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オペラ『ファルスタッフ』指揮 カルロ・リッツィ インタビュー

ヴェルディが最後に手がけた喜劇オペラ『ファルスタッフ』。

作曲家人生の集大成である傑作ゆえに、歌手も指揮者も力量が問われる作品だ。

12月の公演で指揮するのは、イタリアの名手カルロ・リッツィ。

100作品以上のオペラをレパートリーに持つリッツィにとっても、『ファルスタッフ』は特別な作品だという。

インタビュアー◎後藤菜穂子(音楽ライター)<ジ・アトレ9月号より>


私の指揮者人生において
『ファルスタッフ』は常にそばにあります

カルロ・リッツィ

――リッツィさんは1988年の東京国際指揮者コンクールに入賞されていますが、そのときが初来日でしたか?

リッツィ(以下R):そうです。もう30年前もたちますか!私もまだ若かったですし、何もかもが新鮮でした。多くの若い指揮者と出会い、初めて日本のオーケストラを指揮し、それまでとは違う音楽の仕方に接し、とても興味深い体験でした。それをきっかけに、日本流の生き方、文化、和食などにも目覚めました。その後も何度か訪れていますが、日本のオーケストラはプロ意識が高く、日本で仕事をするのはいつも大変楽しみです。

――今回、新国立劇場には初登場だそうですね?

R:はい、でも日本でオペラを振るのは初めてではありません。2006年にボローニャ歌劇場の来日公演で、ホセ・クーラ主演の『アンドレア・シェニエ』、ロベルト・アラーニャ主演の『イル・トロヴァトーレ』を指揮しました。東京だけではなく、びわ湖ホールでも公演を行ったのをよく覚えています。

 来るシーズンは、12月の新国立劇場での『ファルスタッフ』に加え、2月には新日本フィルハーモニー交響楽団のコンサートを指揮することになっており、1シーズンに2回も日本に行けるのはこの上ない喜びです。しかも指揮者にとって『ファルスタッフ』は夢のような作品ですから!

――『ファルスタッフ』との出会いはいつでしたか?

R:1980年、ちょうど私がスカラ座のコレペティトールになってすぐのことでしたが、ロリン・マゼールが新演出の『ファルスタッフ』を指揮し、その時リハーサルのピアニストを務めました。ファルスタッフはフアン・ポンス、アリーチェはミレッラ・フレーニ、そして演出はジョルジョ・ストレーレルでした。物語をイングランドの郊外からイタリアのロンバルディア地方に移した演出でした。

 マゼールはずば抜けていました。その精巧なテクニックに加え、オーケストラにどう弾くべきかを的確に指示する能力もたいへん秀でていました。私はまだ音楽院を出たばかりでしたので、マゼールを至近距離で観察できたのは最高の経験でした。私にとって事実上、初めて仕事として携わったオペラが『ファルスタッフ』だったのです。その後、1985年にトスカニーニ国際指揮コンクールでもこの作品が課題曲でしたので、曲を熟知するようになりました。このように『ファルスタッフ』は私の指揮者人生において、つねにそばにある作品なのです。

――『ファルスタッフ』はヴェルディの最後の作品であり、また悲劇ばかり作曲してきた彼が満を持して取り組んだ喜劇です。彼は喜劇でこの世に別れを告げたかったと思われますか?

R:それはわかりませんが、ご存知のようにヴェルディの最初のオペラは喜劇でしたが、大失敗に終わったため、それ以降喜劇を書きませんでした。そして老境に達したときに、実は自分にも喜劇が作曲できるということを、世の中に、そして自分に対しても証明したかったのではないでしょうか。そしてなんという傑作でしょう! 80歳を過ぎた老作曲家がこのような見事な作品を創り出せるということだけで、私自身とても謙虚な気持ちになります。『ファルスタッフ』を指揮するときは、聖書を前にしているような思いです。

『ファルスタッフ』第3幕より(2015年公演より)

