バレエ作品紹介:マクミラン版『ロメオとジュリエット』2


新国立劇場バレエ団では再演を重ねてきたケネス・マクミラン版『ロメオとジュリエット』。
ご鑑賞の助けとなりますよう、過去のアトレ誌に掲載された作品紹介を掲載いたします。
今回は、2011年3月号の会報誌に掲載された作品紹介です。

ダンス×物語×感情
マクミラン・バレエの傑作『ロメオとジュリエット』 <文◎實川絢子>

すべてはバルコニーの場面から始まった

バルコニーのシーン
 『ロメオとジュリエット』といえば、世界で最も有名なラブストーリーのひとつであり、その中でも真っ先に思い浮かぶ場面が、「ああ、ロメオ、ロメオ、どうしてあなたはロメオなの?」の有名なくだりで知られるバルコニーのシーンだろう。ケネス・マクミランが振付た初の全幕バレエ「ロメオとジュリエット」(1964年振付)も、実は一番最初にこの場面のパ・ド・ドゥから振付けられた。そしてこのパ・ド・ドゥによって、極めてアクロバティックでありながら同時にドラマティックな心理描写に優れた、マクミラン独特の振付スタイルが確立されたのである。

 マクミラン版「ロメオとジュリエット」といえば、1965年初演当時の英国ロイヤルバレエのスターカップル、ルドルフ・ヌレエフとマーゴ・フォンティーンの伝説的な名演が今なお語り継がれている。しかし実際は、マクミランが望んだ究極のロメオとジュリエット役は、ヌレエフとフォンティーンではなかった。彼らの栄華の陰に隠れてしまった、<本当の>ロメオとジュリエットがいるのである。
それが、マクミランの当時のミューズであった若きバレリーナ、リン・シーモアとそのパートナーであるクリストファー・ゲーブルの二人だ。若さと情熱に満ちたマクミランとシーモア、ゲーブルの三人は、原作の戯曲を読み込み、<こう言った心境ならばジュリエットはどう動くだろうか、それとも、逆にまったく動かないだろうか>といった議論を重ねて試行錯誤しながら、自然な心理描写に優れ、演技とステップの境界が限りなく近い、若々しいエネルギーに満ちた革新的なバレエ作品を作りあげていった。このようにシーモアとゲーブルという二人の協力なくして誕生し得なかったマクミラン版『ロメオとジュリエット』だが、振付家マクミランの希望するキャストは経営陣には受け入れられず、皮肉にもオリジナルキャストとして歴史に名を残したのは、チケットの売れる有名ペア、ヌレエフとフォンティーンの二人となったというわけである。

第一幕より
 話をバルコニーのシーンに戻すと、マクミランが最初に振付けたこのパ・ド・ドゥでは、ジュリエットの「名前がなんだというの?バラと呼ばれるあの花は、ほかの名前で呼ぼうとも、甘い香りは変わらない」という台詞に象徴される、モンタギュー家もキャピュレット家もない、恋に落ちた<ただの>二人の男女の姿が描かれている。ジュリエットが指摘する名前の恣意性、そして恋愛の普遍性は、究極の身体表現であるバレエという形をとって、より純粋な形で抽出される。ロメオに支えられて弓なりに体をしならせて空を仰ぐジュリエットのポーズは、これほどまでに恋の喜びを美しく、大胆なほどすがすがしく表現したポーズはないと言い切ってもいい。観るものを陶酔感に浸らせ、<時よとまれ>と願わずにいられないこの場面は、それが美しくあればあるほど、容赦なく進む時の残酷さと二人の運命の転落を暗示し、より一層痛々しいまでに胸打つシーンとなる。

 そして、この二人の感情の高まりを描いたバルコニーの場面をひとつのドラマツルギーのクライマックスとして、マクミランはその前後に、二人を取り巻くどす黒い社会を生々しく描いた場面を配し、感情的な内なる世界と、暴力的で無秩序な外の世界の対比を見事に描くことに成功した。街中で繰り広げられる血気盛んな若者同士の諍い、喜びに満ちたバルコニーの場面のあとの不穏な空気がたちこめる結婚式、哀しくも滑稽なマキューシオの死‥‥。物語のロマンティックな側面だけに引きずられることなく、シェイクスピアが巧みに描いたドラマの緩急の妙を丁寧に拾い上げた点こそが、マクミラン版「ロメオとジュリエット」が全幕バレエとして成功した理由のひとつであると言えるだろう。

リアリスティックな動と静

ベッドで座ったまま動かないジュリエット
 そして、このドラマの中心にマクミランが据えたのはやはり情熱のヒロイン、ジュリエットである。「マノン」、「うたかたの恋」をはじめ、全幕バレエにおける悲劇のヒロインの造形が評価されるマクミランだが、このヒロインの情熱こそが、マクミランの悲劇バレエのドラマを展開する何よりの原動力である。乳母とじゃれあっていたまだまだ子供のような少女から、一夜にして愛にめぐり合い、その夜のうちに大胆にも「私のすべてをとって」と告白する恋する乙女へ、そして、初夜の後で、従兄弟を殺めてしまった恋人を愛ゆえに<赦す>女へと変身し、その愛に生きるために家族を捨てる覚悟を決めるまでの過程を、心理を綿密に反映するリアルな身体表現で活き活きと描く。高らかに音楽が鳴っているのにベッドの上に座ったまま動かないジュリエットや、仮死状態を引き起こす薬を飲んで吐き気をもよおすジュリエット、そして動かないジュリエットを死んだ動物のように引きずりまわすロメオ――どれも、従来のバレエ的な動きからは程遠いリアリスティックな動き(あるいは静)であり、バレエの様式や伝統に囚われることなく、ダンスと物語、そして感情が、継ぎ目なく織り成されていく。これこそが、マクミラン版以前のラヴロフスキー版、クランコ版の様式的なアプローチから、マクミラン版が一線を画す所以である。

 愛と情熱、そして若さは、単に美しくロマンティックなものではない。常に残酷さと悲哀、あるいは暴力性が付きまとう。だからこそマクミランは、14世紀イタリアを舞台にしながらも、美と醜、善と悪が二極化する古典バレエの世界から一歩踏み込んだ、さまざまな感情が複雑にからみあう等身大の愛を描いたのである。そしてまさにこのことが、マクミラン版「ロメオとジュリエット」が20世紀バレエの傑作として今日まで繰り返し上演される理由のひとつといえるだろう。


新国立劇場・情報誌 ジ・アトレ 2011年3月号掲載

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新国立劇場バレエ団『ロメオとジュリエット』

会場:新国立劇場・オペラパレス

上演期間:2019年10月19日(土)~27日(日)

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