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『ドン・パスクワーレ』タイトルロール ロベルト・スカンディウッツィ インタビュー


新制作『ドン・パスクワーレ』は、新国立劇場で初上演となる今回の公演のために、名歌手たちが勢ぞろいする。

タイトルロールを歌うのは、人気も実力も世界屈指のイタリアの名バス、ロベルト・スカンディウッツィ。

ヴェルディ作品を数多く歌うスカンディウッツィだが、

ヴェルディに適した気品ある声ゆえに、『ドン・パスクワーレ』の面白さがより増すという。

新国立劇場に19年ぶりの登場となるスカンディウッツィに、

ドニゼッティのオペラ『ドン・パスクワーレ』の魅力についてうかがった。



インタビュアー◎井内美香(音楽ライター)

「ジ・アトレ」6月号より


ローマの古き良きブルジョアの生活が
よく表れた物語


ロベルト・スカンディウッツィ

――スカンディウッツィさんは特にヴェルディを得意とするバス歌手として世界の歌劇場で活躍されています。日本でも新国立劇場では2001年12月に『ドン・カルロ』に出演し、その後も、東京フィル定期演奏会の『レクイエム』、フィレンツェ歌劇場日本公演『運命の力』などヴェルディを多く歌われてきました。

スカンディウッツィ ヴェルディのバスの役柄は私の声に適しているんですよ。たとえば『シモン・ボッカネグラ』のフィエスコ役は、これまでトータルで471公演歌っています。自分で数えただけですから、本当はもう少し多いかもしれません。



――それは大変な記録です!一方では来シーズンの新国立劇場『ドン・パスクワ―レ』のようなオペラ・ブッファにも出演されていますね。

スカンディウッツィ このような喜劇に出演するようになったのは比較的最近のことです。私は若い頃からバッソ・ノービレ(気品のあるバス)と呼ばれる役柄を選んで歌ってきましたが、50歳を過ぎて、これからはもう少し楽しい役を歌いたいと思うようになったのです(笑)。それに自分が歳をとり、アーティストとして成熟したからこそ自然に演じられる役柄もあります。喜劇で歌う機会が一番多いのはロッシーニ『セビリアの理髪師』のドン・バジリオですが、『ドン・パスクワ―レ』のタイトルロールも大好きです。



――この役をどのように演じられますか。

スカンディウッツィ 『ドン・パスクワ―レ』は、イタリア人にとってはいかにもローマらしい物語です。例えばプッチーニの『ジャンニ・スキッキ』はフィレンツェを、ヴォルフ=フェラーリの『4人の頑固者』はヴェネツィアの特徴を巧みに表現しているように、『ドン・パスクワ―レ』には19世紀のローマの古き良きブルジョアの生活がよく出ているのですよ。ドン・パスクワ―レは功成り名遂げた紳士で、あの歳になって結婚を考えることになりますが、彼は全てにおいて真面目すぎて、それゆえに傍から見ると滑稽なのです。私はシリアスなタイプのバスで、バッソ・コミコ(コミカルな役を演じるバス歌手)ではありません。ドン・パスクワ―レは、本人がおどけた演技をするのではなく、彼の真面目さが周りの笑いを誘うのです。そういう意味で、私の声によく合った役柄だと思っています。





様々な引き出しが必要な役
それだけにやり甲斐があるのです

トリエステ歌劇場公演より ©Fabio Parenzan

――ドニゼッティ、ベッリーニなどのベルカント・オペラとよばれるジャンルのイタリア・オペラの魅力はどこにあるとお考えですか。

スカンディウッツィ なんといっても旋律美だと思います。聴衆の感受性に直接訴えかける力を持っているのです。イタリアで私くらいの世代まで盛んだったカンツォーネというポピュラー・ソングは、ベルカント・オペラからの伝統を受け継ぐものでした。例えばこの曲(と言って、ベッリーニ『夢遊病の娘』のヒロインのアリア「ああ、信じられないわ 花よ」の出だしを歌う)などは、そのままカンツォーネに流用してもヒットしそうです。レガートを使った旋律を歌詞の表現のために使う。趣味の良さ、繊細さがベルカント・オペラの魅力です。



