『椿姫』ヴィオレッタ役 ミルト・パパタナシュ インタビュー


愛のために華やかな暮らしを捨て、愛のために愛を諦める、

美しくも哀しいヒロイン、ヴィオレッタを演じるのは、ミルト・パパタナシュ。

世界各地の名門歌劇場でオペラ・ファンを魅了し続けているプリマドンナが、

9年ぶりに新国立劇場に帰ってくる。

パパタナシュにとってヴィオレッタは、急遽代役として出演しオペラ・デビューを果たした役。

ヴィオレッタと共に歌手人生を歩んでいる彼女に、『椿姫』の魅力についてうかがった。



インタビュアー◎井内美香(音楽ライター)

「ジ・アトレ」7月号より


ヴィオレッタという役を
熱愛しています


ミルト・パパタナシュ

――2010年『フィガロの結婚』伯爵夫人以来の新国立劇場への再登場が決まりました。

パパタナシュ 新国立劇場が美しい劇場だったことをよく覚えています。カンパニーとしても皆さんがとても親切で、オーガナイズが良く、オーケストラの質も高かったです。ヴェルディの傑作で新国立劇場に戻れるのはとても嬉しいことです。



――子どもの頃に合唱団に入られていたそうですね。小さい頃から音楽が好きだったのですか?どのようにして声楽家を目指すことになったのでしょう。

パパタナシュ 5歳の時に児童合唱団に入りました。生まれ育ったギリシャのラリッサにある合唱団です。18歳まで歌っていました。これは両親の影響で、2人はアマチュアの合唱団で知り合って結婚したのです。両親はプロフェッショナルの音楽家ではありませんでしたが音楽を深く愛していました。私がオペラ歌手になったのも、家族がいつも音楽に囲まれていたからでしょう。



――ギリシャの音楽院で学ばれた後、ミラノでさらに研鑽を積まれましたが、ミラノでは素晴らしい先生に出会われたそうですね。

パパタナシュ 高校の後、大学で音楽学を学びました。同時にテッサロニキ音楽院で声楽の勉強をしたのです。そしてギリシャ政府の奨学金を獲得し2年間ミラノに留学しました。ミラノではロベルト・コヴィエッロという先生につきました。彼はバリトンでしたが、私にとっては滅多に出会えないような偉大な先生でした。歌手にとって自分に合った良い先生を見つけることはとても大切です。発声、呼吸など学ぶことはたくさんありますし、プロとして舞台で歌う前に確固たる技術を習得しなくてはなりません。



――現在、世界の檜舞台に立たれているあなたの輝かしい活動をスタートさせるきっかけは、2007年のローマ歌劇場デビュー公演です。その時の役がヴィオレッタだったわけですが、ビッグチャンスを若くして獲得された経緯とは?

パパタナシュ ある日、私のエージェントが連絡してきました。ローマ歌劇場で『椿姫』のソプラノ歌手が出演できなくなってしまい急遽代役を探していると。指揮はジェルメッティ、演出はフランコ・ゼッフィレッリ。私は、アリアは知っていましたが『椿姫』のオペラ全曲を勉強したことはありませんでした。エージェントに2日間待ってもらい役を検討した後、「やります、ローマに行きます」と伝えました。

 ローマでゼッフィレッリとのリハーサルが始まりました。私はまだ役を完璧に覚えていなかったので心配で一杯でした。ゼッフィレッリは皆に「休憩にしよう」と言ってから私を呼び、「なぜ神経質になっているんだい?」とたずねたのです。私は「マエストロ、急に勉強したので、まだ役を完全に覚えていないんです」と答えました。ゼッフィレッリは微笑み「君には情熱がある。僕がサポートするから心配しないで。素晴らしいデビューになるよ」と言ってくれました。それで私は安心してリハーサルに打ち込むことができたのです。こうして、ヴィオレッタ役は私の一番の当たり役になりました。



――初めて歌ってから10年以上、多くの舞台でこの役を歌われています。あなたのヴィオレッタ像に変化はありますか?

パパタナシュ 人間は内面的に成長します。それに従って声も役作りも変わっていくと思います。ヴィオレッタは、繊細な感性を持った女性です。おそらくヴィオレッタは最初から、アルフレードとの生活は続かないという予感をもっていたでしょう。彼女の送ってきた生活と、彼が属する社会はかけ離れていました。でも彼女は賢い女性でした。彼女は自分が不治の病にかかっていて若くして死ななければならないことも理解していたと思います。アルフレードを父親に返したのも、自分の過去を清めようとしたからですね。ヴィオレッタの犠牲は、彼女が死ぬ時に自分自身に対して後ろめたくない状況でいられるための唯一の方法だったのだと思います。



――この役を歌っていてどこに魅力を感じますか?

パパタナシュ 私はヴィオレッタという役を熱愛しています。ヴェルディはこの役に、歌手として歌うだけではなく、女優として演じる可能性を与えてくれました。『椿姫』は様々な色に彩られているオペラです。純粋で透明感があり、第1幕は輝かしく、最後には暗い色彩に覆われます。そして第2幕、ジェルモンとの二重唱における、美しいレガートで歌われるフレーズの数々。「純粋で美しいあなたのお嬢さんに伝えてください」と歌う部分はとても神秘的な雰囲気をたたえています。





オペラは人生そのもの

『椿姫』リハーサル風景

――当たり役のヴィオレッタのほか、ロッシーニやモーツァルトはもちろんのこと、古楽から20世紀オペラ作品まで、たいへん幅広いレパートリーをお持ちです。今後レパートリーにしていきたい作品はありますか?

パパタナシュ 私のレパートリーは広く、バロックではヘンデル、それにモーツァルトもよく歌います。モーツァルトは私が思うに、オペラ歌手にとって声の健康を保つのにとても良い作曲家なのです。ですからできる限り長くモーツァルトを歌っていきたいと思っています。今後、歌いたいのはヴェルディ『オテロ』デスデーモナや『ルイザ・ミラー』、ドニゼッティ『マリア・ストゥアルダ』『アンナ・ボレーナ』。それに『イル・トロヴァトーレ』レオノーラも舞台で歌いたいと思っています。



――これまで数々の名指揮者、名演出家とコラボレーションされてきました。巨匠から若い世代で非常に幅広く、多くの音楽家たちから信頼を得ていることが分かります。アーティストとのコラボレーションのなかで、あなたがもっとも心に残っていることは何でしょう。

パパタナシュ 何よりもまず、私は同僚たちとのハーモニーの中で仕事をしたいと思っています。オペラは人生そのものです。あるプロダクションで一緒に歌った後、10年もたってからまた再会することだってあります。それでもすぐに舞台でのケミストリーが戻ってくるのです。



――仕事と家族との時間のバランスは?

パパタナシュ 私はまだ小さい娘の母親でもあります。親になったことで自分も変わった部分があると思うのです。母親になると、それまで自分でも知らなかった信じられないような力が出てきます。仕事も大切ですが家族は私にとって欠かせない存在で、両方をこなしていくのは大変ですが、自分の時間、家族との時間、そしてバカンスの時間を取ることは大切です。ギリシャ人ですから海も欠かせません(笑)。声も体も頭も休めて次に向かっていきます。



――最後に、あなたの再来日を待望する日本のオペラ・ファンにメッセージを。また、来日時に行ってみたいところ、やってみたいことなどありますか?

パパタナシュ 知人友人にアドヴァイスをもらって、美しい場所を訪れたいと思っています。私は和食も大好きなので、その意味でも日本に行くのは楽しみです。

 みなさん、オペラに来てください。音楽を愛して素敵な人生を送ってください。劇場でお待ちしています!




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