起用されていますが、カプーアさんとはこれまでも組んでこられましたね。


オーディ 私はもともと舞台を制作する上で現代アーティストとコラボレーションするのが好きで、カプーアさんとは2008年に『ペレアスとメリザンド』(モネ劇場)、2012年に『パルジファル』(オランダ国立オペラ)で組みました。彼はたいへんなオペラ愛好家なんです。

 今回、どういった演出にすべきか考える中でカプーアさんのことが頭に浮かび、相談してみたところ、彼も『シモン・ボッカネグラ』は大好きな作品だということで、さっそくアイディアを提案してきました。彼のようなアーティストの場合は舞台美術家とちがって、複数のアイディアではなく、これだというひとつのアイディアを出してくるので、私としてはそれをもとに演出全体を構築しなければならないのです。彼のデザインのアイディアを実際に舞台装置として実現するのも容易ではなく、今回はミラノで製作してもらっていますが、たいへん大掛かりな作業になっています。


舞台美術の着想はエトナ山 逆さまの火山のもとで展開する舞台


オーディ オペラの最初に、本筋の25年前に設定されたプロローグがあり、ここでボッカネグラとフィエスコの敵対関係の理由が明らかになるわけですが、この扱いがとても難しいのです。ここでは、オペラの舞台である海運王国ジェノヴァをほうふつとさせる船の帆を抽象化したデザインになっています。

 第1幕以降は、火山が下を向いて吊られている大掛かりなセットの下で展開されます。このイメージは、ドイツのロマン主義の作家ヘルダーリンの戯曲『エンペドクレス』から着想を得ています。エンペドクレスは古代ギリシャの哲学者で、エトナ火山の近くに住む孤独な人物として描かれ、それがボッカネグラと重なります。すべてはこの逆さまの火山のもとで起こり、最後、ボッカネグラの死の場面では、彼は流れ出る溶岩に飲み込まれていきます。

 カプーアさんの着想はエトナ山ですが、火山や海は日本とつながりのあるテーマでもありますね。噴火する火山に対して私たちが無力であるように、人生の予期せぬ出来事を受け入れなければならないというのがオペラのテーマのひとつだと思います。


―オーディさんは現在、エクサン・プロヴァンス音楽祭の芸術監督とニューヨークのパークアヴェニュー・アーモリーの芸術監督を務めていらっしゃいますが、演出のお仕事はどれくらいされていらっしゃいますか?


オーディ 通常は1年に1作、多くとも2作です。2023年に私が演出するのは『シモン・ボッカネグラ』だけです。昨年はフィレンツェの五月音楽祭でグルックの『オルフェオとエウリディーチェ』(指揮ダニエレ・ガッティ)、そしてオーストリアのリンツで野外イベントの演出をしました。今後も演出の仕事は続けてはいきたいですが、でもこれまでずいぶんたくさんの仕事をしてきたので、減らしていくつもりです。私は、他の演出家の仕事から多くの刺激を受けますし、私にとって他の演出家をサポートすることは、自分が演出するのと同じなんです。その点では、私は変わり者なのかもしれません。


―オーディさんが日本で仕事をされるのは、サントリーホールでのタン・ドゥン作曲の『TEA』以来でしょうか?


オーディ そうです。サントリーホールの委嘱で2002年に世界初演され、その後2006年に再演されました。日本に行って仕事をしたのはそのときだけですが、私自身は日本の文化に深い興味をもち、オランダ・フェスティバルの監督時代には、歌舞伎や能、狂言、文楽、雅楽の公演を行いましたし、ニューヨークのアーモリーでは宮城聰さん演出の『アンティゴネ』を上演(2019年)、ザルツブルク音楽祭での『魔笛』(2006年)では田中泯さんに振付をお願いするなど、日本とはさまざまなつながりがあります。

 実は『シモン・ボッカネグラ』にも日本の文化とのつながりを感じます。このオペラにはどこか儀式的な要素があって、そこが日本的なストーリーテリングのリズムとつながっているような気がするのです。その意味でも、今回この作品を日本で演出できることをたいへん楽しみにしています。


―私たちもたいへん楽しみにしております。ありがとうございました。


≪ピエール・オーディ Pierre AUDI≫

レバノン出身。オックスフォード大学で学ぶ。1979年ロンドンでアルメイダ劇場と同劇場現代音楽フェスティバルを設立、89年まで監督を務める。1988年から2018年までオランダ国立オペラ芸術監督。在任中の16年に同劇場がインターナショナル・オペラ・アワード最優秀オペラカンパニーに輝く。2004年~14年、オランダ・フェスティバル芸術監督。18年からエクサン・プロヴァンス音楽祭芸術監督、ニューヨーク・パークアヴェニュー・アーモリー芸術監督。演出家としては、カレル・アペル、ゲオルグ・バゼリッツ、アニッシュ・カプーア、ヘルツォーク&ド・ムーロンらの現代美術家と協働し、大評判を博したモンテヴェルディシリーズやオランダ初の『ニーベルングの指環』チクルスなど、バロックからモーツァルト、ワーグナー、ヴェルディ、メシアンまで幅広い作品を演出。現代作品の演出は特に多く、キャリア初期以来、約40の世界初演作を演出している。世界の主要劇場に招かれ、最近では16年メトロポリタン歌劇場『ウィリアム・テル』、18年ミラノ・スカラ座『Fin de Partie(エンドゲーム)』世界初演、オランダ国立オペラ『光から』、22年オランダ国立オペラ『エウリディーチェ――Die Liebenden Blind』、フィレンツェ歌劇場『オルフェオとエウリディーチェ』などを演出。新国立劇場初登場。



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