オペラ公演関連ニュース

『カルメン』演出家 アレックス・オリエ インタビュー

2019年、新国立劇場と東京文化会館の共同制作『トゥーランドット』で日本の観客を圧倒したアレックス・オリエが、オペラパレスに帰ってくる。

パフォーマンス集団ラ・フーラ・デルス・バウスの芸術監督のひとりであるオリエは、バルセロナ・オリンピック開会式をはじめ、さまざまな大規模イベントや舞台、映画を演出。

オペラではヨーロッパ各地の歌劇場・音楽祭のプロダクションを手がけ、鋭い視点からの解釈とダイナミックな空間構成による舞台で、常に大きな注目を集めている。そんなオリエが、この夏、故郷スペインを舞台にしたオペラ『カルメン』を演出する。

カルメンとドン・ホセの逃れられない運命の恋を、どのような世界観で見せてくれるのだろうか。注目の演出プランについてうかがった。

ジ・アトレ誌5月号より



『カルメン』の世界に誘うもの それはショーと居酒屋の世界


アレックス・オリエ

― オリエさん演出による新制作『トゥーランドット』は、2019年の上演のあと、テレビ放映や、昨年は「巣ごもりシアター」でネット配信し、大勢のオペラ・ファンを魅了しました。巨大な舞台セットの中で繰り広げられるドラマ、衝撃的なラストなど圧巻のプロダクションでしたが、日本の劇場でのオペラ演出にどんな手応えを感じましたか

オリエ(以下O)  日本ではとても素敵な時間を過ごすことができました。『トゥーランドット』を新演出することは、私たちにとっても大きな挑戦でした。舞台美術が大規模で、合唱団の動きも複雑という、舞台演出としても非常に野心的なプロダクションだったため、劇場にも多大な負担を強いるものでしたが、新国立劇場のスタッフの努力に支えられました。オペラでは、ステージ上でのリハーサル時間が足りず初日まで時間との戦いということがよくありますが、日本ではすべてがうまくいきました。全キャスト、合唱団、そして技術部、制作部、衣裳スタッフなどの裏方、とにかく各部署の仕事が素晴らしかったことを強調したいです。私たちの『トゥーランドット』は技術的に非常に高いレベルの仕事を成し遂げました。新国立劇場、東京文化会館、びわ湖ホール、札幌文化芸術劇場という日本を代表する各地の劇場の惜しみない協力と連携によって成功に導くことができたオペラプロジェクトだと感じています。



― 今回はビゼーの『カルメン』を演出されます。どのような舞台になるのでしょうか。

O  メリメの小説『カルメン』の舞台は、煙草工場の労働者、ロマ、闘牛士、密輸商人などがいるアンダルシア地方のボヘミアン、フラメンコ芸術の環境です。ビゼーのオペラでは、カルメンは煙草工場の労働者として紹介されますが、本来、工場の外の彼女はフラメンコ歌手(カンタオラ)なのです。フラスキータとメルセデスと一緒にいるとき、密輸商人たちといるとき、リリャス・パスティアの居酒屋で、そして隊長スニガの前でも、カルメンは芸術家のようにふるまうのです。

 歌と居酒屋の世界こそ、私たちを『カルメン』の世界に導くものです。カルメンは、大ステージで大衆の前で歌う有名な歌手にもなりえますし、小規模な店で限られた観衆の前で歌う歌手にもなりえます。そんなショーの世界は旅、多様な人々、そしてドラッグ、アルコール、パーティ、不特定多数と性的関係を持つような世界と隣り合わせです。これら全てが、カルメンの属する世界にふさわしいと感じました。これらの比喩表現によって『カルメン』の物語を現代の視点から理解することで、現代の観客に向けて『カルメン』を舞台化するという挑戦が可能となります。

 カルメンは現代的で知的な女性です。人生経験が豊富で、さまざまな世界を自由気ままに往来する人ですが、そんな彼女でも、間違った人と恋に落ちることを避けられませんでした。ドン・ホセという、独占欲が強く、嫉妬深く、拒絶を受け入れられない男に恋してしまったのです。

 舞台設定はこのようなアイデアの融合から生まれたものです。舞台美術は、ロック・コンサートでよく使われるような鉄パイプ構造のステージになります。この舞台裏の外観が、今回のオペラのさまざまなシーンをイメージするのに役立ちます。



― カルメンは、〝ファム・ファタール〞として男性を惹きつける魅力的な女性である一方、今日的な見方をすれば、他者の力に屈せず自由を獲得しようとする女性だと読み解くこともできると思います。オリエさんはどのようなカルメン像を描きたいですか

O  アイデアを探求する過程で、『カルメン』の物語を創り直すのに一役買った人物がいます。それはイギリスの歌手エイミー・ワインハウスです。エイミーの人生は、若く感情的な女性の成功と没落のストーリーであり、自身を取りまく環境の圧力に流され、カルメンと同様に悲劇的な終わりを迎えました。私たちにとってエイミーは、名の知れた、親近感があって理解できる実在の人物ですから、カルメンを捉えるためのビジュアル的なモデルとしてみなさんも共感できることでしょう。