――この作品でのヴェルディの喜劇的なセンスは絶妙ですよね。

R:ええ、でも重要な点は、観ている私たちにとってはコミカルでも、ファルスタッフ自身はきわめて真面目だということです。そこがヴェルディのすばらしさです。たとえば第1幕で彼がアリーチェとメグに恋文を書くとき、とても真剣です。また第3幕でずぶぬれのファルスタッフがアリーチェたちの仕打ちに嘆くときも、私たちはおかしくて笑いますが、彼は笑っていません。そこがこのオペラの喜劇としての最大の特色です。けっして大げさではなく、おかしさはしばしばオーケストレーションの描写の中に潜んでいるのです。オーケストラはけっして歌の伴奏ではなく、すべての音がドラマを形成しているのです。

 一方、若いカップル、ナンネッタとフェントンの美しい二重唱のシーン(第1幕第2部)はこの喜劇に人間味をもたらしてくれます。お互いに不信感をもっている人物ばかりの中で、この2人は純粋に愛し合っており、そこだけ音楽が変わります、けっして大きな愛の二重唱ではなく、短いシーンですが、この場面を指揮する時はいつもほっこりした気分になります。

――『ファルスタッフ』には数々の重唱の名場面があります。

R:技術的にはかなり複雑な作品で、とにかく優秀な歌手のそろったアンサンブル・キャストが必要です。たとえば、第1幕の第2部でアリーチェたちがファルスタッフをこらしめようと画策する場面や、第2幕の第2部でフォードたちがファルスタッフを探しに乗り込んでくる場面での重唱はとても難しく、9人とか10人とかの歌手全員が完璧に歌わなければなりません。今回は特に日本のオーケストラとご一緒できることを楽しみにしています。日本のオーケストラはとても水準が高く、緻密な演奏をするので、『ファルスタッフ』のような作品ではきっと力を発揮してくれることでしょう。

――ファルスタッフ役のロベルト・デ・カンディアさんやアリーチェ役のエヴァ・メイさんとはこれまでも共演されていますか?

R:はい、今回の外国人のキャストの皆さんとは共演したことがあります。でもさきほどもお話ししましたように、このオペラはアンサンブルがぴったり合うことが重要なので、日本人のキャストも含め、全員で作品を作り上げていくのを楽しみにしています。



『ファルスタッフ』には
ヴェルディの至芸が詰まっています

『ファルスタッフ』第2幕より(2015年公演より)

――リッツィさんはミラノのご出身で、よくスカラ座に通われていたそうですね。

R:そうです。幸運なことにスカラ座での公演を観て育ちました。1973年、13歳の時に最初のオペラを観て以来、学生時代を通して数多くの公演を観て、いつかここで指揮したいと思うようになりました。

――ミラノ音楽院で学ばれ、指揮者をめざしたわけですね。

R:最初はピアノ専攻で、その後作曲を勉強し、さらに指揮を学びました。ただ、その当時の音楽院の指揮科にはあまり良い先生がいなかったため、卒業後、もっと学ぶ必要があると思い、ボローニャでヴラディミール・デルマンに、そしてシエナでフランコ・フェラーラに師事しました。

 若い頃はピアニストとしてずいぶん室内楽もやりましたし、また歌手の伴奏もしました。そうした中で、スカラ座のコレペティトールになり、そこからオペラの世界に入っていきました。1992年にウェルシュ・ナショナル・オペラ(WNO)の音楽監督に就任し、オペラ指揮者の道を主に歩んできましたが、もちろんオーケストラのレパートリーもたくさん指揮してきました。

――リッツィさんは特にオペラのレパートリーが幅広く、これまで100以上の作品を指揮されたそうですね。

R:ええ、私の百作目のオペラは去年、パリのオペラ座で指揮したヒンデミットの『聖スザンナ』でした。これはわずか22分の作品なので、これまで指揮した作品の中でももっとも短いオペラだと思います! また今年WNOで指揮した『運命の力』もアムステルダムで振った『ホフマン物語』も、実は初めてでした。来年はWNOで『ロベルト・デヴリュー』を初めて指揮します。

――ヴェルディは好きだけれど『ファルスタッフ』はまだ観たことがないという方も多いと思いますので、リッツィさんから一言メッセージをお願いします。

R:ええ、喜んで。『ファルスタッフ』は、これまで皆さんがヴェルディの悲劇作品で味わってきたその至芸すべて詰まっている上に、楽しさいっぱいのオペラなので、一層ご堪能いただけると思います。最高のアンサンブル・キャストを揃えてお待ちしています!




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