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「シェイクスピア・ダブルビル」『マクベス』振付 ウィル・タケット/マクベス役 福岡雄大 インタビュー



新国立劇場から新しいバレエ作品が誕生する!
シェイクスピアの悲劇『マクベス』をバレエ化。振付をするのはウィル・タケットだ。

英国ロイヤルバレエのメンバーとして二十五年以上活躍し、現在は気鋭の振付家・演出家としてさまざまな作品を創作する彼がバレエ『マクベス』の創作について、そして新国立劇場バレエ団のダンサーたちとどのようなクリエイションを繰り広げているのか。

ウィル・タケット、そしてタイトルロールを演じる福岡雄大に話を伺った。

インタビュアー:守山実花(バレエ評論家)

「ジ・アトレ」2023年4月号より抜粋



『マクベス』振付 ウィル・タケット

肉体表現と音楽、美術で描く 異常な状況に置かれた人間ドラマ

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――世界初演となるバレエ『マクベス』の委嘱を受けた経緯や、『マクベス』のバレエ化にあたり、どのようなことをお考えになったのかをお聞かせください。

タケット(以下T) ここに至る長いヒストリーがあります。スコットランド出身の音楽家ジェラルディン・ミュシャの作品を高円宮妃殿下から渡された吉田都さんが「とても素敵な曲よ。バレエにできないかしら?」と電話をくれたのが発端です。早速私も音楽を聴き、興味を持ちました。オリジナル曲は十五分から二十分程度のもので、バレエ作品とするには短すぎたのですが、指揮者のマーティン・イェーツ氏に相談し、編曲をお願いしました。ジェラルディンさんは既に亡くなっていますからご子息ジョンさんの許可を得て、ピアノ曲の断片などいろいろなものを組み合わせ、素晴らしい音楽が完成しました。そこからはどんどん進展していきました。

 実は私は『マクベス』と聞くたびに、日本を連想するのです。というのも、黒澤明監督の一九五七年の映画で『マクベス』を下敷きにした『蜘蛛巣城』を見て、シェイクスピアの『マクベス』に興味を持ち、その後舞台を観たという経緯があるからです。蜷川幸雄さんやコーエン兄弟(兄のジョエル・コーエンが単独で監督を務め二〇二二年『マクベス』を映画化)など優れた演出家が『マクベス』を手掛けていますが、彼らの作品は敢えて見ないようにするつもりです。

――シェイクスピアの台詞を可視化することについてどのようにお考えでしょうか。『マクベス』では魔女の予言も重要で、物語の鍵になる台詞がいくつもあります。

T  バレエの創作で問題となるのが、ストーリーをステージ上で展開するときに、台詞がない、無言だということです。特にシェイクスピアには長台詞がたくさんありますから、それらをどう表現するかを検討する必要がありました。イェーツ氏ともディスカッションを重ね、『マクベス』の物語全部を、できるだけ忠実にバレエ化することにしました。と言っても、原作に登場するすべてのキャラクターを出すわけではなく、ほとんど台詞のない、一言、二言だけ喋るキャラクターはカットしています。

 人は有名な古典作品のストーリーは知っていても、細かいところまでは意外と覚えていないものです。「リア王の娘の名前は?」と言われてすぐ答えられる人がどれくらいいるでしょうか。『ロメオとジュリエット』にしても、原作にはマキューシオの長台詞がありますが、プロコフィエフの音楽にはその部分が表現されていないので、バレエでは省かれています。原作にある全ての要素を可視化するわけではありません。

 魔女の力をどう表現するのか。ヴェルディのオペラ『マクベス』では三人の魔女のシーンに大合唱が使われていますので、これをコール・ド・バレエでやったらどうだろうかと考えました。中央に魔女がおり、その周りに魔女の力を表す精霊のような存在を配します。集合体として魔女の持っている巨大な力を表すのです。

 シェイクスピアが書いた言葉は最上のもので、言語上シェイクスピアには到底かないませんが、肉体表現と音楽、美術により、異常な状況に置かれた人間ドラマを描いていきます。デザイナーのコリン・リッチモンド氏、照明の佐藤啓氏と共に新国立劇場の卓越した技術スタッフたちが、エキサイティングで人の心をとらえて離さない作品を生み出すべく、懸命に作業を続けてくれています。

バレエだからこそ表現できる マクベスと夫人の関係性

――作品の中で特に重要と思われる要素は何でしょうか。

T マクベスと夫人の関係性です。マクベス自身には政治的な野心はなく、彼はあくまでも兵士です。一方、夫人は野心の塊です。その二人が結びつき、夫をヒエラルキーの頂点に君臨させるという妻の野心を満たすために、マクベスは次々と人を殺していかなければならなくなるのです。この二人は互いに補い合う関係です。二人の繋がりは肉体的にも非常に強い関係にあります。そういう関係性はパ・ド・ドゥであれ、ソロであれ、肉体をフルに使うバレエだからこそ表現できると思います。

 マクベスは殺すことに疑問を持ちつつも、妻とは離れられない。殺す相手が国王や友であるという点では、本当にいいのかと考えもしますが、戦場を知っているマクベスは、殺すという動作、行為そのものには躊躇しません。