――ドニゼッティの数あるオペラ・ブッファの中でも『ドン・パスクワーレ』は音楽も充実していますし、単に面白おかしいだけでなく、悲しみや皮肉が効いた内容を持っていますね。

スカンディウッツィ とても完成度の高い作品です。このオペラの上演では、登場人物それぞれに割り当てられた声の特徴を際立たせることが重要です。例えば、バリトンのマラテスタはドン・パスクワーレとは違った若々しく柔軟性に富んだ声で歌われるべきです。エルネストを歌うテノールも純粋なリリックな響きが求められますし、ノリーナのソプラノも声に個性が必要です。ドン・パスクワーレは、喜びやときめきから、怒り、悲しみ、深刻さまでを歌い分けます。特に若いノリーナに平手打ちをくらったときに歌うフレーズは、彼のこれまでの生涯で最も惨めな瞬間を表現します。さまざまな引き出しが必要な役で、それだけにやり甲斐があるのです。



――このオペラの中でドン・パスクワーレはあまりにも酷い目にあうと思いませんか?

スカンディウッツィ 本当です。ドン・パスクワーレはここまでの扱いを受けるような悪いことは何もしていないのに。でも「真面目な男が可哀想に」という同情を誘うためにも、私の深刻そうな声が役に立つわけです(笑)。



――皆に騙されたのにも関わらず、オペラの最後にドン・パスクワーレは若いカップルに祝福を授けます。あの場面で彼はどのような気持ちでいるのでしょう。

スカンディウッツィ 彼があの場で感じているのは解放感、安堵の気持ちですね。真面目に生きてきた男が、熟年になって気の迷いから小さな間違いをおかしますが、あの時点で我に返るのです。問題が解決したことを天に感謝し、ほっと胸をなでおろす。ドン・パスクワーレは尊厳を取り戻します。



――今回の『ドン・パスクワーレ』のプロダクションは、ミラノ・スカラ座で初演された名舞台です。このステファノ・ヴィツィオーリの演出はご存じですか。

スカンディウッツィ この舞台は観ています。素晴らしい演出です。スペースの使い方が自由で、登場人物たちの人間関係に主軸を置きます。芝居の進行が滑らかで、状況がはっきりと示されるのです。ステファノは本当に手腕のある演出家だと思います。名前を出すことはしませんが、演出によっては自分自身のアイデアに固執するあまり、作品をないがしろにしてしまう場合があるのです。彼はその点、自身が優れた音楽家でもあるので、作品を理解し、その意図を尊重できる。それこそがオペラの正しい在り方だと思います。



――近年は、舞台出演の合間を縫って、コンクールの審査員をなさったり、マスタークラスで教えることも多いスカンディウッツィさんですが、若い歌手たちが良い声を長く保つためには何をすべきとお考えでしょうか。

スカンディウッツィ 声は一人一人違いますから、答えも相手によってまったく違うものになりますが。一般的に言えることは、声はとてもデリケートな楽器なので、正しいレパートリーを選ぶ能力が必要だということです。新しい役に挑戦するときは、限界を超えないように注意深く進むこと。さもないと馬の脚を折ってしまうことになりかねません。良い先生につくことも大切ですが、最終的に判断するのは自分自身です。自分の限界が分からなければなりません。残酷なことを言うようですが、人には向き不向きがあります。私が医者になれないのと同じように、歌手に向かない人もいます。でもまずは、なんでも手当たり次第に歌うのではなく、自分に向いたレパートリーを探すことが重要だということを理解してほしいと思います。



――貴重なアドバイスをありがとうございます。最後に、日本のオペラ・ファンにメッセージをお願いします。

スカンディウッツィ また日本で歌えてとても幸せです。昔からの友人知人との再会も楽しみにしています。皆さんが『ドン・パスクワーレ』の舞台を心から楽しんでくださることを願っています!




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