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『夜鳴きうぐいす/イオランタ』のイオランタ役 大隅智佳子インタビュー


初日が迫る、注目の新制作、ロシア・オペラのダブルビル『夜鳴きうぐいす/イオランタ』。

海外の歌手が来日できないため、日本在住の実力派歌手たちが集結してお贈りする今回のプロダクションで、チャイコフスキー『イオランタ』のタイトルロールを歌うのは大隅智佳子。

今シーズンはブリテン『夏の夜の夢』ヘレナ、モーツァルト『フィガロの結婚』伯爵夫人も歌い、公演を大成功へと導いた立役者だ。

これまでの二公演のこと、そして『イオランタ』への思いを語る。

インタビュアー◎柴辻純子(音楽評論家)

ジ・アトレ誌4月号より



芸術は平和の象徴 絶やしてはいけないもの

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『フィガロの結婚』2021年公演より

――昨年10月の『夏の夜の夢』のヘレナ役に続いて、2月『フィガロの結婚』にも急遽、伯爵夫人役で出演されました。

大隅  伯爵夫人なのでおとなしくしていられるのかなと思ったら、結構ハードでした(笑)。舞台に傾斜があり、ただ立って歌うだけならいいのですが、動き回らないといけないし、真っ白な舞台装置で目の錯覚を起こしかけました。オーソドックスな演出だと、棚や机が目印になりますが、ホモキさんの演出はそれもなく、動きも、時計回りか反対回りなのか、全部に意味があり、タンスの周りを回っているうちに何周目かわからなくなったことも(苦笑)。再演なので稽古期間が短く、その間に動きを身体に馴染ませなければいけないのが大変でした。



――これまで、伯爵夫人とスザンナの両役を、たくさん歌っていらっしゃいますね。

大隅  20代のときは伯爵夫人が多く、30代になってからはスザンナばかり。久しぶりに伯爵夫人を歌ってみて、大学院時代に指揮者の(ハンス=マルティン・)シュナイト先生がおっしゃっていた技術や表現が、今になってわかった気がしました。シュナイト先生がこだわっていたのがピアニッシモの技術で、伯爵夫人のアリアは2曲ともピアニッシモがとても重要なんです。第3幕のアリアは、いかにピアニッシモで長いフレーズを息継ぎせずにつなげるか、学生にとってはとても難しいことで、「死んでもいいからつなげろ」と言われたことを思い出しました。スザンナとの手紙の二重唱も、テンポとピアニッシモの技術、それを基本にアンサンブルを重ねて、2人のソプラノが合わさることで起こる化学反応を求められました。「声が出れば良いということではない、そこに音楽性と芸術性とテクニックがなければ価値がない」とおっしゃっていたこともよく覚えています。先日の公演では、先生とのツーショット写真をお守りにして臨みました。当時はできなかったことが、今は技術として備わり、先生が求めていたモーツァルトの音楽や世界観に少し近づけたのではないかと思っています。

 自分の人生を振り返ると、『フィガロの結婚』は原点というか、人生の節目でこのオペラに戻ってきます。中学3年で声楽専攻を決めてレッスンを始め、高校生になって受験に向けてアリアの勉強をするとなったとき、先生から出されたのが第2幕の伯爵夫人のアリアでした。オペラがどういうものかわからないまま、初めて購入したスコアが『フィガロの結婚』。今回使ったのもそのときの楽譜です。もう表紙もなくてボロボロなんですけど、この楽譜でないと歌えないような気がして。久しぶりに伯爵夫人に戻って、先生方は難しいことを言っていたなと、昔を思い出しました。



――大隅さんは、シャルパンティエ『ルイーズ』、チャイコフスキー『エウゲニ・オネーギン』、ブリテン『夏の夜の夢』など、上演機会の少ない作品にも果敢に挑戦されています。

