劇場再開・新シーズンに向けて 芸術監督:大野和士 インタビュー


数多くの公演が中止となった春を経て、7月、演劇公演から再開した新国立劇場。
オペラは、秋の新シーズン開幕に向け、あらゆる面での"新しい様式"を検証している。感染症と共に生きる世界でどのようにオペラを上演するか、そのための準備はーー
大野和士オペラ芸術監督が語る。

インタビュアー:井内美香

ジ・アトレ8月号より



kazushiono_B.jpgのサムネイル画像――新国立劇場で2019/2020のシーズン後半に上演される予定だったオペラがいくつも中止になってしまいました。特に3月の『ジュリオ・チェーザレ』は、指揮のリナルド・アレッサンドリーニ氏と演出のロラン・ペリー氏が来日し、稽古も進んでからの公演中止で本当に残念だったと思います。ただ、最後の稽古を撮影した動画を拝見し、「必ずこのオペラは上演したい」、という大野監督の力強いメッセージには希望を感じました。

大野 あの時は辛い声を絞り出しての挨拶でした。皆にどう言ったら良いか分からなかったですね。『ジュリオ・チェーザレ』、そしてワーグナー『ニュルンベルクのマイスタージンガー』などの演目は、近い将来に改めて上演できるように予定しています。ただ、オペラの上演には様々な人が関わっていますから、オーケストラや出演者が新しい時期に空いているのかなどを検討しているところです。嬉しいのは、演出家や出演者たちに連絡を取ると、ぜひ出演したい、ぜひまた新国立劇場に戻りたい、と言ってくださることです。現実的な交渉はこれから進めていきますが、皆さんの声はうれしく受け止めています。

――監督ご自身は、自粛期間中どう過ごされていたのですか?

大野 そうですね、期間中はウォーキングをしていました。おかげで少し痩せたんですよ(笑)。毎日、一万歩くらい歩きました。誰もいない夜の銀座や、汐留などを歩いて。そのような地区に誰もいない風景はこれまで見たことがありませんでしたから、なにか異次元空間のような感じがしましたね。それから、スタジオを借りてピアノを弾いたりしていました。本来なら劇場で上演しているはずだった『ニュルンベルクのマイスタージンガー』を、1日かけて全部自分で弾きながら歌ったり。もう、やけ歌いでした(笑)。何時間もかけて全部頭から、すべての役になって通しています。

――今後に向けての取り組みについて教えてください。大野監督が音楽監督を務めている東京都交響楽団と一緒になさった試演の検証結果が公表され、クラシック音楽ファンの間で広く注目されましたが、新国立劇場に関してはいかがでしょう?

大野 新国立劇場でも検証を始めています。実は今日(インタビューが行われたのは6月25日)は、オーケストラ・ピット内の配置について、オーケストラのスタッフと共に現場で検討しました。楽団員が不安なく演奏できる通気性の良い環境を作れるか、それから楽器編成ごとのディスタンス(距離)のとり方について。重要なのはソーシャル・ディスタンスに加えて、音楽のソーシャル・ディスタンスです。必要な距離を保ちながら、演奏しやすい距離、お互いが聴きあえる距離を探さねばなりません。まずは理論的にどこまでできるのか。ピットと客席を隔てる壁をどうするのか、ピットの深さはどうなるか、なども検討しています。

――クラシック音楽ファンで生の演奏を聴きたい、オペラ・ファンで生の舞台を観たい、と願う方は多いと思います。オーケストラに関してはコンサートを再開したところも多くなってきましたが、オペラはまだこれからです。そして合唱に関しても心配です。新国立歌劇場が誇る合唱団については、再開に向けてどのようなステップを踏んで行く予定ですか?

大野 今日行ったのがオーケストラ・ピットの検証、その次には、また専門家を招いて劇場内の空調の検証が予定されています。空気の流れや、換気はどのくらいの時間でできるのかなどを測ってもらいます。そして次の段階として、オーケストラの楽員が参加しての実演の検証を行う予定です。合唱団については、ソロ歌手が歌う時の飛沫の飛び方などは東京都交響楽団でも調査しましたが、例えばお互い左右にどのくらいの距離をとるべきか、前後の距離はどのくらいとるべきか、それから舞台で動く速さですね。動きながらお互いの距離を守っていけるスピードはどのくらいなのか。そういうことを検討したいと思っています。

夏の夜の夢JACOBS_100-0903V7D2.jpgのサムネイル画像――これからの状況にはまだまだ予測がつかない部分も多いと思いますが、新シーズンの一作目は10 月4日初日のブリテン『夏の夜の夢』ですね。


大野 そうです。まずは9月頭からの稽古を予定通りに再開したいです。演出面など、いくつか制約が出てくる可能性はありますが、それは演出家と協議していきます。それからもうひとつ、インターナショナルな歌手、演出スタッフ、照明や衣裳の方などに就労ヴィザが出るか、という問題があります。キャストに関して言えば、この演目はもともと日本人歌手が多く入っていますが、それ以外の外国からのキャストに関しては、今後、状況がどう変わってくるか予想が難しいところがあります。私共としては、彼らの来日が不可能になった場合に、初日をきちっと開けられるような実力のある日本人のカヴァー歌手の方々に、十分に準備をしておいていただくつもりです(※)。演出に関しては、先日、デイヴィッド・マクヴィカーの演出助手の方と話したところ、「いざとなったらイギリスからスカイプでやるよ」と言ってくれたんです。もちろん日本側にも演出助手を用意し、リハーサルの映像を見せながらやりとりをするわけです。これも新しい様式になるかもしれません!


