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『魔笛』パパゲーノ役 近藤 圭 インタビュー


天真爛漫で心優しい、鳥刺しのパパゲーノ。3人の侍女からもらった銀の鈴を持って、タミーノと共にザラストロの神殿へ。辛抱と努力は大の苦手だが、試練を乗り切って花嫁パパゲーナに出会えるか?

愛と冒険の物語『魔笛』のパパゲーノを演じるのは、近藤圭。新国立劇場オペラ研修所を経て、2016年『魔笛』パパゲーノで本格的にオペラパレスにデビュー。

2020年『夏の夜の夢』ディミートリアスで出演するなど、いま大活躍中のバリトンだ。これまでの歩み、そして『魔笛』への思いをうかがった。

インタビュアー◎井内美香(音楽ライター)

ジ・アトレ誌2月号より

『くるみ割り人形』で音楽に興味を持ち『ドン・ジョヴァンニ』でオペラの道へ

― 近藤さんは2020年10月、新国立劇場の公演再開後の最初のオペラ、ブリテン『夏の夜の夢』にディミートリアス役で出演されました。

近藤  『夏の夜の夢』は僕にとっても2月からの長い休止期間後初めての舞台でした。もともとカヴァー歌手として参加を予定していましたが、外国人アーティストの入国制限があり、急遽本役でという連絡をいただいたのです。これだけ長いあいだ人前で歌わなかったのはプロとして歌い始めてから初めてで、しかも復帰がいきなり新国立劇場という大舞台だったので緊張しました。家で練習はしていても、ホールなどの大きな空間で歌っていないと感覚を取り戻すのはなかなか難しいのです。最初は大変でしたが少しずつ慣れて、なんとか本番まで持っていった思い出があります。


2020年『夏の夜の夢』より©寺司正彦


― 『夏の夜の夢』は素晴らしい公演でしたし、客席の側からするとやっと劇場が開いたという感動もありました。初日が終わった時にはどんなお気持ちでしたか?

近藤  新国立劇場の演目は通常4、5回ほどの公演がありますから、初日が明けても、ホッとするというよりは次の公演に向けての反省点などに頭が行ってしまいます。でもあのときはやはり、お客様の前に立つことができて「舞台に戻ってこられて幸せだな」という感動はありました。しかも『夏の夜の夢』は幻想的な、とても美しい美術の舞台でしたからなおさらでした。



― 近藤さんのオペラとの出会いはいつ、どのようにしてでしたか? お母様がバレエを教えていらして、お姉様はバレエ・ダンサーだと記事で拝読しました。子どもの頃からバレエを習っていたのでしょうか?

近藤  バレエを観るのは大好きです。でも自分ではやりませんでした。理由は白タイツを履くのが嫌だったからです(笑)。4、5歳の頃だったか、激しく拒否した覚えがあります。でも小さな頃からチャイコフスキーのバレエ音楽『くるみ割り人形』が大好きでした。僕は長野出身なのですが、毎年親が『くるみ割り人形』を観に東京まで連れていってくれたのです。音楽に興味を持ったのはそこでだったと思います。バレエよりもオーケストラの指揮に興味を持ちました。指揮者になりたいと思ってピアノを始めたのがきっかけです。


― そこから歌の道へは?

近藤  ピアノを習ってショパンなどが大好きになり、指揮者になりたいと思っていましたからいろいろな交響曲を聴いて......。高校3年頃に、やっぱり音楽の道に行きたいと先生に相談したら、あなたは声がいいから指揮者を目指す前に歌をやってみたらどうか、と。でも最初はリート(歌曲)だったのです。オペラに興味を持ったのは音楽大学に入って随分たってからでした。本当にオペラをやりたいと思ったのは大学院オペラで『ドン・ジョヴァンニ』のタイトルロールを歌った時です。練習は大変でしたが、本番になり「何だ、この楽しさは!?」と思ったのです。その時に、舞台で演じている自分を高いところから俯瞰して見ているような感覚に襲われました。最後にドン・ジョヴァンニが地獄に落ちるところでは、「ああ、このまま死んでもいい」と思ったほど。オペラをやっていこうと思ったのはその時です。



― その後、新国立劇場オペラ研修所に入られたそうですが、そこで学んだものは?

近藤  僕にとって研修所は全てを教えてもらった場所というか、オペラを基礎から学んだ場所となりました。そもそも研修所を受けようと思ったのも、まだ学生の頃、友人に誘われて研修所の試演会を観たからなんです。イギリス人のデイヴィッド・エドワーズさんの演出で、シンプルな装置でいろいろなオペラの抜粋を組み合わせて、一貫性のあるひとつの作品に作り上げた舞台でした。それまでの僕は、日本人がオペラをやることに正直ちょっと違和感があったのですが、この舞台を観て「あ、これだ!」と思ったのです。オペラは西洋のものだけれど、そこに描かれている人の心理は普遍的で今でも変わっていない。その心理が表現できればどんな演出でもできるし、日本人である僕にもその表現ができる。それに気づいたのです。

 研修所では、何人もの演出家の方から指導を受けて、演技の種類や魅力を学びました。今オペラの現場で様々な演出の方針に対応できるのは、研修所で演技の基礎を学んだからだと思います。そして、演技、つまり登場人物の気持ちがはっきりすると、歌の勉強もより深まるのです。



― 近藤さんは深みのある典型的なバリトンの声をお持ちだと思いますが、どうやって声を育ててきたのでしょう?

