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『ニュルンベルクのマイスタージンガー』ベックメッサー役 アドリアン・エレート インタビュー


新国立劇場と東京文化会館が展開する「オペラ夏の祭典2019-20 Japan↔World」の第二弾であり、ザルツブルク・イースター音楽祭、ザクセン州立歌劇場との国際共同制作による『ニュルンベルクのマイスタージンガー』が、いよいよ秋にオペラパレスで上演される。

このプロダクションのザルツブルク、ドレスデン、東京文化会館、新国立劇場、すべての公演に出演するのが、ジクストゥス・ベックメッサーを演じるアドリアン・エレートだ。 さまざまな役で新国立劇場に出演しているエレートにとって、ベックメッサーはこれまで最も多く歌ってきた役だという。

今回の新制作の注目点として演出家イェンス=ダニエル・ヘルツォークが挙げる登場人物でもあるベックメッサーについて、東京文化会館公演のため来日したエレートが語る。

ジ・アトレ誌9月号より



演出ごとに新しい面を見出せるそれがベックメッサー役の面白いところ

― ウィーン国立歌劇場は今年5月に公演を再開し、エレートさんは6月に『ばらの騎士』『ローエングリン』に出演されましたね。昨年から世界の劇場は困難な状況が続いていますが、エレートさんが舞台に立てなかった期間はどれくらいだったのでしょう。

エレート(以下 E) 昨年の前半は全く何もできませんでした。その後、秋にオーストリアでは少し活動ができるようになって小さなコンサートを2つ3つ行い、12月になるとマドリードで『ドン・ジョヴァンニ』を歌うことができました。幸いなことにスペインでは劇場は全くクローズされなかったのです。マドリードでシーズン中ずっと舞台に立てたことはとてもラッキーでした。

 それでもいろいろ大変でした。私だけでなく多くの同僚もそうでしたが、仕事の多くは中止、または延期になりましたから。『ニュルンベルクのマイスタージンガー』は幸いなことに延期されて良かったです。




アドリアン・エレート

― エレートさんは新国立劇場に数多くご出演くださっています。新国立劇場をどのような劇場だと感じていらっしゃいますか?

E 私の大好きな劇場です。新国立劇場で歌えることをいつも嬉しく思いますし、東京に来るのがとても好きなのです。劇場での仕事の雰囲気は良く、とてもプロフェッショナルな仕事ぶりです。



― エレートさんのレパートリーはとても幅広いですね。新国立劇場で歌ってくださった役だけを見ても、陽気な役からシリアスな役までさまざまです。

E 楽しい喜劇から悲しい悲劇まで、その両方をバランスよく歌えることが歌手という職業の良いところです。モーツァルト、ワーグナー、ドビュッシー、そして現代音楽まで、様々な音楽スタイルの役を歌えることが嬉しい。その中でも、とても複雑な人物像の役があります。例えば『セビリアの理髪師』のフィガロは私の好きな役ですが、人物像はシンプルです。それに比べて『フィガロの結婚』のアルマヴィーヴァ伯爵や、今回歌う『ニュルンベルクのマイスタージンガー』のベックメッサーはとても複雑で多面性があり、時間と共に発展させていける役なので、やりがいがあります。ひとつの役に何年も取り組むと、10年前と今とでは私自身のとらえ方も変わってきています。



― そんなエレートさんにとって、ベックメッサーとはどのような役でしょう?

E 私が初めてベックメッサーを歌ったのは12年前の2009年で、以来、これまで最も数多く歌ってきた役であり、様々なプロダクションに出演しました。『ニュルンベルクのマイスタージンガー』は演出によって何に焦点を当てるかが変わるので、ベックメッサーも演出ごとに新しい面を見出せる、それがこの役の面白いところです。そして大事なのは、ベックメッサーは決して滑稽な人物ではないことです。観客からは笑われますが、それは彼の絶望と不器用さからの行動に対する笑いで、彼自身は決しておかしな人ではありません。彼は他の誰よりもユーモアに欠けますが、とても真面目で、皆から尊敬されていたマイスタージンガーだったのです。これは重要な点で、そうでなければこのストーリーは成り立ちません。ハンス・ザックスは、シュトルツィングのライバルはベックメッサーだと思ったのです。歌合戦でベックメッサーの方が優勝するチャンスがあるとザックスが本当に思っていなかったら、ザックスの計画は無意味になってしまいます。



