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【コラム】ケネス・マクミランのバレエの魅力

3月19日に初日を迎える『マノン』。イギリスの演劇バレエの代名詞的振付家ケネス・マクミランの作品は、クラシック・バレエの枠を超えた動きで、人間の現実と心の闇を描き、観る人の心を大きく揺さぶります。
バレエと演劇の相乗効果を生み出す動きや姿勢、複雑なパ・ド・ドゥのポイントは......?
大原永子前芸術監督が、2012年に『マノン』を上演する際に語った当時のインタビューを、改めてお届けします。

インタビュアー◎ 守山実花(バレエ評論家)

新国立劇場・情報誌 ジ・アトレ 2012年3月号掲載



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第1幕「寝室のパ・ド・ドゥ」 前回公演より 

演劇の国のバレエ 振付のなかに芝居が入り込んでいる

――演劇性の高いイギリス・バレエの物語バレエでは、踊りから感情があふれ出し、私たち観客にも深い感動を与えます。

大原 ● イギリスのドラマティック・バレエは、特有なカラーを持っています。シェイクスピアを生んだ国ですから、ロイヤル・シェイクスピア・カンパニーがあり、歴史的に演劇が盛んです。その伝統がバレエにも反映されているのです。マクミランだけでなく、同時代の振付家ジョン・クランコもこの伝統の中にいます。

――こうしたイギリス・バレエの伝統の中でも、とりわけ演劇性が高く、人々に愛されているのが、新国立劇場バレエ団のレパートリーでもあるマクミランの「ロメオとジュリエット」や「マノン」ですね。なぜこれほどマクミランの作品は人々の心に響くのでしょう。

大原 ● どちらの作品でもパ・ド・ドゥがとても効果的に使われています。テクニックと振付の中に芝居が入り込んでおり、リフトひとつにしてもそこから感情がわきあがってきます。ダンサーは、その振付を踊ることで感情を出すことができます。
パ・ド・ドゥを効果的に配しているのはクランコも同様です。二人はほぼ同世代でしたから、それまで見てきたものも似ていたのでしょう。
マクミランが特に優れていたのはパ・ド・ドゥ、そしてソロの振付だと思います。彼は人間の感情を踊りの中に入れ込んでいるのです。私がイギリスのカンパニーにいたときによく言われたのは「芝居をしているときにバレエのポジションで立つな」ということでした。感情が動いている中でポジションのことを考えていたのでは不自然です。マクミランも同様だと思います。クラシック・バレエにはないポジションで立ったとしても、感情が動いている中でそうなったのであれば、それは構わない。普通の人間の感情が動きに出ているのですから。嬉しいとき、深く嘆くとき......体が自然とその感情になっているはずです。パ・ド・ドゥなどでは振付でピルエットなどがありますから、ポジションをきちんととらなければいけませんが。

――時には型を崩しても感情をほとばしらせる、それがマクミラン作品の魅力であると同時に難しさでもあるのではないでしょうか。

大原 ● そうです。日本のダンサーにとって難しいのはまさにこの部分です。クラシックの型に入っていればマイムでもなんでもできるけれど、それがないと動けなくなってしまう人もいる。やはりダンサーとしての経験が必要ですし、人生経験も求められます。さまざまな感情の引き出しがなければいけません。

新国立劇場バレエ団で「マノン」を初演したとき(2003年)には、ダンサーたちもとまどいました。こうした作品をほとんど踊ったことがなかったからです。今のダンサーたちはだいぶ対応できるようになってきていると感じます。

――マクミランだけでなく、さまざまな振付家の作品を踊ってきた成果ですね。

大原 ● そうです。ダンサーにいろいろなことが求められるからです。振付家でも教師でも、ダンサーに求めなければいけません。十求められるのか、百求められるのか、それによってダンサーがどれだけ成長できるかが違ってきます。求めないでただ教えていても上手にはなりません、私はそう思います。
海外ではまず自分が演じる役柄を分析することを求められます。場面、場面の心理状態を、自分なりに理解して踊らなければ、ただ振付をなぞっているだけになってしまいます。ストーリーを語るのはダンサーです、それが体に出てこなければ、見ている方には伝わりません。

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第3幕「沼地のパ・ド・ドゥ」  前回公演より

マクミランは人間の本当の感情をリアリズムに近い表現で描き出した

――複雑なリフトが多用されたパ・ド・ドゥが見せ場になります。

大原 ● まず技術的なことができて、それから感情を入れていきます。テクニック的なことはとにかく経験です。何度も何度もやって体でつかむしかありません。常識的なリフトではない場合は、見て構造を分解していきます。
リフトで大切なのは呼吸と間(ま)です。そしてパートナーシップ。男性側が持ち上げるのに任せるのではなく、女性も自分の体を引き上げているのです。最高のパートナーシップというのは、言葉で話さなくても、体だけで会話ができる、相手が次にどうするのかが分かるのです。

――パ・ド・ドゥだけでなく、ソロにおいても心情が吐露され、とてもドラマティックです。

大原 ● 体の使い方がそれまでの古典バレエとは違います。体を引き上げているだけでなく、体を下までぐっと倒したり......動きの範囲がずっと広くなって、クラシックの規範にはない動きをいれることで、豊かな表現ができるのです。

――「マノン」を上演する上での難しさはどういう点にあるのでしょう。

大原 ● 私が難しいと感じているのは第1、2幕です。あの時代のフランスの退廃した文化の香りがしなければならない。裏もある華やかさというのでしょうか。その豪華さがあるから、第3幕ですべてを失ったマノンとの対比が出るのです。

――マクミランが後世に与えた影響についてはいかがですか。

大原 ● マクミランのリフトは確かに複雑ですし、動きの範囲もそれまでのものとは違います。ですが、現代ではさらに複雑なものがたくさん出てきています。マクミランがやったことは当時としては斬新でしたが、今では当たり前になっている。マクミランが現代に至るひとつの流れを作ったと言えるかも知れませんね。

マクミランの影響によって、ドラマティックなものをその後の若い振付家たちがどんどん作るようになりました。マクミランは爆発するような感情表現によって、真実の男女の姿を描きました。彼は本当の人間の感情をリアリズムに近い表現で描き出したのです。

2025/2026シーズン『マノン』

2026年3月19日(木) ~ 22日(日) 全6回公演
新国立劇場 オペラパレス

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