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オペラ「ルチア」エドガルド役 イスマエル・ジョルディ インタビュー



2016/2017シーズン注目の新制作で、作品自体も新国立劇場で15年ぶりの上演となるドニゼッティ『ルチア』。

名歌手がそろって初めて上演できるベルカント・オペラのエドガルド役を演じるのは、スペイン出身のリリック・テノール、イスマエル・ジョルディだ。ルチアの愛する人エドガルド役は、ジョルディが最も得意とする役のひとつで、20世紀の名テノール、アルフレード・クラウス直伝だという。ユニークな経歴の持ち主でもあるジョルディに、『ルチア』について語っていただいた。

インタビュアー◎ 井内美香 (音楽ライター)

<ジ・アトレ16年11月号より>


オペラ史上最高のエドガルドだったクラウスに
この役を学べたことは幸運でした


――若い頃、セミ・プロ級のサッカー選手だったそうですね。レアル・マドリードもしくはFCバルセロナではなく、オペラハウスを目指すようになったきっかけとは?

ジョルディ(以下J 本当に人生何が起こるかわからないものです。私は自分の生まれたヘレス・デ・ラ・フロンテーラという町のサッカー・チームでプレイしていました。選手としてはかなり良いところまでいったのです。ところがチームのトレーナーのひとりが私に対してある行動をとって、それに私はひどく失望し、サッカー選手という職業そのものが嫌になってしまいました。

 当時20歳くらいだったのですが、サッカーのかたわら音楽への情熱があり、声楽も勉強していました。その年、私はマドリードに行き、ソフィア王妃高等音楽院で声楽コースのオーディションを受けたんです。教師陣にスペインの名テノール、アルフレード・クラウスの名前があったので、彼の教えを受けられたら、と思ったので。めでたく合格し、音楽院で勉強することになりました。

――あなたが歌われるエドガルド役は、そのアルフレード・クラウスの主要なレパートリーでもありました。同じリリック・テノールとしてクラウス氏から直接教えを受けたのですか?

J とても幸運なことに彼とエドガルド役を勉強することができました。学校に入って少しすると、マエストロは私に合っていて勉強するべきレパートリーを教えてくれたのです。1年目は『愛の妙薬』ネモリーノや『ドン・パスクワーレ』のエルネスト役など。2年目に入ると『リゴレット』と『ルチア』を歌いました。オペラの歴史上最高のエドガルドだったクラウスと勉強できたことは大きな糧となったと思います。

 クラウスは私に言いました。「オペラ歌手にとっては舞台が何よりの勉強だ。舞台に立ってひとつの役柄を歌う。それも一度やニ度ではなく、何回も。15回から20回ほど歌うとその役柄に対する理解が飛躍的に深まるから」と。もちろんレッスンでも彼は全てを教えてくれました。音色、フレージング、言葉の意味。プロになって思うのですが、彼の言うことは正しかったと思います。エドガルドのような深みを持つ役柄については特にそうです。

 これまで歌った『ルチア』の中で、ネッロ・サンティ指揮でナポリのサンカルロ歌劇場で歌ったことは素晴らしい経験でした。マエストロ・サンティはこれまでベルゴンツィ、クラウス、パヴァロッティ、ドミンゴなどが出演した『ルチア』を指揮した方です。また『ルチア』が初演されたナポリで歌うということも得難い体験でした。




エドガルド役はロマンティックで
エレガントでなければいけません

「ルチア」リハーサル風景より

――エドガルドとはどのような人物でしょうか? オペラの中で、彼の性格や資質がもっとも表現されているのはどこだと思われますか?

J エドガルド役はロマンティックでエレガントでなければいけません。誠実で若く情熱的なキャラクターで、愛のために死ぬという結末を迎えるのです。

 具体的に言いますと、第1部のエドガルドの登場からルチアとの2重唱の場面は重要です。ここは唯一、エドガルドとルチアがお互いの愛を確認する場面です。ですから舞台に出て来た最初の一声から彼の情熱を感じさせなければいけません。

 第2部第1幕のルチアの結婚式にエドガルドが乗り込んでくる場面は有名な6重唱「誰が私の怒りを」があります。彼はそこにいる全ての人への怒りに満ちています。その後に、俗に「塔の2重唱」と呼ばれるバリトン役との決闘の場面があります。この場面はテノールの声の負担が大きいので昔はカットされることの多かった場面です。しかしドラマティックな緊張感があるので私は好きな場面で、今回のプロダクションでも歌う予定になっています。

――『ルチア』は「狂乱の場」で有名ですが、このオペラが単なるプリマドンナ・オペラではないのは、最後の幕にエドガルドの素晴らしいアリアがあるからではないでしょうか?

J このアリアは本当に傑作だと思います。前半のレチタティーヴォが重要なのでアリアを2曲歌うのと同じくらいの体力が必要です。私の声はリリック・テノールの中でも軽めで、『椿姫』や『ルチア』などを歌うのに適しています。往年の名歌手の中には、より強い声でエドガルド役を歌う人もいましたが、最後の幕のアリアまで様式を守って歌うためには私くらいの声が合っていると思います。

――先ほどおっしゃっていた第2部第1幕の6重唱ですが、迫力あるこのアンサンブルのためのリハーサルは大変ではないですか? 共演する歌手たちによってさまざまだとは思いますが、実際にどのように仕上げていくものなのでしょう。

J まず指揮者と歌手たちでピアノ伴奏の音楽リハーサルをします。皆の声が調和しているかどうかを調整するためです。バリトンとテノールが歌い出しますが、私が歌う「誰が私の怒りを」は独白ですから、皆に叫んでいるようなフォルテでは歌わないようにします。また、その後で入って来るソプラノのフレーズは重要ですから、際立たせなくてはなりません。これらのことを演技のリハーサルが始まる前にお互い確認します。私にとっては最初にあるこの音楽リハーサルはもっとも重要なリハーサルだと言えるくらいです。お互いの演奏解釈を話し合う時間だからです。

――ルチア役のオルガ・ペレチャッコさんと共演したことがあるそうですね。彼女の魅力を紹介してくださいますか?

J 『椿姫』などオルガとは共演も多いですが、偉大なるプロフェッショナルで、今や世界でもっとも重要なソプラノ歌手の一人です。ルチア役が彼女で本当に嬉しいです。彼女は舞台での演技も素晴らしいのです。『ルチア』を一緒に歌うのは東京が初めてなので、その点も楽しみです。私たち2人は東京の後で、ロンドンの英国ロイヤルオペラでも『ルチア』を一緒に歌います。

――世界を飛び回る忙しい生活はオペラ歌手の宿命だと思いますが、自由な時間がある時には何をしていますか?

J オペラ歌手は旅ばかりしていますから、貴重な休暇はやはり故郷に帰ります。私の生まれたアンダルシアのヘレス・デ・ラ・フロンテーラはフラメンコとワインで有名な町ですが、とても美しい場所なのです。ヘレスに戻って家族と会い、友人たちと一緒にサッカーをしたり、フラメンコを聴きに行ったりするのが大好きです。オペラに全力投球するためにも、このように人生を楽しむ時間は必要ですね。

――最後に、あなたの来日を待望する日本のオペラ・ファンにメッセージを。

J 日本で歌うことは私にとって大変な名誉です。日本へ行くのは今回が初めてですが、日本にはオペラの伝統があることはよく知っていますので。期待に応えられるよう、素晴らしい舞台を務めたいと思います。


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