オペラ芸術監督 大野和士


世界を取り巻く厳しい情勢の影響は、新国立劇場にとっても例外ではなく、2023/2024シーズンは新制作2演目、レパートリー7演目というラインアップでお届けすることになりました。

新国立劇場は近年、英国のオペラ雑誌「Opera Now」や、ドイツのオペラ雑誌「Opernwelt」の特集を飾り、日本人作曲家委嘱シリーズ第一弾の西村朗『紫苑物語』もインターナショナル・オペラ・アワードにノミネートされるなど、世界のオペラ界でも大きな注目を集める存在となっております。困難な時代こそ音楽の持ちうる力を信じ、劇場が一丸となって、聴衆の皆様に至福の音楽体験をお届けする所存でおります。

23/24シーズンの新制作としまして、現在エクサン・プロヴァンス音楽祭の総監督である演出家ピエール・オーディを迎え、ヴェルディの最後期の作品が生み出される先駆けとなった『シモン・ボッカネグラ』の新国立劇場初演を行います。主役のシモン・ボッカネグラにはロベルト・フロンターリ、娘アメーリアにはイリーナ・ルング、フィエスコには名バスのリッカルド・ザネッラート、アメーリアの恋人役のガブリエーレにはルチアーノ・ガンチほか、世界の第一線の歌手が揃い、貴族社会と平民社会、それとボッカネグラとアメーリアの間の親子の確執が、胸をえぐるような深い劇的な波となって皆さんの心に刻まれることでしょう。

もう一つの新演出はプッチーニ『修道女アンジェリカ』とラヴェル『子どもと魔法』です。『修道女アンジェリカ』は、修道院の中での事件として登場人物が全員女性であるという、「三部作」の中でも特異な存在です。主人公のアンジェリカは未婚の母だったため、子どもと引き離されて修道院へと入ります。子を思い続けて過ごした彼女は7年後に息子の死を知り、悲しみのあまり息を引き取って昇天しますが、天国に迎え入れられる際の音楽はプッチーニのオペラのどの作品よりも、神々しさに満ち溢れています。
一方、ラヴェルの『子どもと魔法』は、いたずらをしたり、悪いことばかりしてお母さんを困らせていた子供が、いじめていた動物たちや壊した食器や時計など、自分が乱暴に扱っていたもの全てに仕返しを受け追い詰められるという「悪夢」の世界に追いやられていきます。そんな悪夢のような状況から男の子を助けてくれる呪文は、最愛の「ママ」という言葉でした。今回のダブルビルは、人間の愛の中でもっとも純粋な“母と子の愛”をテーマにしています。
指揮には16年間びわ湖ホールの芸術監督を務めオペラを極めている沼尻竜典、アンジェリカには名花キアーラ・イゾットン、公爵夫人には気品を湛えたマリアンナ・ピッツォラート、また『子どもと魔法」の子ども役として世界中で引く手あまたのクロエ・ブリオ、そしてそれに加えて齊藤純子、河野鉄平、塩崎めぐみ、郷家暁子、小林由佳という日本の実力派歌手を揃え、粟國淳による堂々の新演出でお届けします。

さてレパートリーでは、なんといっても13年振りに、ワーグナー作曲『トリスタンとイゾルデ』が再演されます。光と闇によって愛の喜びと苦悩を表現し尽くして大きな話題となったデイヴィッド・マクヴィカーの演出が、新国立劇場の舞台に帰ってきます。イゾルデにはエヴァ=マリア・ヴェストブルック、トリスタンにはトルステン・ケール、クルヴェナールにはエギルス・シリンス、マルケ王にはヴィルヘルム・シュヴィングハマー、そしてブランゲーネには藤村実穂子という当代随一と言える歌手が揃いましたので、トリスタン和音が表す解決のない愛の世界に身を浸していただけることでしょう。

『こうもり』指揮は、新進気鋭の指揮者としてメキメキと頭角を表しているパトリック・ハーン。オルロフスキー公爵にはキリリと引き締まった端正な舞台姿で聴衆を魅了するタマラ・グーラ、アデーレにシェシュティン・アヴェモ。

『エウゲニ・オネーギン』のタチヤーナ役には、世界の著名歌劇場を席巻しているエカテリーナ・シウリーナ、主役オネーギンには最近モネ劇場の同役で絶賛を博したユーリ・ユルチュク。

『ドン・パスクワーレ』は、なんといってもミケーレ・ペルトゥージが同役で新国立劇場に初登場します。そしてマラテスタには上江隼人、エルネストにはフアン・フランシスコ・ガテル、ノリーナにはラヴィニア・ビーニという世界中のベルカント歌手が結集しているので、何とぞご期待ください。