 しかし、私たちの心に長く残るカルメン像は、彼女の行動力、自由への渇望、男との対等性、運命を自分で選択し決断する意志です。カルメンの人生は彼女自身のものであり、彼女を屈服させる男などいないのです。彼女の生命の原動力は、カルメンが死んだ理由と同じものを求め続けている多くの女性と共通しているのです。カルメンは、力、喜び、勇気、反骨心、自由の象徴です。そのように読み解くと、カルメンの物語は、時代を超え、これまで200年の歴史の間に女性が勝ち取ってきた権利の象徴ともいえます。今日であれば、カルメンの悲劇は、女性に対する暴力事件としてニュースに取り上げられることでしょう。


常套的な表現から離れ現代のどの国でも起こりうる物語に

『カルメン』装置プランより

― オペラにはスペインを題材にした作品がたくさんあり、『カルメン』もその一例です。メリメとビゼーという二人のフランス人が描くスペインを、スペイン人であるオリエさんはどう扱おうと考えていますか。

O  まず私は『カルメン』の常套的な表現から離れたいと考えました。メリメとビゼーにとってスペインはエキゾチックな国、例えれば西洋から見たモロッコ、インド、日本のように、ロマンチックなファンタジーの国なのです。しかし私たちが『カルメン』の物語に求めるものは、現代において、世界のどこでも起こりうる普遍的なドラマでした。それが私たちのアプローチの本質です。ただし、カルメンはスペイン人女性であり、エスカミーリョは闘牛士であるという従来の設定は尊重しています。

 私たちのプランでは、例えば東京の「スペイン週間」のイベントのひとつとして、一般の観客、当局者、有名人などが参加する闘牛が開催され、そこでドラマが展開します。同じ時期にカルメンもコンサートに出演し、そこでドン・ホセと出会い、その後に他のライブハウスでエスカミーリョに出会います。今回は日本が舞台ですが、上演されるどの国でもこの物語が起こりうるということが、私たちにとって非常に重要なポイントとなります。



― ビゼーの音楽について、オリエさんが魅力的に感じている部分はどこでしょうお薦めの場面はありますか

O  『カルメン』は世界中で最も高く評価され、数多く上演されているオペラのひとつです。このオペラほど観客の心をわしづかみにする作品はありません。胸に刺さる魅惑的で素晴らしい音楽は、フランスのロマン派の音楽からスペインの民俗音楽にインスピレーションを受けた美しいメロディまで、さまざまなスタイルが組み合わされています。ビゼーの音楽は表現力豊かでとてもカラフルです。そして、ハバネラ、前奏曲、闘牛士のテーマなど、メロディも覚えやすいものです。作曲家の並外れたドラマの感覚は、登場人物のすべての感情、性格の特徴、それぞれの出来事などを細かく捉えていて、巧みに音楽で表現しています。そのドラマチックな表現が特に見事なのが、最後の合唱付きの二重唱「あんたね、俺だ」だと思うので、お薦めの曲はそこですね。




先入観を捨てて私たちの『カルメン』を観てください

― 今回のコロナ禍では世界中の国々がダメージを受けました。スペインのオペラ、演劇、芸術の世界はどのような状況でしょうか。

O  世界中のほとんどの都市と同様に、新型コロナウイルス感染拡大によってスペインでもこれまでのような日常生活が送れなくなっています。文化は、最も影響を受けている業界のひとつです。スペイン全土、特にバルセロナでは、ロックダウンの後、劇場、映画館、文化施設の収容人数が定員の五十パーセントに制限されています。この1年間で私たちの業界は大きな経済的損失を被り、ほとんどの業界人は非常に困難な状況を経験しました。残念ながら、正常を取り戻すにはまだ長くかかりそうです。

 私の場合、キャンセルになったプロダクションがいくつかあり、先のシーズンに延期になったものもあります。しかし、すべてを否定的に捉えたくはありません。パンデミックは、日常生活における文化と芸術の役割、私たちは何を重視すべきかを考えるきっかけになりました。そして、生き続けるためには、飲食と同じくらい、文化が不可欠であると私たち全員がはっきり理解したと言って間違いないと思います。



― 新制作『カルメン』を楽しみにしている読者に向けてメッセージをお願いします。

O  新国立劇場のお客様にお伝えしたいことが2つあります。第1に、劇場、映画館、美術館・博物館にぜひまた足を運んでください。文化は魂の栄養です。こんな時期だからこそ、これまで以上に芸術の力が必要です。

 第2に、これまで見てきた『カルメン』は忘れて、先入観を持たずに私たちの『カルメン』を観にきてください。古典的な視点から離れ、観客を現実に浸らせることを目指している私たちの演出と音楽に身をゆだねてください。

 最後に、『カルメン』のような大きなプロダクションを私たちに再び依頼してくださった大野和士オペラ芸術監督に心から感謝の意を表します。






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