※オペラ『夏の夜の夢』に出演を予定していた招聘キャストは入国制限措置により出演が不可能となりました。これに伴い、出演者の変更をお知らせしております。詳しくは9月8日付のお知らせをご覧ください。

――とても未来的なお話ですね。

大野 これから始まることは、面白いと思いますよ。その次の演目は、藤倉大さん作曲の新作委嘱オペラ『アルマゲドンの夢』です。劇場が力を入れている新作で、世界的に注目されているのでなんとか実現したいですし、年末は『こうもり』。この演目は合唱が重要な位置を占めますので、その頃までには、リハーサルの環境などがしっかり整っていることを望みます。


生きる喜びを見出すための最高の糧として いつもオペラがそばにあってほしい


内観_s_オペラ劇場1-1.jpgのサムネイル画像のサムネイル画像――今後の状況が不透明なだけに、柔軟な考えと、対応していく実行力が必要になってきます。大野監督は、世界のさまざまな歌劇場で仕事をした経験があるので、そのような柔軟な考え方が身についているのではないですか?

大野 オペラはやはり柔軟性が必要とされる職場ですね。通常時でも、例えば、主役の喉の調子が悪くて急な代役を探さねばならない、などということが起こってきますから。そういう危機管理というのはオペラハウスは常に必要です。今回は、劇場が再開していくにあたって、やはり皆が「本当に安全なんだろうか?」という気持ちを持っていると思うのです。われわれは、まず作り手側の安全を確保しながらゆっくり進めていかないといけませんし、観にいらっしゃる皆さんにも、不安な気持ちで劇場に来ていだくわけにはいきません。特に、クラシックの場合は年配の方も多くいらっしゃいますので。そういうことも考慮しながら、どの部門にとっても優しい再開の仕方を模索していきたいです。


――世界の主要歌劇場がどのように動いていくかというのも指針になりますか?

大野 それも重要です。国によって、劇場によってかなり違いはあるようですが。ただ、ひとつ言えることは、おそらく、今までの国際的な芸術家たち、聴衆、もしくは観光客などが、好きな時に好きに国境を越えていたボーダーレスの世界が、今後は違ってくるのでは、ということです。各国がそれぞれ水際対策をとって、ストップできるものはストップするというのは今は理性的なあり方なのではないか、と思うのです。そうすると、これまでやっていた形でのオペラ上演に代わるアイデアが必要で、それなくして元に戻ることだけを直線的に目標にすることはもうできなくなってくるのでは、と思いますね。

――この新しい状況は、より多くの日本のオペラ歌手が新国立劇場の舞台で歌う、ということに繋がるかもしれないですね?

大野 国内の歌手の皆さんにはチャンスが巡ってくると思います。それはぜひ受けて立っていただきたいですね。

――ジ・アトレ会員の皆様から、劇場に対する応援がさまざまな形で届いているそうです。大野監督から会員の方々へのメッセージはありますか?

大野 皆さんに一番お伝えしたいことは、新シーズンはできる限り公演中止は考えないということです。もちろん、感染症の広がり具合によって、劇場の閉鎖を余儀なくされる場合があるかもしれませんし、臨機応変にいろいろ対応を迫られることは当然なのですが、それ以外では公演の中止をしない。どのような形であれ、公演は絶対にやります。それが一番強く、皆さんにお伝えしたいことです。

――とても心強いです。私たちは劇場の再開を首を長くして待っていますので。

大野 芸術にはとても重要な役割があります。今回に関しては、まず人間の生命を救うことが一番大切だったわけです。その次に、人間の生命が維持されるためには、社会活動を普通に営み、経済活動をしていく必要があります。これが二番目に来ます。そして三番目に何があるのかを考えた時に、感動する、ということ。これは人間にとって、もっとも美しい、人間にしかない、人間として生まれてきた意義とも言えることです。この三つが重ならないと人間にならない。そして、心を揺さぶるきっかけを与えるのが芸術文化であり、オペラはその中でも、文学、美術、音楽の世界が総合されたものです。人間が生きる喜びを見出すための最高の糧として、いつもオペラがそばにあってほしい。私たち劇場人は、いつでもそれを提供できる状態でいたいのです。5つの演目を連続でキャンセルして、私たち自身が悲しくため息をついていた、その時期は終わりました。人間として一番大切な部分を刺激するために、私たちはもっとクリエイティヴでありたい。劇場に行けばそれが得られるのだ、と皆さんに再び思って欲しいのです。劇場を再開するにあたり、最初のうちは、お客様にもいろいろお願いすることがあると思いますが、皆さんのご協力をもとに、オペラは復興していくと思います。