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『ジュリオ・チェーザレ』トロメーオ役 藤木大地 インタビュー


今回の『ジュリオ・チェーザレ』は、2020年のキャストとほぼ同じ顔ぶれが揃う。そのひとりが、クレオパトラの弟トロメーオ役を演じる藤木大地だ。

2020年『ジュリオ・チェーザレ』の公演中止後、約半年に及んだ休演ののち、オペラ公演再開となった、忘れ難い『夏の夜の夢』でオーベロン役を演じ、2021年夏には、やはり予定から一年延期されて上演となった、子どもたちとアンドロイドが創る新しいオペラ『Super Angels スーパーエンジェル』にアキラ役で出演。

コロナ禍を乗り越えて二つの新制作の舞台を務めた彼にとって、『ジュリオ・チェーザレ』とは―

インタビュアー◎井内美香(音楽ライター)

ジ・アトレ誌7月号より

バロック・オペラにはクラシック音楽の美しさの根源がある


藤木大地

― 2020年4月に上演が予定されていたヘンデルの『ジュリオ・チェーザレ』。指揮のアレッサンドリーニ氏、演出のペリー氏も来日してリハーサルが進んでいた中での公演中止のアナウンスでした。最後のリハーサルの模様を撮影した動画を拝見して、皆さんの歌と演技が素晴らしかったのでなおさら残念に思った記憶があります。

藤木 当時を思い出すと、日々のリハーサルをしながらもみんなやっぱり不安を募らせていました。「たぶんダメかな」という感じはありつつも、それを誰も口にしない異様な雰囲気があったんです。そしてついに公演中止のメールを受け取るのと同時に、劇場側から「今までやったところまで撮影しましょう」という提案をいただきました。みんな感染のことは気にしていたし、リハーサル以外の会話はありませんでした。あの日は大野監督が稽古場に登場し、「今後のシーズンで必ず上演します。2年後くらいになるはず」と言ってくれたのです。それで、ああ、じゃあ上演できる日がくるのか、と。まだ先が何もわからない頃でしたが、その言葉が嬉しかったです。「いつか集まれる」と少しだけ思えました。指揮のアレッサンドリーニ氏は「たった2年じゃないか」と。でも2年後に世界がどうなっているか想像できなかった。撮り終わってみんなで拍手して解散し、打ち上げもできませんから、僕は一人で隣の東京オペラシティに寿司を食べに行きました。やけ食いでしたね(笑)。オペラができなくなったのは残念でしたが、それよりも世界がどうなってしまうかの方が分かりませんでした。今となっては2年はあっという間だったと感じていますが。



― その『ジュリオ・チェーザレ』がついに10月に上演されるので本当に嬉しいです。公演への抱負をお聞かせいただけますか?

藤木  僕はオペラ研修所在籍中の2003年『フィガロの結婚』で新国立劇場にデビューしています。元々の予定だと2020年の『ジュリオ・チェーザレ』で17年ぶりにカムバックするはずだったのです。だから正直、いい所を見せたいと気負っていた部分がありました。ところが『ジュリオ・チェーザレ』が延期となり、その後の公演も中止となっていた新国立劇場のオペラ公演が2020年10月にブリテン『夏の夜の夢』で再開することになって、僕も先に決まっていたオーベロン役で新国立劇場の舞台に立つことに。その後にはこれもやはり延期公演だった新作オペラ『Super Angels スーパーエンジェル』アキラ役も歌っています。『夏の夜の夢』の時は劇場の再開がかかっていましたから、主役として、個人的な成功なんて本当にどうでもよかった。今回の『ジュリオ・チェーザレ』も結果的に、もうあの時の気負いは消えて、今の自分を素直に出したより良い歌が歌えるのではと思っています。

 
2020年『夏の夜の夢』より©寺司正彦        2021年『Super Angels スーパーエンジェル』より©鹿摩隆司


― これまでバロック・オペラにあまり親しんでいなかったオーディエンスの皆さんもいらっしゃると思います。バロックの魅力はどこにあるのでしょう?

