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『ジュリオ・チェーザレ』ジュリオ・チェーザレ役 マリアンネ・ベアーテ・キーランド インタビュー


2022/2023シーズンの開幕公演であり、2年前の公演中止を経て待望の上演となるヘンデル『ジュリオ・チェーザレ』。

タイトルロールを歌うのは、ノルウェー出身のメゾソプラノ、マリアンネ・ベアーテ・キーランドだ。

リナルド・アレッサンドリーニとたびたび共演するバロック音楽のスペシャリストであり、今回の出演もアレッサンドリーニからのラブコールで実現した。『ジュリオ・チェーザレ』について、そして自身の活動についてうかがった。

インタビュアー◎後藤菜穂子(音楽ライター)

ジ・アトレ誌7月号より

役で演じることで音楽と言葉の本質に迫ることができる


マリアンネ・ベアーテ・キーランド

― 『ジュリオ・チェーザレ』はヘンデルの代表作のひとつですが、今回チェーザレの役を歌うのは初めてでしょう。

キーランド(以下K) チェーザレ役は初めてになりますが、20年ほど前にドイツのハノーファー州立歌劇場の専属歌手だった時に『ジュリオ・チェーザレ』のプロダクションがあり、その時にニレーノ役で出演しました。その演出ではニレーノがナレーター役も兼ねていたため、ほとんど舞台に出ずっぱりで、曲全体に親しむことができました。その時の体験が今回とても役に立っています。



― キーランドさんは、これまで主としてバロック音楽のスペシャリストとして、コンサートやオラトリオのレパートリーを中心に歌ってこられました。日本ではバッハ・コレギウム・ジャパン(BCJ)と何度も共演されています。そうした演奏会のレパートリーを歌うのと、ヘンデルのオペラを舞台で歌うのとでは、違うアプローチが必要でしょうか?

K  私自身は、バロック時代のオラトリオや宗教曲を歌うのと、オペラを歌うことはそれほどかけ離れたものだと感じていません。用いられている音楽語法は同じものですし、声の使い方も同じです。その上で違う点といえば、ヘンデルやヴィヴァルディなどのオペラにおいては、バッハをはじめとするドイツ語圏のバロック音楽にくらべて声をよりたっぷりと使える点です。ヘンデルのオペラのアリアは、言ってみれば、当時のポップ・ミュージックのようなものであり、エンターテインメント─もちろん上質の─として作曲されたものです。ヘンデルはあらゆる技法を駆使して聴衆を魅了したのです。

 これまではコンサートを中心に活動してきましたが、オペラの舞台に立つのも実は大好きなのです。オペラの道に進まなかったのは、家庭生活との両立のための選択でもありました。でも子どもたちも大きくなったので、オペラの公演にも出演できるようになりました。



― 最近では、モンテヴェルディの『オルフェオ』(パリ・オペラ・コミック劇場他)やパーセルの『ダイドーとエネアス』(モスクワ・ボリショイ劇場)のプロダクションに出演されています。舞台で役柄を演じることの魅力は?

K  舞台経験を積めば積むほど好きになっていきますね。役を演じることで音楽と言葉の本質に迫ることができると思います。オペラでは自分の内面を演奏に注ぎ込むことを大事にしたいので、今回歌うチェーザレやダイドーなど、一本芯の通った人物を演じるのが好きです。


― リナルド・アレッサンドリーニさんとはこれまで何度も共演されてきました。彼の音楽作りの魅力について教えてください。

K  初めて共演したのは、2008年にオスロの歌劇場で上演されたモンテヴェルディの『オルフェオ』でした。リハーサル初日、まずテキスト(歌詞)を読み込むことから始めたので緊張しましたが、すぐに彼のやり方に慣れ、言葉を通じて登場人物像がくっきり描かれていく様子を体験できました。今回の『ジュリオ・チェーザレ』も個性の強い人物がたくさん登場するストーリーですので、テキストを読み込むことが大切だと思います。

 彼はつねに音楽と真摯に向き合い、その表現のすべてが心から湧き出るものであり、何かをアピールしようという意図はまったくありません。こうした音楽作りこそ私自身も理想とするものであり、彼をとても尊敬しています。



ヘンデルの音楽は自由さがあり自分を解放できるのが楽しい

― そもそもバロック音楽を歌うようになったきっかけは?

