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『フィガロの結婚』ケルビーノ役 脇園彩インタビュー

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モーツァルト『フィガロの結婚』に登場する〝ズボン役〞、女性を見ると恋してしまう思春期真っただ中の少年ケルビーノを演じるのは、脇園彩。

2019年『ドン・ジョヴァンニ』ドンナ・エルヴィーラ、2020年『セビリアの理髪師』ロジーナで、圧倒的な歌唱だけでなく、人物の心の奥底に迫る演技でも魅了した彼女が、どんなケルビーノ像を見せてくれるか楽しみだ。

イタリアで活動する彼女がコロナ禍をどのように過ごしているか、そして、『フィガロの結婚』について語る。

インタビュアー◎井内美香(音楽ライター)

ジ・アトレ誌1月号より

ロックダウン中は自分の声を改めて知る機会に

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『セビリアの理髪師』2020年公演より

――脇園さんは2020年2月『セビリアの理髪師』にロジーナ役で出演され、ミラノに戻られましたが、その直後にイタリアは厳しいロックダウンとなりました。どのような日々をお過ごしでしたか?

脇園 3月から数か月はロックダウンで本当に家にこもっていなければなりませんでした。私の場合は、同居人がオペラ伴奏を勉強している日本人の若い指揮者だったので、彼と一緒に毎日練習することができたのは幸いでした。それまでは目の前の仕事をこなす忙しすぎる日々を送っていましたが、この期間、歌曲を勉強したり、まだレパートリーではない様々なオペラを試すことができたのです。私の声楽の師であるマリエッラ・デヴィーア先生とも最初はスカイプで、6月からは対面でのレッスンを再開しました。そこで再発見したのは歌うことの純粋な喜びです。歌と真摯に向き合う作業というのは、自分と向き合う作業でもあると思うのですが、自分の声、さらには自分自身を知る良い機会になったと思います。



――11月末にはペーザロのロッシーニ・オペラ・フェスティバルで『セビリアの理髪師』のロジーナを歌われました。公演は無観客のストリーミング配信で行われ、世界中の多くのオペラ・ファンが鑑賞しました。新国立劇場の『ドン・ジョヴァンニ』で共演されたフアン・フランシスコ・ガテルさんが伯爵役、そして今シーズン『ドン・カルロ』に出演予定のミケーレ・ペルトゥージさんもドン・バジリオで出演していらっしゃいましたね。脇園さんは歌唱も演技も圧倒的なロジーナだと感じました。

脇園 コロナ後の初めてのオペラ出演でした。この7か月のおかげで歌に対する向き合い方も変わっていたので、何度も歌ってきた役なのに感覚が全然違っていたように思います。2月には新国立劇場でも歌わせていただき、自分としてはもっと先に進むためにロジーナ役はしばらく離れる頃かと思っていましたが、その後依頼があり、結果的には音楽的にもよく知っているロジーナ役で再スタートが切れて本当によかったです。



――魅力あふれる舞台にコロナ禍も忘れて引き込まれました。この時代だからこそ、芸術の果たす役割は大きいのではないでしょうか?

脇園 そう思います。芸術はやはり人間性と愛の表現だと思うのです。人は困難な状況に置かれて初めて、この瞬間に生きていること、命を持っていることに感謝する姿勢がでてきます。世界は自分だけでなく、皆がつながってより良い方向に進んでいくものであり、芸術はその世界の仕組みを教えてくれます。生きているのは悪いことばかりではないというメッセージを広めていきたいですし、芸術にはその力があると思うのです。私にとっては生きるための灯火が音楽であり、劇場であり、オペラであったので、この大変な時期にオペラが私に授けてくれたものを、これからの時代、少しでも世界に還元していけたらいいなと思っています



声のエネルギーが全て伝わるのはライブならでは

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――2021年2月にはモーツァルト『フィガロの結婚』ケルビーノ役で新国立劇場に戻ってこられます。これまでケルビーノ役は歌っていますか?

脇園 2018年にヴェローナで歌いました。ケルビーノは人物的には掴みどころがない、天使というか妖精というか、捕まえようとすると逃げてしまうようなちょっと人間離れしたところがあります。音楽的には、歌うところは意外と少なくて2つのアリアくらいしかありません。でもそのアリアにモーツァルトが書いた音楽があまりに素晴らしいので、出番が少ないのに深い印象を残す役なのです。ですからこの二つのアリアを中心にどのように人物像を作っていくかということになります。20代にはロジーナのような若い娘やケルビーノのような少年役を身近に感じていたのが、30代に入って自分とは少し違う存在になってきたので、客観的にアプローチできるという良い面と、入り込むまでに少し違和感があるというか、時間がかかる側面が出てきたと思います。自分と違う存在だからこそ想像できる、という方向にバランスをとっていきたいです。



――そういえば脇園さんはメゾソプラノならではのズボン役も実に魅力的です。映像で拝見したモーツァルト『イドメネオ』のイダマンテ役、メルカダンテ『フランチェスカ・ダ・リミニ』のパオロ役などは動きも颯爽としていて理想的な青年を演じていらっしゃいました。

脇園 私は一度スイッチが入ると抜けなくなるタイプなんです。ズボン役を演じる時も、役に入り込むまでは動き方なども「フェミニンすぎる」と言われたりするのですが、入り込むと、普段の生活まで男性脳になるくらい没頭してしまいます。自分の中の男性的な部分がすごく優位に出てくるというか。





――最後に公演への抱負をお願いします。

脇園 ヴィート・プリアンテ、臼木あいさんなど、皆さんと新しく知り合い一緒に音楽を作っていくのが待ち切れない思いです。ホモキ演出の『フィガロの結婚』は学生時代に新国立劇場で観て、息をもつかせない展開の、ミニマルでエレガントな素敵なプロダクションだと思っていたので、自分が出演できるのは本当に嬉しいです。日本で歌うのは私にとっても特別なことですし、新国立劇場で歌う時には皆様がいつも温かく応援してくださるのをひしひしと感じます。声の持つエネルギーが全て伝わるのはやはりライブならでは。このような大変な時期だからこそ、公演を実現してくださる方々に感謝して、音楽への愛を皆さんと共有できることを楽しみにしています。




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