オペラ「ルチア」タイトルロール オルガ・ペレチャッコ インタビュー

注目の新制作『ルチア』のタイトルロールを歌うのは、演出家ジャン=ルイ・グリンダも絶賛のソプラノ、
オルガ・ペレチャッコ。
ヨーロッパの名門歌劇場や音楽祭に次々とデビューして成功を収め、今熱い注目を集めている歌手だ。特にロッシーニ、ドニゼッティ、ベッリーニなどの作品で高評価を得ているペレチャッコにとって、今回の新制作での『ルチア』は望んでいた機会で、とても楽しみにしているという。

ペレチャッコにとって『ルチア』とは、ベルカントとは─

インタビュアー◎ 後藤菜穂子 (音楽ライター)

<ジ・アトレ16年10月号より>


ベルカントは
声楽のアルファでありオメガです


©Dario Acosta

――ペレチャッコさんはこれまでロッシーニ、ドニゼッティ、ベッリーニなどのいわゆる〈ベルカント〉と呼ばれるレパートリーをメインに歌っていらっしゃいますね。

ペレチャッコ(以下P ベルカントを専門に歌うようになったきっかけは、2006年にペーザロのロッシーニ・アカデミーに参加したことです。そこで認められ、翌年の夏の音楽祭でロッシーニの『オテロ』のデズデーモナ役でデビューすることができました。

 ベルカントは、すべての歌手のレパートリーの根底にあるべきものです。それは声を健康に保ってくれます―――高い声や低い声、フレージングや呼吸のコントロールまですべてを学ぶことができます。若い歌手はみんなベルカントから始めるべきです。私自身もなるべく長くこの分野で歌っていきたいと思っていますが、最近では少しずつベルカント以外に視野を広げて、ヴェルディの『リゴレット』のジルダや『椿姫』などを歌い始めたところです。でもこうしたより重い役を歌う場合も、その基礎はベルカントにあります。私の考えでは、ベルカントは声楽のアルファでありオメガです!

――ベルカントの役の一番の魅力はなんでしょうか?

P ベルカントの役を歌うのは声のためによいだけではなく、歌っていてとても気持ちのよいものです。それにロッシーニ、ドニゼッティ、ベッリーニなどのベルカントのオペラを歌う場合、自由があります。たとえば、カデンツァを毎回変えて歌ってもよいわけです。もちろん決まったカデンツァしか歌わない人もいますが、私は、毎回違ったカデンツァを歌うようにしています。そのほうが私にとってもやりがいがありますし、聴衆にとっても新鮮でしょうから。

 ベルカントを長く歌い続けるためには声の健康に気を付けなければなりません。私の歌の師匠は尊敬すべきマリエッラ・デヴィーアですが、彼女は歌う役を注意深く選び、その結果、もうすぐ70歳ですが今でも歌っています。私もそうありたいですね。


ドニゼッティのコロラトゥーラには
意味が込められている

P  作曲様式上の違いはたしかにあります。たとえばドニゼッティの作品のほうがロッシーニよりもオーケストラの編成が大きいため、しっかり通る声が必要です。またドニゼッティはフルートなど管楽器をうまく使います。

 それからコロラトゥーラ(アジリタ)の扱い方も異なり、ドニゼッティの場合はロッシーニと違い、コロラトゥーラに意味が込められています。ですからルチアの「狂乱の場」では、美しく歌うことが主目的ではなく、コロラトゥーラが狂乱を表していることを忘れてはなりません。あと、ルチアはただ軽いだけのコロラトゥーラの役ではなく、かなり低く書かれている部分もあるので、充実した中音域も必要です。

――ルチア役を最初に歌ったのはいつでしょうか。

P 2011年にイタリアのパレルモでロール・デビューをして、翌年ベルリン・ドイツ・オペラでも歌いました。ベルリンでは既存のプロダクションの再演だったため、リハーサルは1日のみで、オーケストラとは本番で初対面というかなり緊張する舞台でしたので、次に歌うときは新しい演出で、きちんと時間をかけて練習して舞台に立ちたいと願っていました。ですから今回、東京で新制作のプロダクションに出演できてとても嬉しく思っています。

――演出のジャン=ルイ・グリンダ氏とは、これまでも一緒にお仕事をされたことがあるそうですね。

P はい、グリンダ氏は私がローザンヌの歌劇場で『椿姫』を初めて歌ったときの演出家でした。シンプルながらも的確で聡明な演出で、歌手にとって歌いやすい演出でした。彼は音楽家の家庭に育った方で、歌手に対してたいへん理解のある演出家です。実はそうした演出家は結構少ないんですよ。彼の演出は歌手を中心に考え、音楽を尊重してくれるので、またご一緒できるのを楽しみにしています。

――「狂乱の場」を歌い切るためにはどんな準備が必要ですか?