K  私がオスロの音楽院の学生だった頃、プロのグループによるバロックの公演に参加する機会が多くあり、21、2歳で内外の古楽の指揮者たちと共演することができたのです。それと同時に、ジョン・エリオット・ガーディナーのバッハやアレッサンドリーニのモンテヴェルディなどの録音を聴き、彼らの音楽作りに惹かれていきました。その音楽には私の心に訴えかけるものがあり、そうした音楽を歌ってみたいと思うようになりました。

 ただ、音楽院の先生たちはバロック音楽について詳しくありませんでしたし、私の声が合っていると思っていなかったようです。ですから専門に勉強したというより、本番の経験を重ねながら指揮者や仲間の音楽家たちから吸収していったのです。



― ご自身の声のタイプについてはどのように捉えていますか?

K  基本的にはリリックなメゾソプラノだと思いますが、わりと高音域も出るのでソプラノ寄りですね。逆に深みのある低音はないので、コントラルトではないことはたしかです。

 チェーザレの役は基本的にはアルト音域であり、メゾにぴったりですが、カデンツァやアリアの装飾では高音域も駆使していきたいです。ヘンデルの音楽はこうした自由さがあって自分を解放できるのが楽しいですね。


― これまで20年の間にご自分の声はどう変化してきましたか? また今後、どんなレパートリーを歌っていきたいですか?

K  声自体は大きくなってきましたし、ホールを十分に満たせる声に成長してきたと思います。つねにテクニックを磨き、健康な声で歌い続けられるように鍛錬しています。将来的には、高音域をもうすこし開拓できないかと考えています。それによって数年後にはよりドラマティックなレパートリーにも取り組むことができたらと思います。


― これまでどんな歌手から影響を受けてきましたか?

K  英国の偉大なメゾ、ジャネット・ベイカーは私がもっとも影響を受けた歌手の一人です。彼女は、全てが揃った演奏家(complete performer)であったと言えるでしょう。レパートリーもきわめて広く、チェーザレの役も歌いました。それから私が若い頃は、スウェーデンの名メゾ、アンネ=ゾフィー・フォン・オッターにも大きく感化されましたね。最近ではむしろ1930、40年代に活躍した歌手に関心があります─ 今と違って、早くから大きな役を歌うプレッシャーのなかった時代の歌手たちがどのように声を使っていたのか。私が学生時代に師事したアメリカの声楽教師のオーレン・ブラウンは、それぞれの声を自然な形で伸ばすことを重視していて、その教えを今も大切にしています。


― キーランドさんは新国立劇場には初登場ですが、古楽の分野ではBCJとの共演をはじめ、たびたび来日されていますね。

K  初めて日本を訪れたのは2005年、大阪と東京での指揮者ジョシュア・リフキンとのバッハのカンタータ・プロジェクトでした。翌年には初めてBCJ と共演し、以来、ほぼ毎年のように戻ってきています。ヨーロッパの古楽グループとの来日もありました。オペラでは2015年に神奈川県立音楽堂のバロック・オペラのシリーズで、ファビオ・ビオンディの指揮によるヴィヴァルディの珍しいオペラ『メッセニアの神託』に出演しました。


― 最後に『ジュリオ・チェーザレ』の公演を心待ちにしている日本の皆さんへのメッセージをお願いいたします。

K  私も新国立劇場で『ジュリオ・チェーザレ』に出演できることを心から楽しみにしています─―第一に敬愛するリナルド・アレッサンドリーニの指揮だから、第二に日本が大好きだから、第三に美しい舞台のプロダクションだからです。きっとすばらしい公演になることでしょう!


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