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『ルチア』の指揮者 スペランツァ・スカップッチ インタビュー

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スコットランドを舞台に、ルチアの愛と絶望のドラマを描くベルカント・オペラの傑作、ドニゼッティ『ルチア』。

4月の公演では、ベルギー王立ワロニー歌劇場音楽監督スペランツァ・スカップッチがタクトを執る。

コレペティトゥールとして知り尽くしている『ルチア』に、指揮者として初めて挑む今回の舞台への思い、そして作品の魅力を語る。

インタビュアー◎井内美香(音楽ライター)

ジ・アトレ誌4月号より

指揮者として『ルチア』に向き合い作品の新たな魅力を発見しています

――2020/2021シーズンのラインアップ記者発表で大野オペラ芸術監督が、あなたの名前は〝スペランツァ〞(希望)という素晴らしい意味を持っているとおっしゃっていました。イタリアでも珍しい名前ですね?

スカップッチ(以下S)  そうですね。私は4人姉弟なのですが、上から、ジョイア(喜び)、スペランツァ(希望)、ノヴェッラ(良き知らせ)、ジョルダーノ(ヨルダンの)、という全員が少し珍しい、特別な意味を込められた名を持っています。



――素敵です。きっと人生の困難なときにも「私は〝希望〞を持っているのだから」 と自分を励ますことができますね。

S  ええ。特に芸術家としては、今のようなコロナ禍の困難なときにも皆さんに"希望"を伝えていきたいと願っています。



――今(このインタビュー時)はニューヨークに滞在中でジュリアード音楽院での仕事だそうですね?

S  私の母校でもあるジュリアード音楽院のオーケストラと無観客の配信コンサートをする予定です。本来ならば今頃、『椿姫』でメトロポリタン歌劇場にデビューする予定だったのですが、公演が全てキャンセルされてしまいましたから。



――昨年はパリ・オペラ座への指揮デビュー、そして来日の予定もキャンセルとなってしまいました。

S  私は日本へはすでに2度訪れていて、日本の聴衆が大好きです。ですから昨年、東京・春・音楽祭で予定されていたプッチーニ『三部作』が延期になってしまったのはとても残念でした。今年、再び日本に行けて、新国立劇場にデビューできることを心から幸せに感じています。



――『ルチア』ですが、この作品を指揮するのは初めてですか?


S コレペティトゥールの仕事をしていたときに『ルチア』はたくさん演奏しましたが、指揮者としては今回が初めてです。東京のすぐ後にチューリヒ歌劇場、その後には私が音楽監督をしているリエージュのワロニー歌劇場でもこの作品を振る予定です。私がとても愛しているオペラです。



――あなたはたくさんのオペラを演奏し、歌い、教えてきたので、この傑作について、すでに掘り下げた明白な考えをお持ちだと思います。

S  そうですね。でも指揮者として初めてスコアに向かい合って、以前には気づかなかったたくさんの細かな点を発見するのは素晴らしいことです。自分自身の『ルチア』を一から作り上げる過程で、知らなかった新しい魅力を発見でき、とても嬉しく思っています。



――コレペティトゥールをなさっていた時代に、バリトン歌手のレオ・ヌッチが「君はピアノで指揮しているね!」と言ったそうですね。

S  その通りです。ヌッチや他の歌手たち、それに私が長年一緒に仕事をしたマエストロ・ムーティも、私がピアノをオーケストラであるかのように、指揮者であるかのように演奏すると言っていました。私が指揮者になる決意をしたときに背中を押してくれたのは彼らの言葉です。



――マエストロ・ムーティの日本でのマスタークラスを聴講したことがありますが、ムーティがピアノを弾くと、音楽の構造やドラマがはっきりと理解できるのが印象的でした。

S  なぜならオーケストラは歌手の単なる伴奏ではないからです。ドラマの根本的な鼓動はオーケストラから、指揮者から発信されるべきなのです。マエストロ・ムーティや私は、オーケストラを想像しながらピアノを弾いているので、それは一般的なピアニストとはまったく違うアプローチだといえます。



旋律、劇的構成、物語 すべてのバランスが奇跡的に完璧な傑作


――『ルチア』の魅力、特色について語っていただけますか?

S  『ルチア』はベルカント・オペラのレパートリーの柱のひとつで、その声楽パートはベルカントの声楽技巧を必要とします。私が魅了されるのは『ルチア』の音楽の色彩の豊かさです。ドニゼッティはベルカントのスタイルを用いながら、様々な雰囲気を作り出しています。たとえば物語の舞台であるスコットランドの雰囲気。「狂乱の場」では、グラスハーモニカのような通常のオーケストラではあまり聞かれない楽器を使って、正気を失った主人公の心情を表現しています。ルチアの最初のアリアの導入部に使われるハープは、泉の水の感覚を伝えると同時に、北ヨーロッパの雰囲気を作り出しています。そのような色彩表現に、ドニゼッティはとても長けているのです。管弦楽パートも決して無味乾燥な伴奏にならず、言葉の意味と密接に関係しています。すべての旋律がこの上なく美しく、第二幕には偉大なコンチェルタートがあり、完璧な手法で書かれた作品です。



――その『ルチア』を、今回はどのように指揮したいですか?

S  私は新しい作品を解釈するとき、伝統的な解釈のよいところを採用しつつも、伝統に影響されすぎずに、作曲家が何を書いたかを読み取ろうと努めています。例えばヴェルディの『椿姫』のような有名な作品にも、スコアに書かれているのに伝統的に無視されてきたことがたくさんあるのです。作曲家がラレンタンド(次第に遅く)でもなくアッチェレランド(次第に速く)でもなく、ア・テンポ(遅れずに)と書いた意図は何なのか? 今回の『ルチア』でもそのような点に配慮した演奏をしようと思っています。



――ドニゼッティはたくさんのオペラを書きましたが、『ルチア』はなぜこれほどの傑作となったのでしょう?

S  『ルチア』はすべての要素を備えています。悲劇的な愛、政略結婚を強要される乙女、死、といった劇的なテーマがあり、旋律はみな美しく記憶に残り、間延びした瞬間は一瞬たりとも存在しません。すべてが機能しています。私はドニゼッティの『マリア・ストゥアルダ』『連隊の娘』のようなオペラも振っていますが、どれも素晴らしい作品です。ですが、どの作曲家にも旋律、劇的構成、物語などのバランスが奇跡的に完璧な、それゆえに作曲家の名を轟かせる傑作があり、『ルチア』はまさにそのようなオペラだと思います。「狂乱の場」の素晴らしさはもちろんですが、最終幕のエドガルドの場面も、そのあまりにも美しく印象的な旋律で『ルチア』を傑作たらしめていると思います。



――今回共演する歌手たちはご存じですか?

S  ローレンス・ブラウンリーとは、コンサートやベッリーニの『清教徒』などで共演しています。他の方たちとは初共演になりますが、素晴らしい出会いを楽しみにしています。



――新国立劇場の合唱団は質が高く、日本の聴衆に愛されています。あなたの指揮で彼らがベルカント・オペラの真髄を表現するのも楽しみです。

S  私はいつも合唱団とはいい関係を築いています。東京・春・音楽祭でロッシーニ『スターバト・マーテル』を振ったときの合唱団も素晴らしかったです。新国立劇場合唱団も楽しみです。



――最後に、日本の聴衆にメッセージをお願いできますか?

S  日本に戻れることを本当に嬉しく思っています。今の困難な状況においても音楽ができるというスペランツァ(希望)で胸が一杯です。素晴らしい劇場での私のデビューで、皆さんにお会いできるのを楽しみにしています。


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