シアター・トーク
[特別編]レポート


シリーズ・同時代【海外編】スペシャルイベント
シアター・トーク[特別編] 「タトゥー」


5月17日(日)新国立劇場小劇場
出席 デーア・ローアー(ドイツ・『タトゥー』作者)
   岡田利規(『タトゥー』演出)
   三輪玲子(『タトゥー』翻訳)
   鵜山 仁(演劇芸術監督)
   佐藤 康(フランス演劇・現代戯曲研究会メンバー)<司会進行>
   (通訳:蔵原順子)

僕にはリアリズムが染みついている(鵜山)

佐藤●このシリーズの仕掛け人の鵜山さんは、公演プログラムで「あらゆる演劇は翻訳劇である」とお書きになっていますが、そのへんのところをお話いただければ。
鵜山 仁鵜山●僕は今回の上演には、すごい違和感を感じた。嫌いだということじゃないんですよ。自分が演出すればまったく違う方向へ行っただろうし、そういう意味では競争心をそそられました。岡田さんと僕との芝居作りの方向性を比べた時、目標地点が同じなのか違うのか、それがそもそもよくわからない。単に表現方法の違いだろうという程度のことならすぐわかるんですけどね。例えば今回の上演を見ていて、僕は、吹越(満)さんが演じる、あんな親父をいつまでものさばらしておくと、500年後には子供たち、家族の皆さんがああいう不思議な喋り方をするような、いびつな家庭になってしまうのかなあと、そんな裏ストーリーをイメージしたくなる。そんなストーリーのフィルターでも通さないと、僕にはやはりあの表現の根拠がよくわからない。僕だって若い時分はもうちょっと柔軟だった気がするんですが、どうもリアリズムが染み付いているせいか……とにかくお客さんのニーズを僕なりに読み替えて、できるだけそれに沿うような芝居づくりを効率的にやっていくのが、今の僕の演出のやり方ですから。そのあたり、岡田さんはまったく違う哲学で芝居を作っているのか、それとも単に表現方法が90度ないし180度違うだけなのか、すごく興味のあるところです。で、とにかく、全体として楽しいパフォーマンスでした。(笑)
佐藤●演劇をどうつくるかという作業、演劇論の深い問題が、岡田さんと鵜山さんの間にあって、このテーブルの間の溝は深いですね。(笑)ローアーさんに伺いたいことがあるんですが、この作品をお書きになった動機や背景をお話いただければと思います。
PhotoD.L.●この作品はかなり前の作品です。私が書いた戯曲としては2作目にあたります。私が今よりずっと若い時の作品ですが、当時のベルリンのオフ・シアターからの委嘱として受けた仕事で、明確な依頼内容があり、家庭内での暴力について書いてほしいというテーマでした。1991年のことでしたが、当時家庭内での暴力はタブー視されていたテーマです。取り上げられるとすれば社会学的なテーマで、このテーマの映画、戯曲などはまったく存在しませんでした。私自身、家庭の中の暴力というテーマについて、何も知識がなかったので、まず自分で調べることから始めました。いろいろ調べるなかで、当時新聞で大きく取り上げられて話題になっていた事件がありました。ドイツで初めて大きく報道された近親相姦の事件だったと思います。その事件を調べてこのテーマと向き合っていくなかで、自分はこうしたテーマについて書くことはできないという気持ちになりました。書けないと思った理由は2つあります。1つは、こうした出来事は、そもそも語るということから大きく離れている話だと思ったからです。家庭内で性的虐待が行なわれている場合、いったい家族同士はどういう言葉をもってコミュニケーションを図るのだろうか、そもそも言葉によってコミュニケーションを図ることができるのだろうかと思いました。おそらく、日常のなかでそういったことが少しでも表に出るとすれば、それは言葉で表わされるものではないだろう。何かモノを通じてとか、身体的なしぐさを通じて、ほんのわずかばかり表に出てくるものではないだろうかと思ったわけです。もし、このテーマを舞台で上演するのであれば、ほとんど言葉のない舞台、無声の舞台になるのではないかと思いました。もう1つの理由は、それでも舞台作品にすると決めた場合、私は作家としてどんな言語を役者さんたちに提供すればいいのか、そのどんな言葉が見えなかったからです。その結果として、この作品では言語がバラバラになっている、構造的に崩れた言語になったわけですが、そうした事情から書けないという結論に至って、劇場の担当者に「私はこのテーマでは書けないので、誰か他の人を探してください」と言いました。ところが劇場側は私の拒否姿勢を受け入れてくれず、飲みに誘われて、ウォッカを深夜まで飲んで、気がついたらいつの間にか契約書にサインをしていて、しょうがないから書いたという経緯です。(笑)結果、私はこの作品を書き、その劇場で上演されました。その後、その劇場は破産しました。(笑)
佐藤●ここは大丈夫でしょうか?(笑)
D.L.●悪い予言をするつもりはありませんので。(笑)