藤木  一般的に言って、バロック・オペラは物語の筋が込み入っていて、登場人物が多いのです。だからあらすじを読んでも、誰と誰が家族だけれども、実はそれは隠されていて誰が誰の敵で......とか、もう意味がわからないです。僕らでもそう思っているのだから、お客様もそう思われるのではないでしょうか。でもバロック・オペラはオペラの歴史の出発点ですから、そこにはクラシック音楽の美しさの根源があると感じます。オペラに限らずあの時代の作品すべてに言えることですが。


― 『ジュリオ・チェーザレ』はジュリアス・シーザーの話ですから、バロック・オペラの中では筋も追いやすいと思います。ヘンデルの音楽、そしてこのプロダクションの良い所はどこですか?

藤木  音楽大学で歌を勉強していた時に「好きな作曲家を書きなさい」というアンケートがあり、僕はヘンデルと書きました。当時は『メサイア』などいくつかの曲しか知らなかったのに。ヘンデルはアカペラで歌っても美しいと思うのです。拍子感がはっきりしていますし(オペラ『リナルド』よりアリア「泣かせてください」を口ずさむ)。今回のペリーさんの演出は面白いですよ。舞台美術もとても立派で美しく、僕の衣裳はかなり重いものもあります。



シーズン開幕という大切な演目 良いスタートになるように


2020年『ジュリオ・チェーザレ』稽古場風景より

― 藤木さんはクレオパトラの弟トロメーオで、非常に個性的な演技が必要な役ですね。

藤木  いわゆる悪い王様で、ハーレムで美女、そして美男まではべらせるシーンがあるんです。かなり濃厚な場面で、今回はディスタンスで実際どこまでできるかわかりませんが、初演時との時代の変化も視覚的にお楽しみください。これまで僕は悪役を演じたことがあまりないんです。オファーがあり、トライしたこともあるのですが、ビジュアル的にはあんまり向いていなかったのでは? とも思っていて。それから少し時が経って、再チャレンジするかんじです。



― 藤木さんはきっと悪役も素晴らしいと思います。バロック・オペラの音楽的魅力は歌手の妙技を楽しむという面も大きいと思いますが、古楽の大御所である指揮のアレッサンドリーニさんとリハーサルをしてみていかがでしたか?

藤木  リハーサルは演出が中心の段階での中止だったので、マエストロとはまだこれからです。バロック・オペラはアリアが多く、曲の後半の繰り返し部分を装飾して聴かせるので、その確認は一緒にしています。オーケストラが入ってからが楽しみで、経験豊富な彼からたくさん学んでいきたいです。


― ヘンデルの時代にはチェーザレ役やトロメーオ役などはカストラート歌手が歌っていました。藤木さんはご自身でも『400歳のカストラート』という音楽劇を企画・主演されていますが、当時これらの役がどのように歌われていたのかに思いを馳せることはあるのでしょうか?

藤木  『400 歳のカストラート』は、今では考えられないほどの音楽界のスーパースターだった彼らを取り巻く当時の文化や世情がどうだったのか、もし現代にもカストラート歌手が存在したらどうなのか? という想像を舞台にしたもので、そういう意味ではファンタジーの世界です。今から300年以上前のオペラが生き残っているのはすごいことだし、生き残っただけの理由があると思うのです。ただ、オペラに出演する時にはその音楽を現代にどう演奏するかが課題であり、当時に思いを馳せるというよりは、テキストと楽譜に向き合って自分なりの音楽を見つけていかなければと思っています。


― 聴衆へのメッセージをお願いできますか?

藤木  シーズン開幕はお客様にとっても、また劇場にとってもそのシーズンを占う大切な演目ですから、良いスタートになるといいなと思っています。現代の日常生活の煩わしさを忘れて、素晴らしい音楽や舞台の世界に没頭するために劇場に来ていただきたいです。歌手としてアーティストとして「皆さん楽しみにしてくださいね」と言うことは僕はあまり好きじゃないんです。なんだか線を引いているみたいで。劇場に存在する人々に垣根はないし、居場所が舞台の上、舞台の裏、もしくは客席だというだけのこと。みんなが良い音楽を求めてそこに集まってくる。同じ空間にいて演じる人と観る人、そして支える人がいなければ劇場は成立しません。「一緒に楽しもう」って僕はずっと思っています。その時間は、誰かのものではない、みんなのものなのですから。


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