オペラ公演関連ニュース

『ドン・カルロ』のエリザベッタ役 小林厚子インタビュー


一度は結婚を誓った王子ドン・カルロとエリザベッタ。

しかし彼女は父王フィリッポ二世の妃となり、ドン・カルロは絶望の淵へ―

スペイン宮廷を舞台に、愛の苦悩、父子の対立、友との絆を描く壮大な歴史オペラ、ヴェルディ『ドン・カルロ』。

エリザベッタを歌うのは、小林厚子。

3月にワーグナー『ワルキューレ』ジークリンデに出演して新境地を拓いた実力派ソプラノが、本領のイタリア・オペラでヒロインを演じる。

これまでの活動について、そして『ドン・カルロ』に臨む現在の心境を語る。

インタビュアー◎柴辻純子(音楽評論家)

ジ・アトレ誌5月号より



ゼロから取り組んだジークリンデ 今後も大事にしたい


『ワルキューレ』2021年公演より

― 3月の『ワルキューレ』にジークリンデ役で急遽出演されました。

小林 普段ドイツ・オペラはほとんど歌わないですし、もちろんジークリンデは初めてです。立ち稽古まで時間がなかったタイミングで打診されましたので、お引き受けするなら1日も無駄にできないと思い、すぐに音楽チーフの城谷正博さんに全力でサポートしていただきながら、私にとっての大冒険としてジャンプインしました。話は逸れますが、私自身、兄と双子なんです。ジークリンデは双子なんだと以前から気になっていたことも、冒険を思い立たせるきっかけのひとつでした。2018年にびわ湖ホールの『ワルキューレ』にゲルヒルデ役で出演したのですが、今回のお話で久しぶりに楽譜を開いたら、なぜかジークリンデのところにブレスの位置が書き込んであり、私のどこかで歌ってみたいという気持ちがあったのかもしれません。再演なので稽古回数も限られていましたので、できるだけのことをしようと取り組みました。それ以来千秋楽が終わるまで、ずっと長い旅を続けてきたようで、いまやっと解放された感じがしています。



― 実際に歌ってみていかがでしたか。

小林 オファーをいただいた時、大野監督が、ジークリンデ役は私の声に合うからとおっしゃっているとうかがいました。歌ってみると、とても心地良く自分に馴染んできました。今回はアッバス版でしたが、ワーグナーのオーケストラの響きは厚く、強い声や大きな声も必要かもしれませんが、ジークリンデ役はとてもリリックでもあるので、私の声に合っているような気がします。コロナ禍でなければ巡り会わない役だったかもしれないので、とても貴重な機会をいただいたと感謝しています。さらに深く勉強して、今後も歌っていきたい大切な役のひとつとなりました。



― ところで、小林さんは東京藝術大学・大学院で学ばれていますが、声楽家を目指されたきっかけは?

小林 私の家族は、両親も祖父母も親戚もみんな音楽が大好きで、集まると必ず音楽が始まります。友人達からは「ブレーメンの音楽隊」と言われていました(笑)。姉、双子の兄、私、妹の4人きょうだいで、皆同じようにピアノを習い、子ども合唱団に入っていました。歌が好きという気持ちは自然と刷り込まれてきたようです。大学時代は周りの友人達の素晴らしさを目の当たりにして、自分自身の先をなかなか見出せずにおりました。思い悩んでいたある時、姉が「環境を変えてみたら」という言葉を手紙でくれて、それがストンときまして。大学卒業後は藤原歌劇団の研究生になりました。二年間終えた後、さらに大学院へと進みましたが、もっともっと学びたい、学ぶことが面白い!と改めて思えるようになってからは、自分は自分、と落ち着いた気持ちで楽しんで勉強することができるようになりました。大学に入学した最初のレッスンで、先生が「君ね、歌の勉強というのはこれから何十年も続くんだよ」とおっしゃり、当時の私は、何十年も?!と気が遠くなったのを今は懐かしく思い出します。



― さらにイタリアでも勉強され、蝶々夫人やトスカなど、イタリアものを多く歌われています。

小林 文化庁の在外派遣で、ミラノで研修しました。音楽と言葉の密接な関係を改めて強く感じました。蝶々夫人は、体力的にも精神的にもハードな役柄です。2007年藤原歌劇団公演でロールデビューしましたが、それ以前はケイト役やアンダーも務めていました。間近でたくさんの本当に素晴らしい蝶々さんを観てきて、誰かの真似ではない私の蝶々夫人を探さなければ、と思いました。2015年に、イタリア・プーリア州の旧市街にある小さな劇場で蝶々夫人を歌いました。公演の翌日、町のレストランに行くと、「昨日の蝶々さんですね」と声をかけられ、お店のお客様全員が立ち上がり拍手してくださり、とても嬉しかったです。


エリザベッタは王妃としての覚悟を持った崇高な女性


小林厚子

― 新国立劇場では数々のオペラでカヴァーを務められ、高校生のためのオペラ鑑賞教室にもたびたび出演されています。

小林 イタリア・オペラがほとんどですが、ヤナーチェク『イェヌーファ』タイトルロールや、ワーグナー『タンホイザー』エリーザベト、『神々の黄昏』グートルーネなど、新国立劇場では新しい世界も見せていただいています。

 私は、新国立劇場開場記念公演の『アイーダ』を客席で観ているのですが、燦然と輝く舞台がとても眩しかったことを今でも鮮明に覚えています。舞台自体が発光しているかのように感じました。それから十数年経って、初めてのアイーダ役カヴァーの稽古で実際にあの舞台を歩いた時には、まばゆい光の中に自分が吸い込まれていくような感覚を覚えました。2018年『トスカ』では、公演楽日に急遽代わりに舞台に立ったことも忘れられない体験です。カヴァーとして勉強したことは、すべて私の血となり肉となり、大切な財産です。



― とてもお忙しいと思いますが、声のコンディションを保つために心がけていることはありますか。

小林 私はすぐに歌える声帯ではないので、空気の道ができるようにまずピアニッシモで発声をして、時間をかけゆっくり温めてから練習を始めるようにしています。本番の前も特別なことをするのではなく、普段通りの普通の生活を送ること。それが心を保つことになり、身体にも良いと思っています。



― いよいよ5月はヴェルディ『ドン・カルロ』にエリザベッタ役で出演されます。

小林 カルロを愛する心を持ちながら、自分の立場は忘れず王妃としての覚悟を持った崇高な女性エリザベッタを歌い演じられたらと思います。アリアやデュエットはコンサートで歌っていますが、オペラの本番で歌うのは今回が初めてです。前回(2014年)カヴァーをさせていただいたセレーナ・ファルノッキアさんの素晴らしい気品あるエリザベッタがとても印象に残っています。ヴェルディの音楽は壮大なスケールで、かつ美しい旋律を声が紡いでいきます。熱い心を持ちながらもそれに溺れてはいけないし、絶対にフォームを崩してはいけない。自分の声のフレームとピントを見失わないよう丁寧に稽古を重ねて、私という楽器で表現できるエリザベッタを見つけていきたいと思います。

 ヴェルディは私にとって憧れの作曲家です。『ワルキューレ』に続いて、今回も身の引き締まる、震え上がるお話ですが、私にできる限りのことをしっかり務められるよう、心身ともに健やかに準備いたしたいと思っています。



― 5月の公演を楽しみにしています。ありがとうございました。




◆『ドン・カルロ』公演情報はこちら
◆ チケットのお求めはこちら