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『ラ・ボエーム』6/30公演プレトークの模様をお届けします

プレトーク会場内1

開場25周年記念公演として連日大盛況をいただいているオペラ『ラ・ボエーム』6月30日公演では、開演に先立って大野和士オペラ芸術監督によるプレトークが開催されました。
音楽ライター・井内美香さんの進行で、お客様からの質問も交えて繰り広げられた熱いトークの内容をお届けします。(敬称略)

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[井内]
皆様、本日はプッチーニ作曲『ラ・ボエーム』公演にようこそお越しくださいました。これから本日のオペラを指揮する大野和士オペラ芸術監督による『ラ・ボエーム』プレトークを開催いたします。
私は聞き手の井内美香です。大野監督、本番前ですがどうぞよろしくお願いします

 

[大野監督]
よろしくお願いいたします。

~『ラ・ボエーム』作品の魅力~

 

[井内]
さて、まずは『ラ・ボエーム』という作品とその魅力について簡単にお話いただけますでしょうか。

 

[大野監督]
プッチーニという作曲家を考える時に、ある一人の作曲家といつも比べてしまうんです。
プッチーニは1858年に生まれているんですが、その2年後の1860年に誰が生まれたかというと、グスタフ・マーラーなんです。


マーラーの1880年代から1900年初頭までの諸作品というと交響曲の1番から5番ぐらいまでなのですが、プッチーニの『マノン・レスコー』から『蝶々夫人』までのオペラ作品と、ほぼ同時期に作曲されています。
その最初に放った成果は偉大なもので、その中に『ラ・ボエーム』というのが入っているわけです 。


そこで私がいつも思うのは、二人とも改革者であったということです。マーラーはワーグナー以降の調性をもっと広げていったり、管弦楽法も発達させていった。一方、オペラ作曲家としてのプッチーニは登場人物全員をあたかも主役のように書き続けた人です。

例えば『蝶々夫人』を見ても蝶々夫人、ピンカートン、スズキ、それからシャープレスも、出てくる4人の中で、この人はなんとなく付け足しだなというような人はいないんですね。登場人物のパーソナリティが非常に強いという作風でした。それまでのオペラ作曲家は時代の制約もあったかもしれませんが、王宮や神話をテーマにすることが多かった。そして2人の恋人が主役ならばそれ以外の人々は廷臣たち、といった役割が多かったんですが、その意味で『ラ・ボエーム』はなんといってもミミ、ムゼッタ、ロドルフォ、マルチェッロ、コッリーネ、ショナールという個性がある。

 

[井内]
ムゼッタのパトロン、アルチンドロ、家賃を取り立てに来る大家のベノアも個性的です。

 

[大野監督]
そうですね。それは合唱を含めてですが、それぞれに力を発揮させるという意味でのオペラの登場人物の性格の改革を行った。それが一番よく見えるのがこの『ラ・ボエーム』ではないかと思います。

 

[井内]
特に第二幕のカルチェ・ラタンのクリスマスイヴのにぎわい。その中で描かれている群衆も、一人一人の演技に注目すると面白いかもしれません。
では、ここからは予め観客の皆様から募集した質問について、時間が許す限りお答えいただきたいと思います。

 

【質問1】

現役高校生です。オペラ歌手や音楽教師になりたいと思い勉強中です。先生の前で緊張して上手く歌えない、ということがあります。どうすれば緊張しなくなるでしょうか。
大野監督は何か習い事をされていましたか?小さい頃から音楽に興味があったのでしょうか

 

[大野監督]
いかに緊張しないか、ということは私も毎日毎日どうしたらいいか考えているところなので、なかなか答えにはならないかもしれませんが、とにかく深呼吸ですよね。姿勢を正して、顎を落として、胸を張って、深呼吸をして、という単純な行為で緊張を解いています。
兄の真似をしてオルガンを始めたのが、だいたい3歳ぐらいの時だったと覚えています。そのうち兄が練習しているのを押しのけて練習している写真が残っているのですが、その譜面が逆さになっていたんですね。(笑い) だから全然弾けてはいないんですが。

 

[井内]
とても興味があってやりたいという気持ちがあったんですね。

 

[大野監督]
幼稚園に入ってからは木琴をたたくのが大好きだったりとか。とにかくいろんなものを鳴らすのが好きだったようです。

 

【質問2】

第1幕でロドルフォが「冷たき手を」を歌ってたった1曲でミミは"落ちて"しまうわけですが、ミミはロドルフォのどこに惹かれたのでしょう?

 

[大野監督]
Che gelida manina!
Se la lasci riscaldar...

