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オペラ「ファルスタッフ」フォード役 マッシモ・カヴァレッティ インタビュー


12月はオペラ『ファルスタッフ』で、素晴らしい音楽と、ヴェルディの人生観を味わおう。この公演でフォード役を歌うマッシモ・カヴァレッティは、多くの名歌手を輩出しているミラノ・スカラ座アカデミー出身で、世界各国の歌劇場で活躍中。彼の当たり役であるフォードについて、笑顔いっぱいで話してくれた。



<下記インタビューはジ・アトレ8月号掲載>

フォード役はまさにヴェルディ・バリトン
彼なしでは物語は進行しません


マッシモ・カヴァレッティ

─カヴァレッティさんは歌劇場の引っ越し公演などで日本で何度か歌っていらっしゃいますね。初来日はいつですか?

カヴァレッティ(以下C) 2007年です。ベルガモ・ドニゼッティ歌劇場の『ランメルモールのルチア』のエンリーコ役でした。実はその時の公演で最も印象に残ったのが日本の聴衆でした。皆さんが舞台に集中して聴いてくださるだけでなく、広い知識と深い愛をオペラに対して持っていることに感動すら覚えました。

─その後、日本では2013年のミラノ・スカラ座日本公演と2014年のサイトウ・キネン・フェスティバルで『ファルスタッフ』のフォード役を歌われています。この役のロール・デビューはいつですか?

C 2010年、チューリッヒ歌劇場でのダニエレ・ガッティ指揮の公演が初めてのフォードでした。『ファルスタッフ』では本当に恵まれていて、最も重要な指揮者や演出家と共演してきました。ダニエレ・ガッティしかり、2013年のザルツブルク音楽祭でのズービン・メータ、サイトウ・キネン・フェスティバルでのファビオ・ルイージ、ミラノ・スカラ座のダニエル・ハーディングといった具合です。なかでもサイトウ・キネン・フェスティバルの舞台は演出も素晴らしく、輝くような舞台で歌手も生き生きとして、本当に素晴らしい経験となりました。あとダミアーノ・ミキエレットが演出をした2013年のザルツブルク音楽祭の舞台も印象深かったですね。

─フォードとはどんな人物だとカヴァレッティさんは解釈されていますか?

C フォードは上昇志向の強い野心家で、とても嫉妬深い人物です。その嫉妬深さは妻に対してのみ向けられるものではありません。しかしそんな彼も最後には人生において最も大切なものに気がつきます。それは妻への愛、家族への愛で、そこにこそ幸せがあったのです。でも、面白いことに、真実を見出すのはフォードだけではありません。オペラの最後には登場人物全員が自分自身の真の姿を見つめることになるのです。

─つまり、フォードがこの物語の全てを動かすキーパーソンになっているのですね。

C その通りです。フェントンとナンネッタの恋愛も彼なくしては展開しなかったでしょう。このオペラの物語はフォードなしでは進行しないと言っても過言ではありません。フォードはまさにヴェルディのオペラのバリトン役、ヴェルディ・バリトンなのです。もちろんファルスタッフもバリトンですが、彼はもっと象徴的な存在ととらえるべきでしょう。アリア「夢かまことか」や二重唱にも表れていますが、フォードは決して単純な感情の持ち主ではなく、人間的で複雑な面を持った人物なのです。それだけに歌う側に求められるものが多く、低音やファルセットといったテクニックも必要となります。


人生を壮大な喜劇と考えれば
一日一日をもっと楽しめる!とヴェルディが語っているよう

─『ファルスタッフ』はヴェルディ最後のオペラであり、彼のオペラの中では珍しい喜劇です。作曲家自身が楽しみながら作曲した作品だと、歌いながら感じますか?

C 楽しんで作曲した、と言うよりも、『ファルスタッフ』は、音楽家、あるいはスコアを深く読み込むような音楽ファンのために生み出された作品、といった感を強く受けます。高い技術と音楽性を音楽家に求める作品ですが、同時に大きな喜びと楽しさをも与えてくれる作品なのです。『ファルスタッフ』は純粋に観て楽しむこともできますが、より深く掘り下げて聴けば一層楽しめるオペラです。言葉のひとつひとつに、音符のひとつひとつに全て意味があり、それぞれのアリアや最後にみんなで歌う大フーガにはヴェルディの考えが見事に織り込まれていると言ってよいでしょう。簡単な作品ではありませんが、歌っていてとても楽しくなるオペラです。本当に音楽が素晴らしいのです。

─最後のフーガとは「世の中はみな冗談、人間はすべて道化師」と歌うフーガですね。

C ええ。この作品はまるで強大な建造物のようです。例えば第1幕第2場の、本当に楽しくて面白い四重唱もあれば、アリアや二重唱、といった具合に様々な形態が味わえる構成になっているのです。そしてその音楽に向こうには、長い人生経験を積んだ作曲家の人生観が見事に映し出されています。ファルスタッフが川岸で自分について語る場面がありますが、それは特定の人物の人生と言うよりも、まさに一人の年老いた男性の過去であり、そこにヴェルディ自身の姿が投影されていると私は考えます。そして最後に「世の中はみな冗談!」と締めくくる。これはまさに様々な経験を経た大作曲家が到達した人生観なのではないでしょうか。もしも人生を壮大なる喜劇と考えるならば、人生の一日一日をもっと、もっと楽しめる! とヴェルディが言っているようです。

─ところで、カヴァレッティさんはミラノ・スカラ座アカデミーで研鑽を積まれたとのことですね。

C はい。アカデミーではテクニック、解釈、オペラ史、音楽史、演技、言語、といったオペラに関わる全てを学びます。そして毎シーズン、生徒だけでコンサートとオペラを一回上演します。私もアカデミーでオペラ歌手として必要なことを多く学び、素晴らしい先生、先輩、仲間と出会いました。その中でも心から尊敬し、師と仰ぎ、今でも新しい作品に挑むときにアドバイスを仰ぐのが、レオ・ヌッチです。彼は本当に偉大なバリトンで、彼の録音を聴くだけでなく、舞台も多く観てきました。彼は私がキャリアを歩み出してからも、いろいろな面で助けてくださいました。今では良き友でもあります。

─10代の頃は、通信技術のエンジニアという最先端テクノロジーの分野を目指されていたそうで。科学的論理性や客観的で分析的な思考がオペラに役立っている部分はありますか?

C どうでしょうか。意識したことはありませんが、自分のホームページの作成や、そういった技術を使うことには不自由しません(笑)。あと、2007年に日本にうかがったときには、小さな専門店が並ぶ秋葉原の一角をいろいろ見て周り、パソコンを自作しました。本当に楽しかったです!

─最後に読者にメッセージをお願いします。

C 日本にうかがうのを、そして皆様の一人一人とお目にかかるのを心から楽しみにしています。日本ほどオペラに対して情熱と愛を持ち、温かな友情を示してくれる国はありません。新国立劇場で歌うのは初めてですが、何の心配もしていません。絶対に素晴らしい劇場だと思いますし、素晴らしい聴衆がいらっしゃるのは疑う余地もないことですから。

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