『椿姫』では我が国が世界に誇る中村恵理がヴィオレッタを歌います。成熟を増す中村恵理がどのようなヴィオレッタを私たちの前に披露してくれるか、興味はつきません。実力派指揮者フランチェスコ・ランツィロッタ、アルフレード役にはリッカルド・デッラ・シュッカという強力な布陣が名花中村を支えます。

『コジ・ファン・トゥッテ』はオペラ経験豊富な実力派飯森範親が指揮。恋人と哲学者役にはセレーナ・ガンベローニ、ダニエラ・ピーニ、ホエル・プリエト、フィリッボ・モラーチェと名歌手が揃い、そこにくすぐるような愛嬌を振りまくデスピーナ役には九嶋香奈枝。

『トスカ』の指揮者は、イタリアの巨匠マウリツィオ・ベニーニ。新国立劇場でも来る5月の『リゴレット』で、聴衆を魅了した『セビリアの理髪師』(98年)以来実に25年ぶりの登場が待ち望まれているところですが、今回は大変ドラマティックな『トスカ』が期待されます。タイトルロールにはレバノン出身、オタワ大学で学んだ美貌の歌手ジョイス・エル=コーリー。マゼールやムーティなどに認められキャリアを築いた実力派です。カヴァラドッシは、オペラ夏の祭典2019-20『トゥーランドット』で日本デビューしたテオドール・イリンカイの再登場。華やかな舞台が期待されます。

また来シーズンも至るところで、新国立劇場合唱団の実力を皆様にお示しできることもお約束したいと思います。

劇場で皆様をお待ちしております。


オペラ芸術監督 大野和士


世界を取り巻く厳しい情勢の影響は、新国立劇場にとっても例外ではなく、2023/2024シーズンは新制作2演目、レパートリー7演目というラインアップでお届けすることになりました。

新国立劇場は近年、英国のオペラ雑誌「Opera Now」や、ドイツのオペラ雑誌「Opernwelt」の特集を飾り、日本人作曲家委嘱シリーズ第一弾の西村朗『紫苑物語』もインターナショナル・オペラ・アワードにノミネートされるなど、世界のオペラ界でも大きな注目を集める存在となっております。困難な時代こそ音楽の持ちうる力を信じ、劇場が一丸となって、聴衆の皆様に至福の音楽体験をお届けする所存でおります。

23/24シーズンの新制作としまして、現在エクサン・プロヴァンス音楽祭の総監督である演出家ピエール・オーディを迎え、ヴェルディの最後期の作品が生み出される先駆けとなった『シモン・ボッカネグラ』の新国立劇場初演を行います。主役のシモン・ボッカネグラにはロベルト・フロンターリ、娘アメーリアにはイリーナ・ルング、フィエスコには名バスのリッカルド・ザネッラート、アメーリアの恋人役のガブリエーレにはルチアーノ・ガンチほか、世界の第一線の歌手が揃い、貴族社会と平民社会、それとボッカネグラとアメーリアの間の親子の確執が、胸をえぐるような深い劇的な波となって皆さんの心に刻まれることでしょう。

もう一つの新演出はプッチーニ『修道女アンジェリカ』とラヴェル『子どもと魔法』です。『修道女アンジェリカ』は、修道院の中での事件として登場人物が全員女性であるという、「三部作」の中でも特異な存在です。主人公のアンジェリカは未婚の母だったため、子どもと引き離されて修道院へと入ります。子を思い続けて過ごした彼女は7年後に息子の死を知り、悲しみのあまり息を引き取って昇天しますが、天国に迎え入れられる際の音楽はプッチーニのオペラのどの作品よりも、神々しさに満ち溢れています。
一方、ラヴェルの『子どもと魔法』は、いたずらをしたり、悪いことばかりしてお母さんを困らせていた子供が、いじめていた動物たちや壊した食器や時計など、自分が乱暴に扱っていたもの全てに仕返しを受け追い詰められるという「悪夢」の世界に追いやられていきます。そんな悪夢のような状況から男の子を助けてくれる呪文は、最愛の「ママ」という言葉でした。今回のダブルビルは、人間の愛の中でもっとも純粋な“母と子の愛”をテーマにしています。
指揮には16年間びわ湖ホールの芸術監督を務めオペラを極めている沼尻竜典、アンジェリカには名花キアーラ・イゾットン、公爵夫人には気品を湛えたマリアンナ・ピッツォラート、また『子どもと魔法」の子ども役として世界中で引く手あまたのクロエ・ブリオ、そしてそれに加えて齊藤純子、河野鉄平、塩崎めぐみ、郷家暁子、小林由佳という日本の実力派歌手を揃え、粟國淳による堂々の新演出でお届けします。