近藤  僕は音楽大学時代から、新国立劇場の研修所に通っていた頃もまだ「君はテノールじゃないの?」と言われるくらい音色が明るかったんです。その後、年と共にだんだんバリトンらしい声になってきたかもしれません。声の出し方が変わったわけではないのですが、大学時代も研修所に入ってからも先生に言われていたことは、無理して重い声を作ってはいけない、自分の声で自然に歌えばいい、ということです。バリトンは年配の役柄が多いので、若い時からそれに合わせた歌い方をしてしまいがちなのですが、年齢に合わせた歌い方をするように指導していただいたおかげで、結果的には当時はテノール的に聴こえていたものが、今ではバリトンの声になったという感じなのかなと思っています。



パパゲーノ役で舞台に乗ると自分の本性が出せる


2016年1月公演『魔笛』より©寺司正彦

― 4月に『魔笛』のパパゲーノ役に出演されます。パパゲーノを初めて舞台で歌ったのはいつですか?

近藤  実は、新国立劇場に急な代役で出演したのがパパゲーノ役のデビューでした。2016年1月のことです。前年10月にドイツ留学から帰ってきたばかりで、プロダクションにカヴァー歌手として入っていました。


― その後ロームシアター京都で開催されたオペラ鑑賞教室の公演でも、ケントリッジ版でパパゲーノを歌っていますね。昨年9月の東京二期会『魔笛』公演でもパパゲーノ役を歌われています。今では近藤さんの当たり役という印象がありますが?

近藤  それが、昔からいろいろな人に「君はパパゲーノではない」と言われていたんです。自分で言うのは恥ずかしいのですが、学生の頃から、どちらかといえば二枚目の役が合うと思われていたらしいのですね(笑)。でも僕の性格は、モーツァルトで言えばドン・ジョヴァンニではなくパパゲーノに近いと自分では思うんです。


― どういうところがですか?

近藤  子どもの頃は、はしゃいで目立つのが大好きでした。いつも学校からまっすぐに帰らずに裏山で遊んでいたりして、よく親に心配されていました。大人になるにつれて少しずつ落ち着いてきたんですが、元はパパゲーノなんです。だからこの役で舞台に乗ると自分 の本性が出せますし、演じていて楽しいです。


― パパゲーノ役の魅力はどこにあると思いますか?タミーノとパパゲーノでは人生哲学がかなり違うのではないでしょうか。

近藤  パパゲーノは普段はかなりお気楽というか、食べて寝て、楽しけりゃそれでいいや、という人間味あふれる人物ですが、実は『魔笛』の中で空気が一番読めているのはパパゲーノではないかと思います。人に気を遣う優しさがある。試練を受けているタミーノが口をきいてくれないとパミーナが絶望する場面でも、できるだけ彼女が暗くならないようにと努めたり。


― パパゲーノはこのオペラの中でおいしい役でもありますね?

近藤  それはそうだと思います(笑)。ひとつは、台本を書いたシカネーダー自身が初演の時にパパゲーノを演じたことが大きいと思います。シカネーダーがなりたかった人物がパパゲーノなのではという気がしますね。彼にしてもモーツァルトにしても、頭が良く知識もあり、人間の嫌な部分や当時の政治問題などについて深く知っていたからこそ、そういうところを取り払って自由に生きるパパゲーノに憧れがあったのではないでしょうか。


― タミーノの鈴木准さん、パパゲーナの三宅理恵さん、パミーナの砂川涼子さんとはこれまで共演はありますか?


近藤  鈴木さんは、2016年の新国立劇場本公演に僕がパパゲーノの代役で当日急遽出演した時のタミーノでした。その時、とても気にかけてくださって、初めてで戸惑っている僕に、お客様にわからないようにこっそりと立ち位置など教えてくれていたんです。

 その後、他の団体でもタミーノとパパゲーノとして共演もしましたし、2020年には今回のプロダクションのオペラ鑑賞教室関西公演でも共演しました。

 本当に頼れるお兄さんタミーノという感じで、鈴木さんと歌わせていただくととても安心します。

 三宅さんは『魔笛』では、最後の「パパパ」の二重唱をご一緒したことがあるだけですが、他にも共演はしています。

 彼女はとても魅力的できれいな声の持ち主で、演技にも柔軟性があります。

 砂川さんは......憧れの方なので緊張してしまいます。素敵なお二人とそれぞれ一緒に歌えるいいポジションで、皆に恨まれてしまうかもしれませんね(笑)。


近藤 圭
2020年高校生のためのオペラ鑑賞教室
ロームシアター京都公演『魔笛』より©寺司正彦

― そういえば近藤さんは、宮本益光さん、与那城敬さん、加耒徹さんと一緒に〈ハンサム4兄弟〉というバリトン歌手4人のユニットを組んでいらっしゃいます。その中ではどのような立ち位置なのでしょう?

近藤  あれはユニットの名前からして恥ずかしいです(笑)。どちらかというと3枚目ですね。他の皆さんが2枚目でカッコいいので。僕は周りの人から「なんか動きが変だよね」と言われることがあり、急に何か言われた時とか、焦った時のリアクションなどが見ていて面白いらしいです。そこもまたパパゲーノ的なのかもしれません。


― お客様には、パパゲーノのどのようなところに注目してほしいですか?

近藤  のびのびとやっているパパゲーノ、そして、ちょっと気を遣っている優しいパパゲーノを観ていただけたらと思っております。


― 舞台が楽しみです。どうもありがとうございました。


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