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『ファルスタッフ』タイトルロール ニコラ・アライモ インタビュー


この世はすべて冗談!

イタリア・オペラの巨人ヴェルディが、演劇の巨人シェイクスピアの戯曲に挑んだ『ファルスタッフ』。劇と音楽が見事に融合した、ヴェルディ最後のオペラだ。

新国立劇場のプロダクションは巨匠ジョナサン・ミラーによる演出で、17世紀オランダ絵画の世界観で展開する。今回タイトルロールを演じるのは、新国立劇場初登場の人気バリトン、ニコラ・アライモだ。世界の名門歌劇場で60回以上歌っているというファルスタッフ役について、大いに語ってもらった。

インタビュアー◎井内美香(音楽ライター)

ジ・アトレ誌12月号より

音楽面でも演技面でもファルスタッフは"巨大な"役

 ― アライモさんのオペラとの出会いを教えていただけますか?

 アライモ 私はシチリア島のパレルモ出身なのですが、子どもの時から家にはオペラがあふれていました。祖父母が大のオペラ好きでしたから。2歳から3歳頃には自然にオペラを歌い始めて、『セビリアの理髪師』の(ドン・バジリオが歌う)「陰口」のアリアや、『フィガロの結婚』の「もう飛ぶまいぞ、この蝶々」、もしくは『ドン・ジョヴァンニ』のレポレッロのアリアなどが得意だったそうです(笑)。祖母はピアノを弾きましたので、私の最初の音楽の手解きは彼女がしてくれました。叔父がオペラ歌手(バス・バリトンのシモーネ・アライモ)ですし、私がこの道を選んだのは運命だったのかもしれません。1997年にロッシーニ『チェネレントラ』ダンディーニ役でプロ・デビューしました。まだ18歳の時です。



 ― 2月に新国立劇場で出演なさる『ファルスタッフ』の題名役は、すでにニューヨークのメトロポリタン歌劇場やミラノ・スカラ座など世界の一流歌劇場で歌われています。フィレンツェ歌劇場で演じた舞台は映像にもなっていますね。ファルスタッフ役はアライモさんの当たり役だと思います。この役にデビューされたのはいつでしたか?

アライモ ファルスタッフを初めて歌ったのは2006年、16年前で、まだとても若い時でした。でも最初に歌った時から一目惚れというか、自分のための役という気がしたのです。ファルスタッフ役は申し分のない人物造形がなされています。そこには怒り、陽気さ、孤独など、あらゆる感情の表現があります。もはや"小姓"だった頃の自分ではないという老いへの自覚も。ファルスタッフには高慢なところもあります。彼は教養のある男であり、歴史の知識もあれば、女性を口説くやり方も知っています。高尚な言葉を使う詩人にもなれる。でも同時に、粗野で俗っぽい面もあるのです。彼には金と名声への欲望があります。アリーチェとメグを口説くのも、彼女たちが金持ちだからなのです。彼は騎士で、戦争も経験しました。アイロニーも風刺も知っています。だから『ファルスタッフ』は完璧なのです。シェイクスピアの原作、ボーイトの台本、ヴェルディの音楽。この3人ならではの傑作だといえるでしょう。



― そのような多面的な、魅力のある役柄を演じるのはやりがいがありますね。

アライモ この役を演じるのは本当に幸せなことです。私はすでにファルスタッフ役を60回以上演じていますが、取り組むたびに新しい発見があります。音楽面でも、演技面でもファルスタッフは彼自身のように"巨大な"役なのです。

― メトロポリタン歌劇場やミラノ・スカラ座でこの役を歌った経験についてお話しいただけますか? 特にミラノ・スカラ座は『ファルスタッフ』の演奏に関しては世界の最高峰とみなされていると思います。

