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『ワルキューレ』フリッカ役 藤村実穂子インタビュー

 

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藤村実穂子

『ワルキューレ』で主神ヴォータンの妻・結婚の神フリッカを演じるのは、バイロイト音楽祭をはじめ名門歌劇場で活躍する世界的なワーグナー歌手、藤村実穂子。新国立劇場には2001年〜02年「ニーベルングの指環」フリッカ、ヴァルトラウテでオペラパレス初登場し、2019年3月には『ウェルテル』シャルロットを演じ、深い感動を与えてくれた。

 世界最高のフリッカを再びオペラパレスで聴ける待望の公演を前に、コロナ禍で思うこと、そしてフリッカというキャラクターについてうかがった。

インタビュアー◎井内美香(音楽ライター)

ジ・アトレ誌2月号より

音楽は「不要不急」ではなく「必要至急」なぜなら人を癒す力があるから

――現在コロナ禍で世界の多くの人が困難に陥り、音楽や舞台芸術の分野も大きな打撃を受けています。藤村さんはこの時期をどのように過ごされていましたか?

藤村 新型コロナウイルスが発生した頃、私はニューヨークのメトロポリタン歌劇場(MET)で『さまよえるオランダ人』の全六回中三回目の公演を終え、METの後にフィラデルフィア管弦楽団(PO)で出演の予定でした。そんな中トランプ大統領が「明日から全ての国際線を止める」と宣言。「それじゃドイツに帰れない」と思いネット検索すると、ドイツへの便は一日一便は飛ぶとのこと。すると翌日METから「今後の公演はすべて中止」との連絡。POがまだ公演中止を発表していないので、そのままニューヨークに留まるつもりでしたが、マネージャーは「飛行機が飛んでいるうちに早くドイツに帰ってこい」と主張。「大丈夫だよ」と逆に相手をなだめていた数日後、POもホームページで「公演中止」を発表したので、飛行機を苦労して変更してドイツに帰ってきました。その後のモントリオールやライプツィヒの公演も、全てコロナで中止になりました。

 そこにMETの合唱、オーケストラ、スタッフが解雇されたというニュースが入ってきて、大変ショックを受けました。METは2021年秋まで閉めるそうで、とても親切にしてくれた皆さんの収入はゼロです。ヨーロッパも緊急事態宣言でコンサートやオペラハウスは閉まりました。世界の芸術家たちは一体どうやってやりくりするのか......。

 今回のコロナ禍で考えさせられたのは社会における文化芸術の位置です。ヨーロッパでは1回目の緊急事態宣言が解除され、飲食店、理容店、宿泊施設は再び開き、サッカーなどのスポーツも無観客で開催されました。文化面はというと経済的な余裕がある所はオンラインコンサートを行いましたが、フリーランスはじっと我慢してもうすぐ1年になります。小さい頃からトレーニングやレッスンを積んできた我々は、社会からすると「不要不急」だと、痛い程に思い知らされています。

 レコードからCDへの移行時期から、音楽はお金儲けになってしまった感があります。歌手が試行錯誤してつくるアルバムは販売会社の意向に沿うものに仕向けられ、今ではアーティストは外見によって選ばれています。ネットでダウンロード等、音楽は「お手軽」「コンビニ」化しています。

 私は何百年も生き抜いてきた音楽の楽譜を開けるとき、今でもドキドキします。そして歌うとき、なるべくなら作曲家が一番後ろの列に座っていて、公演後「大丈夫でしたでしょうか?」と訊いてみて、何とかうなずいていただけたらいいなと思って歌っています。世界はコロナによって日常がなくなった。時間ができた音楽家は、理想の音楽とは何かに向き合えばよいのではないかと思います。ネットでダウンロードして器用にコピーし、ちょっと練習して舞台に出るのは、果たして「音楽」なのか。楽譜をしっかり読んで自分が思う音楽を演奏し、ヘッドホンとライブでの違いが感じられる演奏をすべきではないかと。音楽公演を「必要至急」に近づけ、コロナで受けた不名誉な芸術の位置を払拭してはどうか、と自戒を込めて思うのです。何故なら音楽には人を癒す力があるから。