 ショッキングなシーンもあります。マクベスは友人のバンクォーを手掛けるだけでなく、マクダフの妻子も殺してしまうのです。後ほど子役のオーディションがあるのですが、「見る人たちにはおぞましくて怖いシーンだけれど、君たちは楽しんで。絶対楽しいはずだから」と言ってあげるつもりです。これまでバレエの中で、子どもが殺されるようなシーンはまずなかったでしょう。そしてマクダフ夫人にとっては目の前で子どもが殺されてしまう、非常にショッキングかつドラマティックなシーンになります。

――今回の「シェイクスピア・ダブルビル」では、アシュトンの『夏の夜の夢』が同時上演されます。

T 『夏の夜の夢』は大好きな作品です、アシュトンは大天才だと思っています。軽やかで、美しく本当に面白くて、遊び心に満ちています。人間の明るい面、前向きな面がどんどん表されていきます。

 かたや『マクベス』は、人は自分の行動からは逃げられないという事実を突きつけてくる。悪魔のささやきにひとたび乗ってしまったらもう後戻りはできなくなってしまうのです。二つの作品は本当に好対照をなしています。

 二作品どちらも恋愛関係を描いています。『マクベス』はマクベスと夫人の強烈な関係、『夏の夜の夢』は、人は恋に落ちると馬鹿なことをやってしまう典型です。『マクベス』には野心と嫉妬が加わります。野心と嫉妬というのは、誰もが抱えている感情ですが、普段は自分の奥に隠しているものです。マクベスは、夫人への愛で盲目的になり、夫人にそそのかされてダンカン王を殺してしまいます。そして一度殺してしまったら、もう後には戻れない。自分の罪を隠蔽するためにまた殺さなければならない。悪い方にどんどん転がっていくのです。

――タケットさんはバレエにとどまらず、演劇作品や、様々なジャンルをミックスしたクロスジャンルの作品を手掛けていらっしゃいます。

T ええ、オペラ、バレエ、台詞のあるもの、すべて手掛けています。ジャンルをミックスにすることを嫌がる人もいますが、僕は全部をひとつに統合することにとても興味あります。同時にバレエだけ、演劇だけという作品も好きです。それぞれで培った知識をそれぞれ違う分野に生かすことができるのが、私の強みになっていると思います。

 音楽との関係が強いという点で私はバレエに強く惹かれます。今回の『マクベス』では、力に満ちた音楽をバレエ音楽として皆様に楽しんでいただけると思うと興奮すら覚えます。『マクベス』は現代においても最も説得力のある演劇作品のひとつです。おぞましい行為の数々、魔女の予言、情熱的な愛、そして最悪の殺人。度を越えた野心のもつ危険性を警告するメッセージは、文化の違いや時代を越え、今も色あせることはありません。

 シェイクスピアを原作にした『夏の夜の夢』と『マクベス』、踊りを通して語られる古典的な物語を楽しみ、皆様が豊かで実り多い時間を過ごしていただけることと自信をもっています。



マクベス役〔4月29日(土・祝)・5月2日(火)・4日(木・祝)・6日(土)〕福岡雄大

強くもあり繊細でもあるマクベスという人物

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 今はまだ大きいパ・ド・ドゥと他の役との絡みを少し振り入れした段階なので、作品の全体像をつかみきれてはいないのですが、マクベスは精悍な騎士なので、とても強く、男っぽい部分がある反面、ある出来事に心が揺れ動いたり、不安に苛まれたり、繊細なところもあるのかなと思っています。繊細さという部分では自分自身とも共通するところがありそう

です。

 ウィルさんからも詳しい説明を受けましたが、マクベスは王位を狙う野心はあまり持っておらず、むしろ騎士として昇進したいと思っています。でも夫人は、彼に王になってほしいと願っています。マクベスは妻のことを愛していますが、でも二人の間には上下関係というか暗黙のルールのようなものがあり、現代の結婚や男女の付き合い方とは違うところがあります。そうした夫婦の微妙な関係性を、台詞のないバレエでどのように表現すればいいのか......演劇的な表現のハードルはかなり高いと思っています。どこまで自分が表現できるか、お客様に伝わるように見せられるのか。自分の中で納得できるところまで挑戦し、舞台でマクベスとして生きたいです。

ウィル・タケットとのリハーサル 高い要求にいかに応えるか

 

 ウィルさんは先行リハーサルで一週間ほど劇場にいらっしゃいました。振付がすべて終わっているわけではないので、この後どうなるかはわかりませんが、ソロがたくさんあるというよりも、他の役との絡みが多いのかなと思っています。ウィルさんは、僕が動いている

ところを見て、「こうやったほうがいい」「こうしたほうがもっと見える」などいろいろトライ&エラーを重ねながらつくりあげています。

 作品が出来上がるのが本当に楽しみです。一人ひとりがキャラクターとしてその世界で生きられるように全員が頑張らないと、ウィルさんの思い描いている世界にはなりません。ウィルさんが要求されるレベルはとても高いですから、この作品を通じてバレエ団がレベルアップできると思います。

 僕はこれまで、たくさん踊る役を演じることが多く、踊りのキレがいいと評価していただいていますが、今回は全く違うタイプの役ですので、新たな福岡雄大を見せる機会になるのではないかと感じています。

この年齢になってこの役に出会えたのはとてもありがたいですし、僕の人生において重要な意味があるのかなと思っています。



2022/2023シーズン「シェイクスピア・ダブルビル」

2023年4月29日(土・祝) ~ 5月6日(土) 全7回公演
新国立劇場 オペラパレス

公演情報