大隅  本邦初演や新作もの、珍しいものとかよくまわってきますね(苦笑)。一番大変だったのは、ライマンの『メデア』。脳細胞が貧血を起こして倒れました。新しい楽譜を読むのは楽しみであり、苦しみでもあります。そのなかでブリテン『夏の夜の夢』は歌いやすく声がはまり、自分のなかで発声の答えがひとつ見つかりました。いまでも毎日、発声練習で歌っているんですよ。

 コロナの状況下での『夏の夜の夢』は夢のような時間で、オペラができることが嬉しくて、初日のカーテンコールはみんな涙ぐんでいました。同時に、逆境のなかでも芸術を生み出さなければいけない、この感覚が芸術家として重要だと感じました。「芸術があれば争いが起きない。平和である」という言葉のとおり、芸術は平和の象徴で、絶やしてはいけないもの。芸術家としての責任の重さも感じながら歌っていました。



――『夏の夜の夢』の主役オーベロンの藤木大地さんは、東京藝術大学の同級生だったとか

大隅  はい、彼は大事なときに応援してくれる大切な友人です。共演して彼の笑顔の中に学生時代と変わらないものを見つけて、すごく嬉しかったです。


チャイコフスキーが人生の終わりでこの音楽を書いた意味を考えています

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大隅智佳子

――さて、4月は、チャイコフスキー『イオランタ』のタイトルロール。今度はロシア語ですね。

大隅  大変です。『フィガロの結婚』が終わってから取り組んでいますが、言葉が多いので覚えられるか......。でもロシア語は、言葉としては歌いやすいですし、学生時代、第二外国語として勉強していたので、楽譜を読むことや文字に対しての抵抗はないんです。ロシア語を選択したのは、ドイツ語の授業が声楽のレッスンと重なってしまい、それなら不思議な文字の形だし、読めたら面白いかなという軽い気持ちでした。そうしたらキリル文字を読むのが暗号解読のようで面白くなり、大学3年でロシア語歌曲の授業を取り、山下健二先生のもとで徹底的に鍛えられました。ロシア語は、母音の響きはイタリア語に近く、そこにドイツ語的な子音やフランス語的な子音のさばきが混じっているので、ロシア語ができると他の言語もさばきやすくなると先生はおっしゃっていました。

 チャイコフスキーの音楽、私は大好きなんです。繊細で、悲しいわけではないのに涙が出てしまう、人の心の奥深くに眠っているものにふっと触れるような音楽だと思います。『イオランタ』は、運命的な出会いや愛もありますが、それより上にある奇蹟のようなものが描かれます。音楽にもそれが出ていて、チャイコフスキーが人生の終わりで、この美しい音楽を書いた意味を考えながら稽古しています。1幕ものですが、ひとつひとつの音やメロディに対して求めているものがすごく濃くて、まるで自分の大事なものをぎゅっと凝縮して、壺か何かに詰めて蓋をしたような感じです。それをどこまで消化できるか、丁寧に作っていきたいです。

 イオランタは、盲目のお姫様ですが、心の目は見えています。台本にはないですが、目が見えないことで他の感覚がすごく研ぎ澄まされていることも表現したいですね。彼女の生きる力や前向きな考え方、目が治って光とわかるところは、何かが開かれ、救いの手が差し延べられる感じです。その流れは、コロナ禍の、今の混沌とした状況に合うのかもしれません。



――最後に『イオランタ』に向けての意気込みを。

大隅  まずは、いただいたチャンスを大切に、その責任に応えられる舞台を歌手としてきちんと作っていきたいです。そして、このチャイコフスキーの世界が、どれだけ美しく素晴らしいものか、見終えて劇場を後にしたとき、光を感じてもらえるような、素敵な公演にしたいですね。何か新しいもの、希望が見えたり、心に響く、そういう舞台を作り上げていきたいです。ロシア語の言葉の美しさも耳で楽しんでいただけたら嬉しいです。ロシアは音楽もバレエも、芸術を大事にしている国なので、その美しい国の一端を見ていただけるよう最大限に努力をしたいと思っています。




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