フリッカの言い分は歌詞をしっかり読めば分かる

『ウェルテル』2019年公演より


――藤村さんは、世界の最高峰の歌劇場や、ワーグナーの聖地バイロイト音楽祭でワーグナーの楽劇を数多く歌われています。なかでも、映像にもなっているバイロイト音楽祭をはじめとして、フリッカは最も多く歌われている役のひとつですね

藤村 何回も同じ役を歌うと飽きると言う歌手もいますが、ティーレマンさんに「ミホコはドイツ人よりドイツ人」と言われて調子に乗って、何度もテキストを読んでいます。ワーグナーの歌詞はドイツ人にも難しく、「指環」の全テキストを暗唱している方によく「ここの歌詞は一体どういう意味なんだ」と訊かれます。歌詞を紐解くことは歌手としての基本であると共に、「だからここで転調するんだ」と発見することはスリリングです。

 ヴォルフガング・ワーグナーさんが繰り返しおっしゃっていたことですが、フリッカはワーグナーの最初の妻ミンナそのものです。ワーグナーの妻と言えばすぐにコジマの名前が浮かぶのですが、彼女との結婚期間は13年であるのに対しミンナとは30年でした。24時間独り演説し、借金から逃亡しても「ガウンのこの部分はあの赤じゃなくこっちの赤で、生地はもちろん絹ね」とオーダーメードするワーグナー。ワーグナーがマティルデ・ヴェーゼンドンクに寄せる手紙を手渡しに、ミンナは2人の間を往復もしていたんです。夫が不倫相手に宛てて書く手紙を歩いて渡しに行く。よく30年も一緒に過ごせたなと感心します。フリッカも凄いなと思うのは、ヴォータンの不倫相手エルダが産んだ私生児たちも「受け止める」と言っていることです。つまり彼の数多い不倫、そこでできた多くの子どもたちにも目をつむるということです。器が大きいですね。では今までずっと黙っていた彼女が、なぜここにきてヴォータンの夢を覆すのか。彼女の言い分は「神と人間の境界をなくすことだけは決して許さない」、この一言です。ヴォータンが、彼女は何も知らないだろうとたかをくくった論理を繰り返しても、彼女は全てを知り尽くしているので、全く通用しない。最初にまくし立てて、後でゆっくり追い詰める。フリッカの作戦は恐ろしいものですが、そうでもしないとヴォータンをやり込めることはできないでしょう。彼を知り尽くして、計算済みなのです。多くの方がフリッカは不倫の数々に怒って出てくると思っていますが、歌詞をしっかり読めばよく分かると思います。幸か不幸かフリッカが正しいことを言っているお陰で、「神々の黄昏」があるんですね(笑)




――2019年3月に歌われた『ウェルテル』シャルロット役は、音楽の美しさ、シャルロットの女らしさなどがひしひしと感じられ本当に素晴らしかったです。久しぶりの新国立劇場の舞台はいかがでしたか?

藤村 子どもの頃からウィーン国立歌劇場での全公演欠かさず観ている方が、わざわざ日本に来てこの公演を全て見て帰り、これまた筋金入りのオペラ・ファンの旦那様と、6月の「巣ごもりシアター」の配信も見て「改めて非常に感動した」と連絡をくれました。聴く度に成長を遂げる東響さんも感情のうねりを大きなスパンでキャッチしてくださって素晴らしかったし、舞台を作ってくださるザ・スタッフさんと13年振りにご一緒できたのも個人的に嬉しかったです。サイミール(・ピルグ)の声楽技術と声の波長が私のものとぴったり合って、私にとって歴史的公演でした。



――新国立劇場『ワルキューレ』に向けて抱負を教えてください

藤村 今回のコロナで、生きるって学ぶっていうことだなと、つくづく思っています。逆に言えば「ということは生きてるってことだ」と、私の中の感謝の気持ちは改めて新鮮なものとなりました。欧米では2度目の緊急事態宣言で全ての劇場やホールが閉まり、特に歌手はエアロゾルの関係でキャンセルばかりです。そんな世界の現状の中、日本では感染対策を行っての公演が可能で、私も14日間の隔離を行った上で参加させていただけます。そんな感謝の気持ち満タンで歌いたいと思っています。




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