P きちんと学び、練習をすることですね。近道はありません。それから忘れてはならないのは「狂乱の場」はオペラのほぼ最後だということです。ベルカントのオペラではしばしばいちばん最後に難しい場面が置かれますが――たとえばロッシーニの『マティルデ・ディ・シャブラン』でも同じです――重要なのは最後までコントロールを失わないことです。練習で呼吸のことやどんな色彩を用いるかをしっかり決めておかなければなりません。そして常に心を平静に保ち、自在な呼吸を心がけることがとても大切です。


サンクトペテルブルク、ベルリン
ハンブルクから世界へ羽ばたく


――ペレチャッコさんはサンクトペテルブルクの生まれで、お父様がマリインスキー歌劇場の合唱団の歌手だそうですね。

P はい、父は今もマリインスキーの合唱団で歌っています。私は幼い頃から劇場で育ちました。

――では子供の頃から歌手になろうと思っていたのですか?

P いえ、マリインスキーの児童合唱団で歌っていましたが、そのあとは合唱指揮者になるための教育を受けました。私の夫は指揮者ですが[注:ミケーレ・マリオッティ氏]、実は私も指揮者なんですよ(笑)。
 本格的に声楽の勉強を始めたのは、ベルリンに移ってからです。ベルリンには2001年に初めて行ってその自由な雰囲気にすっかり魅了されて、ぜひ住みたいと思ったのです。それでハンス・アイスラー音楽大学を受験し、受かったらオペラ歌手を目指そうと決めました。幸い受かり、それからは無我夢中で勉強し、あらゆる学生のためのプロジェクトに参加するなどして、経験を積んでいきました。

――卒業後はハンブルク州立歌劇場のオペラ・スタジオに進まれましたが、そこではどんな役を歌いましたか?

P ハンブルクには3年間いましたが、大小の役をいろいろと歌いました。パパゲーナ、バルバリーナ、花の乙女(『パルジファル』)、若い羊飼い(『タンホイザー』)など、私のワーグナー人生はそれでおしまいでしたけど(笑)。午前10時にモーツァルトをリハーサルして、夜7時からワーグナーの本番を歌うということもしばしばでした。そしてたくさんのオーディションを受けました。

 かなりきつい時期でしたが、今思えば歌手になるためには必要な道でした。今、フェイスブック上でよく若い歌手から質問を受けますが、なるべく答えるようにしています。もしかしたら私のアドバイスが彼らにとって役に立つかもしれないと思うからです。

――ご自分の声のタイプについてはどうお考えですか?

P 私は地声が結構低くて、低音域も歌えるので、合唱時代はずっとメゾ・ソプラノだったんです。ところが初めて声楽の先生についたら、あなたはソプラノですよと言われ、ショックで数日落ち込んだほどです(笑)。今の私の声は、コロラトゥーラの歌えるソプラノ・リリコと言えると思います。

 最近では声が大きくなっていて、中音域が充実してきているので、レパートリーを拡げつつあります。今後は『後宮からの誘拐』のコンスタンツェ、『ドン・ジョヴァンニ』のドンナ・アンナ、それから初のフランス語の大きな役として『真珠採り』のレイラを歌います。フランス語のオペラはこれまで『ホフマン物語』のオランピアしか歌っていなかったので楽しみです。

――ロシア作品もいくつか歌っていらっしゃいますね。

P はい、ストラヴィンスキーの『夜鳴きうぐいす』、そして最近ではベルリン州立歌劇場とミラノ・スカラ座でバレンボイムの指揮でリムスキー=コルサコフの『皇帝の花嫁』のマルファ役を歌いました。実は次のCDはオール・ロシア・アルバムの予定です。グリンカの『ルスランとリュドミラ』からのアリアなど、美しい曲を集めたアルバムになると思います。

――これまでに日本にいらしたことはありますか?

P はい、一度だけ。2010年ラ・フォル・ジュルネ・ オ・ジャポンに出演しました[注:リス指揮ウラル・フィルとのガラ・コンサートに出演]。その時が初めての日本で、4日間の短い滞在でしたが見るものすべてが新鮮で、写真を撮りながらひたすら街を歩きました。今回は丸1か月滞在できるので、今から本当に待ち遠しいです。

――私たちも東京で新しく創り出される『ルチア』を楽しみにしています。どうもありがとうございました。


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