― なるほど。ベックメッサーとはどんな人物か、ぜひお聞かせください。

E ベックメッサーは知識は豊富ですが、実生活の面ではとても不器用な人で、これまで人生で一度も恋人もいなかったのでしょう。だいたい長く一人でいると、どこか変わった人物になりがちですよね。彼はもう若くはなく、今回が伴侶を得る最後のチャンスだと思っています。彼はエーファを本当に好きなのですが、彼女がニュルンベルクで最も金持ちの娘であることもひとつの動機になっています。愛する女性、しかも金持ちの娘と結婚できれば、きっとみんなからさらに尊敬もされると考え、このチャンスに賭ける気持ちがはやり、ミスを犯してしまう。そのミスがミスを呼び、負のらせん階段を転げ落ちてしまったのです。それで、みんなから徹底的に笑いものにされてしまうのです。


ザルツブルク・イースター音楽祭公演より ©OFS/Monika Rittershaus

― 演出のヘルツォーク氏は昨年のインタビューで、今回の演出について観客に注目してもらいたい点としてベックメッサーの人物像をあげています。

E ヘルツォーク氏とはたくさんの話し合いをしました。ザルツブルクで6週間、その後ドレスデンでも4週間のリハーサルを一緒にしましたから。ベックメッサーについて彼の見解を聞き、そして彼は私の意見も取り入れてくれ、私たちは一緒にこの役を作り上げました。今回彼は来日しないので、演出捕と共に上演します。感染症対策を取った舞台にしなければならず、様々な制約がありますが、観客の方々に演出家のコンセプトが伝わるように心がけて取り組む覚悟です。




最後、舞台上で変化するベックメッサーをぜひよくご覧ください



― ベックメッサー役の音楽的な特徴は何でしょう?

E 『ニュルンベルクのマイスタージンガー』はザックスとシュトルツィングにとって長丁場の舞台で、特にザックスは舞台に五時間出ずっぱりですし、シュトルツィングも大変です。しかし音楽的に本当に一番難しいのは、実はベックメッサーなのです。歌うことだけならばそれほどではないのですが、音楽的な表現は大変で、特にリズムがものすごく複雑です。とはいえ、私は幸いにも長年この役を歌っていますからね、複雑なリズムなどのテクニックをいちいち考えなくても歌えますよ(笑)。



― 今回の演出は劇中劇というかたちをとっているそうですね。この演出でエレートさんがお好きな場面は?

E この演出はとても好きです。様々な興味深い観点がありますが、劇中劇もそのひとつで、第二幕の劇の中でベックメッサーだけ歴史的衣裳を身につけて演じます。他の人たちは全員現代の衣裳なのに、ベックメッサーだけが劇中劇を演じようとするのです。

そのほか私が好きなシーンは最後です。一般的な演出では、ベックメッサーは、歌合戦で歌い、失敗したら舞台から去りますが、ヘルツォーク氏の演出では最後まで舞台に残ります。そして彼は変化していくのです。ライバルと思って戦ってきたシュトルツィングの歌が本当に素晴らしいと分かり、自分は多くの間違いを犯してしまった、シュトルツィングこそマイスタージンガーであり、エーファと結婚するのにふさわしいと納得するのです。最後、シュトルツィングを受け入れ、舞台上で変化するベックメッサーをぜひよくご覧いただきたいです。



― これまでに大野オペラ芸術監督の指揮で歌ったことはありますか?

E いいえ、今回が初めてです。彼はドレスデン公演の初日に見に来てくれて、その際に少しお話をしました。今回の共演がとても楽しみです。



― 秋の来日をお待ちしております!






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