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ヴェルディが本懐を遂げた傑作 ―『リゴレット』の魅力

文◎加藤浩子(音楽評論家)

ジ・アトレ誌3月号より


ヴェルディ本人が最も愛したオペラ


 「これぞヴェルディ!というオペラはなんですか?」

 そう聞かれたら『リゴレット』と答える。デビューから12年、ヴェルディが37歳の時に初演された16作目のオペラ『リゴレット』は、オペラとしての完成度の高さに加え、「ヴェルディらしさ」がぎゅっと詰まったオペラなのだ。

 「ヴェルディらしさ」とは何か。

 屈折した、バリトンの男性主人公(ヴェルディの26作あるオペラのうち21作の主人公が男性であり、その大半がバリトンである)。社会的弱者への共感。父性愛(第一作以来ほとんどのヴェルディ・オペラに見られる)。原作がユゴーであり、作曲と前後してシェイクスピアの『リア王』のオペラ化を模索していたという文学趣味。嵐の中で進行するジルダ殺しや、公爵の生存を知らせる「女心の歌」が聞こえる瞬間など、オペラならではの「効果的な場面」の数々。「女心の歌」「リゴレットの四重唱」といったヒットメロディ。『リゴレット』ではそのすべてが一体となり、ヴェルディ本人が最も愛したオペラが生まれた。


定形を捨て追求したドラマ


 ヴェルディはドラマティストである。イタリア人はヴェルディのことを「テアトロ(演劇)」の人だという。有名になってからのヴェルディは台本にこだわり、自分の望み通りの台本を書ける作家を探し、歌だけが上手い歌手ではなく役柄を表現できる歌手を求めた。

 彼は『リゴレット』で、役柄の性格や感情を表現するためにそれまでの定型を捨てた。当時のアリアはカンタービレ〜カバレッタ形式と呼ばれる緩〜急の形式が主流だったが、ジルダのアリア「慕わしき人の名は」にはカバレッタがなく、リゴレットのアリア「悪魔め、鬼め」では定型が逆転してテンポが急〜緩と変化する。全ては人物の感情を表現し、ドラマに奉仕するためだった。その結果『リゴレット』の音楽は美しいと同時に緊張感に富み、聴き手をぐいぐいと引き込むものになった。音楽、ドラマ双方の充実は、ヴェルディが自分の思い通りのオペラを書けるようになったことを示している。彼の指示通りの台本を作成 したフランチェスコ・マリア・ピアーヴェの力も大きい。


リゴレットの職業 「宮廷道化師」とは?


 社会的弱者への眼差しはヴェルディの大きな特徴だが、『リゴレット』はその点でも一つの到達点である。主人公は「宮廷道化師」。中近世の宮廷で、慰み者として雇われていた奇形の人々だ。彼らは宮廷人たちの玩具同然だったが、狂言回しのような役割も担った。

 スペイン17世紀の画家ディエゴ・ベラスケスは「宮廷道化師」を繰り返し描き、異形の者たちに人間の魂を吹き込んだ。有名な「ラス・メニーナス」にも、小人の道化師が描き込まれている。なかでも「セバスティアン・デ・モーラの肖像」は、強烈な印象を与える一枚だ。小さな体に不釣り合いな大きな頭を抱え、短い足を前に投げ出して座る道化師は、強い眼差しでこちらを見据えている。筆者はこの肖像を見るといつも「一寸の虫にも五分の魂」という言葉が浮かぶのだが、『リゴレット』の主人公もまさにそれ。ベラスケスの道化師を見れば、リゴレットがなぜあれほど周囲から馬鹿にされるのかよくわかる。第1幕第1場で、宮廷人たちはリゴレットに「情婦がいる」「信じられない!」と笑うが、確かにあのような道化師に女性がいるとは考えにくい。大詰めで、スパラフチーレから袋を受け取ったリゴレットが、「ここにいるのが道化で/これが権力者だ」と興奮して勝利宣言をするのも納得できる。道化師が公爵を殺害するなど、およそ想像を絶することだろう。


実在した人物をモデルにした登場人物


 リゴレットのモデルは実在する。フランス国王フランソワ1世の宮廷に仕えたトリブレである。ただし2人の間に『リゴレット』のような葛藤があったわけではない。オペラの原作となったヴィクトル・ユゴーの戯曲『王は楽しむ』(1832)は、叛逆の疑いをかけられたサン=ヴァリエ伯爵が、娘のディアヌをフランソワ1世に差し出したというエピソードにヒントを得て書かれた。オペラではサン=ヴァリエは娘を辱められた怒れる父モンテローネとなり、リゴレットや公爵を呪う。「前奏曲」から始まり、全曲を貫く「呪いのテーマ」を発するのはモンテローネだ。

 オペラ『リゴレット』は、検閲とのやり取りの結果、実在の国や人物の名前を出すことをヴァの公爵」になり、トリブレは元の名前とフランス語の「笑うrigoler」を掛け合わせた「リゴレット」という名前になった。当時のマントヴァを支配していたのはゴンザーガ家であり、ゴンザーガには放蕩者の君主もいたので、観客には誰がモデルか大体の想像がついたことだろう。ヴェルディ自身、「あの時代に誰がマントヴァを支配していたかはわかっているのだから」とピアーヴェに書き送っている。

 マントヴァの大公宮殿にある、侯爵ルドヴィーコ3世一家を描いたアンドレア・マンテーニャの壁画『ルドヴィーコ・ゴンザーガの家族と宮廷』には、女の小人の道化師が描かれている。異形の道化師はマントヴァにもいた。加えてゴンザーガ一族には、背中が曲がる「奇病の血」があった。背中の曲がった道化師とマントヴァ公国という組み合わせは、全く不自然ではないのだ。『リゴレット』は、歴史の闇を垣間見せてくれるオペラでもある。


10年ぶりの新制作!


 スペインの演出家エミリオ・サージによる今回のプロダクションは、舞台の周囲に階段を配して高さを加えた広い空間をダイナミックに使う見応えのあるもの。スパラフチーレとマッダレーナ兄妹の関係を掘り下げた解釈にも注目だ。

 私事で恐縮だが、『リゴレット』は筆者が初めてオペラの魅力に取り憑かれた作品である。「リゴレットの四重唱」の旋律を口ずさんでいて、乗れるようになったばかりの自転車で転ぶドジも踏んだ。新国立劇場10年ぶりの新制作となる『リゴレット』で、ヴェルディの真髄を堪能いただけたら本望である。










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