「手を温めましょう」と言って歌い始める冒頭も素敵なんですが、彼は詩人の卵ですから、そのうち興が乗ってきて
Chi son?
「私は誰でしょう」
とミミの前で歌います。ミミはお針子で、寒い中気を失いかけて彼のところに来るわけですが、そこで静かに聞いていると彼が大きな声で

Chi son?
Sono un poeta.
Che cosa faccio? Scrivo.
E come vivo? Vivo.

 

「私は誰でしょう」「私は詩人です。そして生きているんです(Vivo.)」って言うんですね。初めて息を深く吸ってびっくりしながらも、自分の中に凄烈な息を吸い込んだミミの姿が浮かんでくるように思います。

 

[井内]
その「生きているんです」という、活力に溢れたロドルフォの姿に恋したということですね。

 

【質問3】

公演前、本番の日のルーティンは何ですか

 

[大野監督]
先ほども申しましたように深呼吸、それ以外には譜面を見たりします。あとはその場にいるスタッフの皆さんとか、合唱指揮者とかといろいろ話をしています。緊張に向かう前にそれをほぐすための準備運動を全身で行うようなつもりで接しています。

 

プレトーク会場内2

【質問4】

『ラ・ボエーム』でお気に入りの幕はありますか、お好きな場面はどこですか?

 

[大野監督]
主役級の人たちはみんなそれぞれに目立つんですが、一番好きな役として、敢えてショナール(ロドルフォの友人。音楽家)という人間をあげたいですね。

第1幕では4人の貧しい男たち、芸術家の卵が生活をしている場面に薪や銀貨を持って入ってくる。あまりに寒くて凍えそうなところだったからマルチェッロとロドルフォは驚いて、ショナールに話しかけることなんかすっかり忘れて薪をくべることだけを考えている。

 

どうしてそんなことができるかというと、彼は音楽の先生なんですが、イギリス人の紳士のお宅に採用されて稼ぎを得て帰ってくるんですね。

 

そのショナールが威張って駆け巡りながら他の3人の男たちに自慢しているところがあるんですけども、ロドルフォもマルチェッロもコッリーネも、銀貨を拾ったり飲み食いするのに夢中で、聴衆を含めて誰もショナールの歌を聴いていないんです。ぜひ今日は会場の皆さんにはショナールの歌を聴いていただくようにお願いしたいと思います。

 

[井内]
皆様、よろしくお願いいたします。(笑い)

 

プレトーク会場内3

新国立劇場『ラ・ボエーム』第4幕(2023年)より©寺司正彦

【質問5】

大野監督ご自身が舞台で関わられた『ラ・ボエーム』の思い出があればお聞きしたいです

 

[大野監督]
質問を受けてから考えたんですけども、私はドイツのカールスルーエというところのオペラ劇場の音楽総監督に就任する2年前に、初めて『椿姫』を振ったんです。その後に劇場の方から監督候補者の打診を受けました。そして次の年に『ラ・ボエーム』を振ることになったんですが、なんとその日は12月24日(『ラ・ボエーム』第1幕の舞台はクリスマスイヴのパリ)だったんです。カールスルーエには雪も降っていました。

 

1幕が終わって休憩の後、2幕(※)に出ていこうとしたら拍手がバーっと起きていて、誰への拍手かと思ったら私へのものだった。そして1996年からカールスルーエのバーデン州立歌劇場で働くことになります。

※新国立劇場の上演では1・2幕は連続して上演されます。

 

[井内]
ご自身の青春の歌でもあるということですね。

 

[大野監督]
そうですね。作品の表現として今、井内さんがおっしゃった青春の歌というのは、非常に主題に沿った言葉ではないかと思います。そして私が強調したいのは、プッチーニの作曲技法が巧みなところですが、とにかく1幕から2幕にかけての盛り上がり方。2幕には大きな合唱が入って、児童合唱も入ってきます。

 

その盛り上がりのカーブたるや、急カーブで最後の鼓笛隊のところまで一挙にいってしまうんですね。そして3幕と4幕は、それとは反対に、ミミの最後の息が消え去るまで、(1,2幕と)同じ時間で降りていくんですね。体感としてテンポは遅いんですが、時間軸から見るとこの盛り上がりと悲劇的な段階が同じぐらいの時間の中で収まっているというのがプッチーニの天才的な筆、そして創造力だと思います。

 

[井内]
もっとお話を伺いたいんですが もうご用意いただかなければいけませんね。

今日は皆様の大変興味深い質問の数々、どうもありがとうございました 開演時間も近づいてまいりましたので、大野監督には本番のご準備に入っていただきたいと思います。

それでは皆様これから指揮台に立たれる大野監督に大きな拍手をお送りください。