アライモ おっしゃる通り、ミラノ・スカラ座は『ファルスタッフ』を初演した劇場ですし、その劇場で歌うのは大きな責任が伴います。メトロポリタン歌劇場ではジェームス・レヴァイン、ミラノ・スカラ座ではダニエレ・ガッティが指揮をしました。どちらもロバート・カーセン演出の舞台です。マエストロ・レヴァインがどちらかといえばキャストの「声」に照準を合わせた演奏だったとすると、マエストロ・ガッティは作品の意図、言葉やフレーズの意味に特に重きを置いていました。ガッティとの仕事は私にとって得難い体験でした。すでにこの役を何度も歌っていたにも関わらず彼から多くを学ぶことができたのです。私はミラノ・スカラ座で歌うことをかなり恐れていたのですが、ガッティとカーセンという偉大な2人が私の最良のものを引き出してくれました。おかげで私は2016年にこのミラノ・スカラ座のファルスタッフで、イタリアで最も重要なオペラの賞、アッビアーティ賞を受賞しています。



ファルスタッフの対話は実は聴衆に向けた言葉

― 『ファルスタッフ』はヴェルディのオペラの中でも特に言葉を重視しており、演劇的なアプローチが必要に思います。観客を引き込むための工夫はありますか?

アライモ 劇場で聴衆との共感を生み出すことは、どの言葉で歌うとしても重要なことだと思います。ファルスタッフは私にとって極めて多面的な人物ですが、その一方でとても直接的な性格の持ち主でもあります。彼はよく聴衆と交流します。それはオペラの中での様々な登場人物との対話なのですが、実は聴衆に向けた言葉であることが多いのです。だから聴衆は話に引き込まれ、最後には彼に親しみと優しい気持ちを抱くのだと思います。ファルスタッフは観客の心にまっすぐに届くパーソナリティーを持っているのです。日本の観客は舞台への集中力がありますし、オペラでは字幕もありますから理解は容易だと思います。

― 日本で歌うのは初めてですか?

アライモ  ごく若い頃に何度か日本を訪れたことがあります。大阪、京都、名古屋などでコンサートに出演したのですが、東京ではまだ歌ったことがありません。オペラも初めてです。今回私は、妻と二人の娘という家族全員と一緒に訪日する予定です。彼らにとっては初めての日本ですから貴重な経験になると思います。私はこれまで日本を訪れるたびに素晴らしい人達と出会ってきましたので、家族が日本で様々な出会いや発見をし、それを喜んでくれることを願っています。



― 『ファルスタッフ』で共演する歌手にご存じの方はいますか?

アライモ 今回のキャストには、私と同じパレルモ出身の女性歌手が2人います。アリーチェを歌うロベルタ・マンテーニャとクイックリー夫人のマリアンナ・ピッツォラートです。この2人とは共演も多いのですよ。お互いに連絡を取り合って、日本に行くフライトも一緒の予定です。彼女らとの再会は嬉しいですし、日本で出会う歌手の方々との共演も楽しみです。メグ役の脇園彩さんとは一度、ロッシーニ『イタリアのトルコ人』で共演したことがありますが、とても優れた歌手ですね。また指揮のロヴァーリスさんはトリノの『椿姫』でご一緒したことがあり、素晴らしいマエストロで人格も良い方です。

― 公演がますます楽しみです。最後にアライモさんにとってまだ成し遂げていない将来の夢はありますか?

アライモ  すでにたくさんの夢が実現し、そのことを幸せに思っています。今後、声がもっと成熟したら歌いたい役は、『トスカ』スカルピア、『アンドレア・シェニエ』ジェラール、そして『マクベス』でしょうか。5年以上先になると思いますが......。もし、何らかの理由で歌手生活にお別れする日が来た時には、トライしてみたいのはシチリア料理の小さな店を持つことです。料理が大好きなので。


― シェフとしても大成功しそうですね。でもどうかオペラ歌手としてこれからも長く、輝かしいキャリアを続けていただきたいです。

アライモ  得意料理はブカティーニというパスタとイワシを使った一皿。私の一番好きなレシピのひとつです。でも、まずは皆さんに『ファルスタッフ』という極上の料理を味わってもらいたいと思っております!



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