はじめてデヴィッド・ビントレーさんの作品を見たのは『美女と野獣』でした。とても美しい作品で、質の高い仕事をされていることがよくわかりました。私はそれまで主にオペラ、演劇の分野で活動していました。ビントレーさんはおそらく私の仕事をご存知だったと思うのですが、何より私自身が彼を尊敬し、一緒に仕事をしたいと望んでいました。
それから1、2年後です、彼から『パゴダの王子』の美術を、というお話を受けたのは。ビントレーさんは、ご自身が長い間暖めていたプロジェクトであること、日本の新国立劇場にぴったりの作品であること、中国から日本へと舞台を移し、日本のおとぎ話のようなものにすること、そして日本とイギリスとの芸術的な協力関係によるものになること、日本のお客様に日本とイギリスの美的世界を見ていただきたいということ、などをお話しくださったのです。
デザインにおいてストーリーを表現して欲しいと、ビントレーさんからいくつかのテーマを提示されました。つまり、閉じられた鎖国の日本、それを開こうとする外国からの来訪者、未知の世界への旅、日本の宮廷文化や伝統、日本の自然美…といったものです。
そこで私は日本とイギリス、二つの国の美的世界を、融合させるのではなく、同居させる形でデザインを考えました。日本的な美のイメージの元になったのは歌川国芳の浮世絵です。大規模な展覧会を見たこともあり、私は国芳が描く世界にとても惹かれていました。彼のイメージの中で泳ぐことを通して、日本人の想像力が世界への扉を開いたように感じます。国芳のグラフィックをイメージしながら、その外側の額縁にあたる部分にはイギリスのウィリアム・モリス、オーブリー・ビアズリーの世界を盛り込んでいます。ブリテンが愛した自然の世界、イギリスの田園風景を示すものです。その中に入っていくと、鎖国時代の日本が切り絵の手法で描かれています。その奥には異界があり、失われた兄を求めてさくら姫が入っていくエキゾティックな世界へとつながっていくのです。
まだ若い学生だったころ三ヶ月ほど日本に滞在し、劇場文化について勉強したことがあります。歌舞伎、文楽、能などもたくさん見ました。日本の伝統というまったく異なる文化に触れたことで、私の想像力が自由に解き放たれるという経験をしたのです。この経験も今回の仕事に生きていると思います。
私にとって挑戦だったのは、日本の伝統的な着物をクラシック・バレエのダンサーの衣裳へと変換させることでした。着物の着方など実際的なことを日本のスタッフに教えていただきながら、いかにダンサーの動きを妨げずに、「キモノ・バレエ・コスチューム」ができるかというチャレンジをしました。
ビントレーさんがリハーサルで振り付けをしていく姿を実際に見られたことが、何にも勝る体験となりました。創作というのはゼロからのスタートです、その場に立ち戻ることで私自身がインスパイアされ、イメージを膨らませ、この大きな仕事を成し遂げることができたのです。
取材・文◎守山実花(バレエ評論家)
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