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ブリテンが再創造するシェイクスピアの夜と夢―――『夏の夜の夢』の幻想的な世界―――


向井大策

ジ・アトレ5月号より(抜粋)


 オペラの歴史は、アダプテーションの歴史でもあると言ってもいい。「アダプテーションadaptation」とは、「翻案」とも訳されるが、既存の文学作品を舞台作品や映画、アニメーションといった異なる表現媒体に移し替えること、あるいはそのようにして新たに出来上がる作品のことを指す。原作は読んだことはなくとも、その翻案作品は観たことがあるというようなことがしばしば生じるように、私たちの文化的な日常にアダプテーションは広く浸透している。またときには、アダプテーションが原作のイメージを上書きしてしまうことすらある。

 オペラにおいても、作曲家や台本作家たちは、様々な文学作品をオペラへと「アダプト」することで、その豊かな歴史を紡いできた。アダプテーションとは、原作をただ異なる表現媒体に置き換えるだけではない。オリジナルが新たな媒体や文脈に置き換えられ、作曲家や台本作家たちの独自の視点で物語が捉えなおされるとき、そこに新たな創造的価値が生まれる。さらにオペラにおいては、文学を音楽という別の記号体系に置き換えるため、固有の創造上の問題も生じる。しかし、そうした創作上の課題ですら、オペラの創作者たちにとっては、新しい再創造の種子となるのだ。



シェイクスピアをオペラにする

ウィリアム・シェイクスピア

 ベンジャミン・ブリテン(1913~76)は、その生涯に16作ものオペラを残した。同様に数多くの歌曲も手がけたブリテンは、20世紀の作曲家の中でも、最も「文学的」な作曲家の一人だった。

 出世作である『ピーター・グライムズ』(1945)の着想源となったジョージ・クラブの詩『町』から、最後のオペラ『ヴェニスに死す』(1972)の原作であるトーマス・マンの短編小説にいたるまで、彼がオペラの原作に選んだ文学作品は非常に多岐にわたる。なかには、中世イングランドの教会劇や能の『隅田川』といった歴史的・地理的に離れた題材もあれば、ヘンリー・ジェイムズや、メルヴィルなど、内容が心理的かつ難解で、およそ舞台化には不向きなようにも思われるものまで含まれる。オペラを通して世界と人間の多面性を描き出そうとする題材の選択の幅広さそのものが、この作曲家の卓越した文学的感性を物語る。

 そして、シェイクスピアである。ブリテンの10作目となるオペラ『夏の夜の夢』は、1960年、オールドバラ音楽祭の本拠地であったジュビリーホールの改修後の再オープンのために作曲された。自身が創設した地元での音楽祭のために新作オペラを書くという計画が、深刻で晦渋な題材よりも、親しみやすいシェイクスピアの喜劇の方向へと向かったのは自然なこととも言える。

 『夏の夜の夢』をオペラ化するにあたって、ブリテンはシェイクスピアの原作から新たにオペラ用台本を創作するのではなく、シェイクスピアの戯曲のテクストそのものを用いた。しかし、シェイクスピアの戯曲全体にそのまま音楽を付けたとしたら――ブリテン自身の言葉を借りれば――「ワーグナーの『指環』と同じくらい長いオペラになってしまう。」そこでブリテンはピーター・ピアーズと一緒に作業を行い、テクストの量を約半分にまで縮め、全5幕からなる原作の戯曲を3幕分の長さに凝縮した。原作からの一番大きな変更は、ライサンダーとハーミアの駆け落ちまでの経緯が描かれる原作の第一幕が全て削除されたことだ。この変更によって、オペラは原作の第2幕、夏至の夜の森の部分から始まる。そして、妖精たちが集う魔法の森こそ、「夜と夢の世界に幼い頃から奇妙な魅力を感じてきた」と語るブリテン自身の想像力を強く捉えたものでもあった。



ブリテンの響きの魔法

マクヴィカー演出『夏の夜の夢』モネ劇場公演より

 オペラ『夏の夜の夢』において、冒頭の前奏部分から、弱音器付きの弦楽器がグリッサンドで奏でる不思議な響きによって私たちは魔法の森へと誘われる。ブリテンは音楽の様式を巧みに使い分け、物語を構成する3つの世界――2組の恋人たち、6人の職人たち、そして妖精たち――を描き分けているが、その中でも、とりわけ見事に再現されるのが、この妖精たちの世界だ。

 このオペラの魅力の一つは、ブリテンが巧みに操る響きの魔法にある。オーケストラは小編成に絞られているが、他方、2台のハープ、チェンバロ、チェレスタ、ヴィブラフォン、グロッケンシュピール、ゴングなどの楽器がふんだんに使用され、ガムランを彷彿させる「異国風」の音色を響かせる。ブリテンの他のオペラにおいても、ガムランの響きは理想化された超自然の世界を象徴するものとしてしばしば登場する。『夏の夜の夢』においても、魔法と眠りが支配する妖精たちの森の世界が、煌めくようなガムランの音色によって幻想的に彩られていくのである。また、ブリテンにとってガムランの音色は官能性を象徴するものでもあり、『夏の夜の夢』ではオーベロンが用いる惚れ薬の力を暗示するかのように、ミステリアスなチェレスタのモティーフが聴こえてくる。

 妖精の王オーベロンは、この声種のリバイバルに貢献したカウンターテナー、アルフレッド・デラーを想定して書かれた役である。性差を超えたカウンターテナーの声を用いることで、ブリテンは妖精の王という非現実的なキャラクターを見事に音楽化した(ブリテンはのちに、最後のオペラ『ヴェニスに死す』でも、アポロンの役にカウンターテナーを用いることとなる)。一方、狂言回しのパックは語り役の「曲芸師」が演じる。パックの登場は、必ずトランペットと小太鼓を伴う。ブリテンはこのアイデアをストックホルムでスウェーデン人の子どもの曲芸師を見た体験から着想したという。

 そして、妖精たちを演じるのは、少年合唱である。妖精たちこそ、このオペラの隠れた主役だと言ってもいい。第2幕の終わりで2組の恋人たちを眠りへと誘う妖精たちの合唱は、このオペラの中でも最も美しい瞬間の一つだ。子どもたちの歌う旋律は子守唄のように単純そのもの。しかし、この旋律を伴奏する四つの交替する和音の中には十二の半音が全て使われ、交替する度に色合いを繊細に変化させる。シェーンベルクの十二音列と同じ発想によりながらも、その結果生まれてくる響きは、夢のようにはかない美しさと安らぎをたたえる。無垢な子どもたちの視線で夜と夢を描き出すことで、ブリテンは彼独自のシェイクスピアの世界を再創造したとも言える。

 新国立劇場の舞台にブリテンのオペラがあがるのは、2012年に上演された『ピーター・グライムズ』以来、実に8年ぶりのことだ。ブリテンの幻想的な夢と魔法の世界に期待が高まる。




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