バレエ「ホフマン物語」前回公演(2015/2016シーズン)の劇評


2015/2016シーズンのオープニングを飾ったホフマン物語が、2月9日(金)に再び新国立劇場の舞台に帰ってきます。

前回公演(2015年10・11月)の劇評より一部をご紹介いたします。


2015年(平成27年)11月17日(火) 読売新聞(夕刊) 10面掲載

層の厚さで本領発揮

シーズン幕開きを飾る新制作の全幕バレエで、ダンサーとスタッフの充実した新国立劇場バレエ団が存分に本領を発揮した。見応えのあるレパートリーを増やしたと言えよう。

振り付けのピーター・ダレルは、英国らしい演劇的なバレエを前世紀に築き上げた振付家の一人。「ホフマン物語」はオッフェンバック作曲のオペラを原作として、40年余り前に初演された作品。詩人ホフマンが女性たちを巡って体験した奇譚を回想する物語である。

踊り子を夢見る病弱な少女役を演じたのは、小野絢子(初日の30日)と米沢 唯(31日昼)。悪魔に操られ、踊り続けて主人公の腕で息絶える少女を、小野は持ち前の演技力に加え、ぶれのない姿態で端正に表現した。米沢は差し上げた足のつま先がつねに美しかった。

主人公を誘惑する高級娼婦の役は、本島美和(31日昼)の妖艶な演技が魅力的だった。悪魔の手先となって背教を唆す本島のたたずまいには説得力がある。

主人公が悪魔の企みで少女と思い込む人形の役は、長田佳世(30日)と奥田花純(31日昼)が演じた。少女、娼婦、人形のヒロイン3役には異なる質の演技が求められる。また主人公ホフマン役は、福岡雄大(30日)と菅野英男(31日昼)が青年から初老までを演じ分けた。技量の必要な役を多数配役できる層の厚さが同団の強みだ。

美術、衣裳、照明、そして管弦楽も、水準の高さを証明する出来栄えである。全幕作品としては振り付け・台本の単調さと冗長さが気になったが、同団の総合力で埋もれていた佳作が見応えのある舞台となって蘇ったことに間違いはない。

(舞踊評論家 海野敏)


2015年(平成27年)11月18日(水) 日本経済新聞(夕刊) 16面掲載

幻想的挿話、持ち味活かす

新国立劇場バレエのシーズン開幕は、オッフェンバックの同名のオペラに拠る「ホフマン物語」。スコットランドの振付家ピーター・ダレルの1972年の作で、芸術監督の大原永子が彼の元で踊り手として活躍していたことから、カンパニー初演が実現した。

E・T・A・ホフマンの短編を下敷きに、私生活ではたびたび浮名を流した作家自身が主人公となり、昔の恋を回想する。

魔法の眼鏡で人間と見誤った機械人形オリンピア。催眠術にかかり、自分をバレリーナと信じて踊った果てに息絶えたアントニア。信仰の力でかろうじて退けた魔性の高級娼婦ジュリエッタ。

幻想的なエピソードを、嘲笑的なコミカルさ、舞踊それ自体の天上的な美、退廃的な官能性と、異なる味わいで描く。


青年期から老境の入り口までを演じ分けるホフマンが、難役だ。初日10月30日の福岡雄大は踊りに張りがあり、11月1日の菅野英男は苦悩や弱さの表現が自然。それぞれに持ち味を活かしたが、エピローグとプロローグが薄味だ。人生の黄昏の侘しさと、にもかかわらず人気の歌姫を恋人に持つ、性懲りのない恋愛体質。この二つを矛盾なく融け合わせた現在の姿こそが、作品全体の要のはず。姿を変えながら彼を苛む悪魔的な存在(マイレン・トレウバエフ、貝川鐵夫)との関係も含め、まだ深める余地がある。

幕ごとに変わる恋人役では、アントニアを日替わりの小野絢子、米沢 唯が共に、余裕と品格を感じさせる踊り。ホフマンとのやりとりでは感情を濃やかにステップに乗せ、夢の場面では形の美を極めてみせた。冒頭でのホフマンの友人三人の踊りをはじめ、見せ場は多い。やや古めかしい作品を一気に見せた、団全体の技術の高さは見事だった。

(舞踊評論家 長野 由紀)



小野絢子(アントニア)、福岡雄大(ホフマン)
米沢 唯(アントニア)、菅野英男(ホフマン)