さてレパートリーでは、なんといっても13年振りに、ワーグナー作曲『トリスタンとイゾルデ』が再演されます。光と闇によって愛の喜びと苦悩を表現し尽くして大きな話題となったデイヴィッド・マクヴィカーの演出が、新国立劇場の舞台に帰ってきます。イゾルデにはエヴァ=マリア・ヴェストブルック、トリスタンにはトルステン・ケール、クルヴェナールにはエギルス・シリンス、マルケ王にはヴィルヘルム・シュヴィングハマー、そしてブランゲーネには藤村実穂子という当代随一と言える歌手が揃いましたので、トリスタン和音が表す解決のない愛の世界に身を浸していただけることでしょう。

『こうもり』指揮は、新進気鋭の指揮者としてメキメキと頭角を表しているパトリック・ハーン。オルロフスキー公爵にはキリリと引き締まった端正な舞台姿で聴衆を魅了するタマラ・グーラ、アデーレにシェシュティン・アヴェモ。

『エウゲニ・オネーギン』のタチヤーナ役には、世界の著名歌劇場を席巻しているエカテリーナ・シウリーナ、主役オネーギンには最近モネ劇場の同役で絶賛を博したユーリ・ユルチュク。

『ドン・パスクワーレ』は、なんといってもミケーレ・ペルトゥージが同役で新国立劇場に初登場します。そしてマラテスタには上江隼人、エルネストにはフアン・フランシスコ・ガテル、ノリーナにはラヴィニア・ビーニという世界中のベルカント歌手が結集しているので、何とぞご期待ください。

『椿姫』では我が国が世界に誇る中村恵理がヴィオレッタを歌います。成熟を増す中村恵理がどのようなヴィオレッタを私たちの前に披露してくれるか、興味はつきません。実力派指揮者フランチェスコ・ランツィロッタ、アルフレード役にはリッカルド・デッラ・シュッカという強力な布陣が名花中村を支えます。

『コジ・ファン・トゥッテ』はオペラ経験豊富な実力派飯森範親が指揮。恋人と哲学者役にはセレーナ・ガンベローニ、ダニエラ・ピーニ、ホエル・プリエト、フィリッボ・モラーチェと名歌手が揃い、そこにくすぐるような愛嬌を振りまくデスピーナ役には九嶋香奈枝。

『トスカ』の指揮者は、イタリアの巨匠マウリツィオ・ベニーニ。新国立劇場でも来る5月の『リゴレット』で、聴衆を魅了した『セビリアの理髪師』(98年)以来実に25年ぶりの登場が待ち望まれているところですが、今回は大変ドラマティックな『トスカ』が期待されます。タイトルロールにはレバノン出身、オタワ大学で学んだ美貌の歌手ジョイス・エル=コーリー。マゼールやムーティなどに認められキャリアを築いた実力派です。カヴァラドッシは、オペラ夏の祭典2019-20『トゥーランドット』で日本デビューしたテオドール・イリンカイの再登場。華やかな舞台が期待されます。

また来シーズンも至るところで、新国立劇場合唱団の実力を皆様にお示しできることもお約束したいと思います。

劇場で皆様をお待ちしております。

プロフィール

東京藝術大学卒業後、バイエルン州立歌劇場でサヴァリッシュ、パタネー両氏に師事。ザグレブ・フィル音楽監督、バーデン州立歌劇場音楽総監督、ベルギー王立モネ劇場音楽監督、アルトゥーロ・トスカニーニ・フィル首席客演指揮者、リヨン歌劇場首席指揮者、バルセロナ交響楽団音楽監督を歴任。現在、新国立劇場オペラ芸術監督(2018年~)及び東京都交響楽団音楽監督、ブリュッセル・フィルハーモニック音楽監督。これまでにボストン響、ロンドン響、ロンドン・フィル、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管、フランクフルト放送響、パリ管、フランス放送フィル、スイス・ロマンド管、イスラエル・フィルなど主要オーケストラへ客演を重ね、ミラノ・スカラ座、メトロポリタン歌劇場、英国ロイヤルオペラ、エクサン・プロヴァンス音楽祭など主要歌劇場や音楽祭で数々のプロダクションを指揮。新作初演にも意欲的で、数多くの世界初演を成功に導いている。17年にはリヨン歌劇場がインターナショナル・オペラ・アワード「最優秀オペラハウス」を獲得し、フランス芸術文化勲章オフィシエを受勲。日本芸術院賞、サントリー音楽賞、朝日賞など受賞多数。文化功労者。新国立劇場では1998年『魔笛』、2010~11年『トリスタンとイゾルデ』、19年『紫苑物語』『トゥーランドット』、20年『アルマゲドンの夢』、21年『ワルキューレ』『カルメン』『Super Angels スーパーエンジェル』『ニュルンベルクのマイスタージンガー』、22年『ペレアスとメリザンド』『ボリス・ゴドゥノフ』、23年『ラ・ボエーム』を指揮している。23/24シーズンは『シモン・ボッカネグラ』『トリスタンとイゾルデ』を指揮する予定。